第79話 スティンガーブル
「スティンガーブルとは、外見は闘牛のようなものです。ただ、原種と比較しても獰猛で、攻撃力は倍以上。体格も増しています。なにより警戒する必要があるのが、名前の由来となった角です。これでスティンガーミサイルのように刺突してきます。戦うことに慣れていない、初心者の冒険者さんたちは、発見したら、まず逃げてください。絶対に討伐しようなどと考えないことです」
「なぜでしょうか?」
「優れているのは攻撃力だけではありません。その俊敏性はワーウルフと同格、防御力は三倍とまで言われています。対峙すれば、正面から対抗したなら刺され、躱しても反転し反撃。背後から刺されます。反転速度が凄まじく、回避した次の瞬間に刺されると考えるべきでしょう。すでにここらでは被害者が続出しています。よって、中堅の冒険者となってから戦いを挑むべきだと考えています」
「な、なるほど」
奏さんの解説は凄まじかったです。
知識なら鏡花さんも負けていないと思います。楓さんのお弟子さんの京一さんも。
しかし奏さんの言葉は、長い解説にも関わらず、一字一句たりとも逃さずに耳に入り、脳に浸透するようなイメージがありました。絶対的な説得力を秘め、聞き終わると感嘆してしまうほどに。
視聴者さんも同様の感動を覚えたらしく《すげぇなマジキチ奸策姐さん!》と讃えていました。
「京一くん。そっちはどうですか?」
「………いますね」
「数は?」
「………五件くらいでしょうかね」
「規模は?」
「パーティです」
「パーティですか………ふむ」
解説を終えると、奏さんはスクリーンを見ている京一さんに尋ねます。
五件とはなんなのかはわかりません。視線を奏さんに向けると、振り返ってすぐに説明してくれました。
「京一くんは今、救難信号を調べてくれています」
「救難信号ですか?」
「ええ。冒険者にとって、怪我や病気は死活問題です。もし動けなくなった場合、周囲の冒険者に助けを求めることができます。ソロならともかく、パーティ規模で救難信号を使うとなれば………壊滅状態に陥っていることを意味するでしょうね」
ゾッとしました。
救難信号がなんであるのか。奏さんの説明にあったとおり、配信者にも必須な機能であると雨宮さんから教わりました。
行動不能に陥った冒険者を、装備や備蓄に余裕のある冒険者が救助するというシステムです。
ダンジョンとは弱肉強食を極限にまで体現した場所。無謀な進撃をして破滅すれば、自らの実力も把握できない愚か者と嘲笑される───というのが、スクリーンなどがまだ無かった時代の冒険者の常識です。もちろん、今もそうです。
しかし、それで冒険者の数が減っては元も子もありません。
よって政府はスクリーンの開発と同時に、数多の機能を追加しました。それが救難信号です。
そこには相互扶助の意味合いを兼ねていました。助ける側の冒険者にメリットを付与したのです。
救難信号は、実は有料なのです。ソロであれば数万円で済みますが、複数人のパーティなら十数万。十人以上なら数十万といった額となります。救助すればそのすべてが助けた側に入るのです。
もちろん、十数万円から数十万円なんてポンと払える額ではありません。よって救難信号保険を取り扱う会社も存在するくらいです。そこは保険会社と同じシステムです。
「場所は追えますか?」
「二百メートル先です」
「走りましょう」
「押忍」
奏さんの指示で、私たちは通路の奥へ進みました。
私も京一さんと鏡花さんで活動し、三人で高崎まで旅した経験もあり、おふたりの敏捷力に合わせることができました。最近知ったのですが、また敏捷力と体力のレベルが上がっていました。なんともバランスが悪い育ち方をしています。でもその甲斐あって、走っていても映像があまりブレずに済みます。酔わない配信としても有名になってきました。
スクリーンで共有する救難信号は、確かに通路の先にあります。やがて、奥へ進むごとに通路に異変が目立ち始めました。
「壁に、すごい傷痕があるんですけど………」
「これがスティンガーブルの攻撃の痕です」
「これがですか!?」
壁には一直線に彫られた痕がいくつもありました。岩盤を深々と掘削したかのようなものに戦慄します。
「あ、あれ? ………あの、救難信号が出ているところを過ぎてしまったんですけど」
マッピングのマーカーと、現在地を比較して告げます。
「心配すんな。もうその信号は拾われてる」
「え?」
「赤いマーカーが、緑色になっているでしょう? それは他の冒険者が救難活動を始めた証拠です。大丈夫ですよ。それに私たちの目標は、救難信号を拾うことではありません。その先にいるであろう、暴れ牛を仕留めることです」
淡々と述べる奏さん。おふたりは一瞬の判断で優先順位を決めているようでした。
「ブモォォォオオオオオオオオオオオオオッ!!」
「ひっ………!?」
分岐を右折した先で、鳴き声が響きます。私はつい驚いて、声を上げてしまいました。
「近いですよ。京一くん。わかっていますね?」
「吶喊します」
「そのとおり」
イカレてます。
数多の冒険者を行動不能に陥れたスティンガーブルに対し、少しも臆することなく、むしろ率先して吶喊を選ぶところが。
でも、きっとこれが三内楓さんという伝説の冒険者のひとりと讃えられたひとの、教えなのでしょう。
「───いた!」
獰猛なモンスターを相手にしなければならない状況。私はおふたりに守られている立場とはいえ、尋常ならざる緊張感で、カメラを持つ手に汗が滲みます。いつもより心臓の伸縮回数が多くなるほどに。
京一さんがターゲットを発見しました。通路の奥。発光する鉱石のすぐ近くに、黒いなにかがモソりと身動ぎします。
「おや? これは………なるほど」
奏さんは冷静に分析を開始。
私は遅れてそれを見ました。
黒い体毛。赤い瞳。頭部の両側から過剰なまでの主張をする、突出した鋭利な角。
原種と比較して三倍の体格。それがスティンガーブル。
ですが………その情報を修正しなければなりませんでした。
その一頭の、さらに奥から四つの赤い眼光が飛びます。ただ、手前のそれと比較しても高さが吊り合いません。高く、そして大きいとわかりました。
「ご所帯でいらしていましたか。これは、今夜は焼肉が楽しめそうですね」
なんと、手前にいたのは孔子でした。孔子でさえ原種の成獣より巨大で、奥の両親たちはもっと巨大でした。通路は広く高いはずなのに、背中が天井に届いてしまいそうなほどに。
「奏さん。カロリー気にしてませんでしたっけ?」
「京一くぅん? いけないこと言う子は、まず最初に駆逐されるべきだと思うんですけど、あなたはどう思います?」
「………押忍。なんでもないです」
「よろしい。じゃ、ほら。行ってらっしゃい」
奏さんの脅迫で、いえ指示で、京一さんが吶喊をしかけます。
これまで十メートル以上の体格のモンスターと戦ってきましたが、今日のモンスターの迫力は桁違いだというのに。
まるで命知らずの突撃を前に、コメントは朝から沸き、視聴者の興奮と心配と悲鳴を交互に彩りました。
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三回目………!
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