第78話 チーム編成
「スティンガーブル。角の刺突がエグい牛ちゃんよ。あの子たち、いつもは栃木にいるはずなんだけどぉ………なーんかこっちに流れてきちゃったみたいでねぇ。つい三日前に防壁に穴空けてくれちゃったのよぉ。三頭いたなかの一頭をぷちっと潰してあげたんだけど、ほらぁ………アタシって腕が二本しかないじゃなぁい? もう二頭を同時に仕留められなかったわぁ。逃げられちゃうし」
「あ、ははぁ………本当にぷちっとやっちゃったんですか?」
「そーよ? ちなみにあなたたちが食べたお肉が、スティンガーブルのお肉よ。おいしいでしょー」
「あ、はい。おいしかったです」
「ダンジョンは外と違って、材料費が一部タダになるのが魅力よねぇ」
「あ、はい。ソウ思イマス」
発言の度に屈強な胸筋や上腕二頭筋がビクンビクンと踊る。マリアは恐怖し、返答がだんだんと機械的になってきた。
「あの牛ちゃん、まだ近くにいるわ。昨日、あなたたちが来る前にお腹に風穴開けられた新米ちゃんたちが運ばれて行ったから、やられたのね。被害が出るとウチの風評被害にも繋がりかねないわ。だからお願いねぇ」
所詮は牛だ。問題はない。
俺たちは視線を交わすと、首肯する。
「ではチームを編成し、二手に分かれるというのはいかがでしょう?」
協調関係にある以上、決定権はなくても提案はできる。迅速な遂行を目標とする奏さんは、ボスのマリアに発言した。
「えっと………ちなみにどう分けます?」
マリアは戦闘に慣れてきたが、特化しているわけではない。
組んでから一ヶ月も経っていない烏合の衆だ。すべてを把握できていないのでは、特徴も掴めていないだろう。マリアの質問は仕方ない。もちろん奏さんも承知している。戦闘に疎かろうと嫌な顔をせず、優しく教えた。
「戦力を等しく分散させます。前衛と後衛という具合に」
「前衛と、後衛。京一さんと鏡花さんが、いつも組んでいるフォーメーションみたいですね」
「はい。まさにそれです。前衛に特化している京一くんと龍弐は組むべきではありません」
「え、奏さんもそうですよね?」
「え?」
「えっ………?」
そりゃあ、龍弐さんの挑発や悪戯に激昂して、高崎駅地下の湖で、あんな猛追を見せつけてしまえば前衛だと疑われても仕方ない。
だが実は奏さんはオールレンジ攻撃を得意としているが、真骨頂は母親譲りの中・遠距離戦だ。俺にとってはむしろそっちの方が恐ろしい。
「う、うーん。じゃあ、どちらに奏さんと鏡花さんを付けるのが正解なんでしょうか」
「なにも、難しく考える必要はありません。相性による組み合わせも時として重要となりますが、スティンガーブルごとき、ただの練習相手です。まだ見ていない組み合わせを試すのもいいでしょう」
「な、なるほど………では、京一さんと奏さんがAチームとし、龍弐さんと鏡花さんをBチームとします。私はAチームを観察します。なにか質問はありますか?」
ボスの指示に、誰も異を唱えない。龍弐さんと組む鏡花は都合がいいとでも思っているのかもしれないな。あんな状態で全力を出せというのも酷な話だが。
「ではブリーフィングを終わります。各自、スクリーンのマッピングに送信したデータを参照して、スティンガーブルを捜索。討伐してください」
「あいよ」
「ええ」
「わかりました」
「はーぃ………」
各々応えを返し、席を立つ。
マッピングにプロットされた出現予想はチャナママからの提供だ。ここらの詳細図まである。
AとBで分かれた俺たちは、それぞれ別のポイントでスティンガーブルを捜索するわけになるが、チャナママの言うとおり多くの冒険者が被害に遭っているというなら、探し出すのは案外難しくないだろう。
「はい、みんな。お弁当よぉ。今日は牛ちゃんを潰そうが潰せまいが、もう一泊していきなさいな。アタシには依頼者としてサービスを提供する義務があるのよぉ」
手厚いフォローを受ける。弁当の中身は野菜と肉のサンドイッチ。朝からステーキというスナミナ飯だったため栄養バランスを考慮し野菜が多め。
段々とわかってきた。チャナママは男と女を同時に愛せるだけで、筋骨隆々な外見をしているだけの優しい───
「今夜こそサービスをしてあげてもいいのよぉ。ンフゥ」
───前言撤回。やっぱこいつはヤバい。
全細胞が叫ぶ。「とっとと逃げろ。さもなくば大切なものを失う」と。
俺はピューッと外に逃げた。「あらぁ。照れ屋さんねぇ」とか聞こえたが、冗談じゃねぇ。
マリアたちも外に出た。そこで二手に分かれた。
「では鏡花ちゃん。龍弐を頼みます。ああ、使いものにならないと判断したら、そこらに捨ててきてもらっても構いません。勝手に戻ってきます」
「奏さんやぃ。俺は犬かなにかなぁ………?」
「ワンちゃんの方が賢いでしょうね。畜生以下になりたくなければ、しゃんとしなさいな」
「ぅへーい………」
二日酔いを食事をすることで幾分か───一割か二割ほどの回復を行ったとしても、万全とは言い難い龍弐さんは、奏さんに背中を叩かれて鏡花とともに出撃した。
「では、私たちも行きましょうか」
「はい」
「押忍」
ストロングショットなる尋常ならざる魔窟から逃れ、新鮮とは言い難い湿った空気を吸って、俺たちも出発した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
「皆さん、おはようございます! マリアでーす!」
前橋の一角にある丘の上に建つストロングショットから離れ、その威容が見えなくなったところで配信を開始しました。
カメラを握る私は、レンズを私たち三人に向けて手を振ります。奏さんはすぐに気付いて、私に合わせて手を振ってくれました。京一さんは相変わらずブスッとしてて、目線をもらえませんでした。きっと、昨日見た切り抜き動画の件でしょう。軽率な行動が面白おかしく魔改造されるのを警戒しています。
別に、それは構いません。京一さんはどうせそうなると考え、すでに別のお仕事を頼んでいます。リアル配信を盛り上げる発言ではなく、依頼の効率性を上げる方針で動いてもらいました。
「私たちは今、前橋に来ています。ストロングショットは………え、ええと、なんだかとても愉快なお店でした。店長さんはとてもユニークなひとで、えっと………気になる方はご自身の目で確かめてくださいね」
雨宮さんからは、あまり感想に残すなと指示をもらっていますが、配信を見てくれている視聴者さんはきっと気になっていることでしょうし、規約に触れない程度に感想を述べました。
「私たちはとある依頼を受けています。スティンガーブルの討伐です。栃木に生息していると言われているモンスターですが、なぜか群馬に出現したそうで。ここらで暴れているので討伐してほしいとのこと。私たちは二手に分かれて行動しています。私が同行している要撃手はこのお二方です!」
カメラを正常に持ち替え、レンズをふたりだけに向けます。
「えと、マジキチ───」
「はい?」
「あぅ………か、奏さんにインタビューです! スティンガーブルとは、いったいどのようなモンスターなのでしょう?」
一瞬、奏さんの眼光が鋭くなります。龍弐さんをボコボコにした時の凄みを帯びました。カメラ越しでも心臓が萎縮するかと思うほどに。
慌てて訂正すると、元の優しい表情に戻ってくれました。
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2回目です!
最低、残り2話………やれるか、やれないか。
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