第77話 ニンジャ
ダンジョンという空間は、地上とは違い、完全に閉ざされている。
光源となる鉱石や虫が発光すれば、昼間のような明るさを得られる。冒険者にとっては有難い光だ。暗闇のなかでは戦えない。そして光がない場所で長時間の活動はできない。命を滅ぼす外敵がそこらにいるなら、なおのこと。精神に異常をきたすのは時間の問題だ。
スクリーンには現在の時刻が表示されている。それが唯一、起床と就寝を促す情報だ。
現時刻、午後十一時半過ぎ───日の出の時間と同時に起床し、行動を開始するパーティは少なくない。モンスターもどちらかといえばその時間から活発になるので、夜は比較的安眠を得られる。
だが、そんな時間に活動する存在がひとつ。
音もなくストロングショットのドアを開き、チャナに気にいられず、泣く泣く野宿を強要させられた冒険者がテントを張るなり寝袋のなかで丸まったりとするなかを、素早く進んだ。
ストロングショットの周辺は、チャナが防壁を張り巡らせている。ここはダンジョンだ。例えるなら、サバンナやアマゾンのど真ん中。動物は人間の都合など考えもしない。テリトリーに侵入したと見なせば攻撃をする。
過去、何度も襲撃を受けた経験があるのだろう。ゆえに宿屋を経営するために必須とされたのが、防壁。
営業中は往来を可能とする通路を解放しているが、決められた時間は封鎖している。
防壁はストロングショットを中心に、巨木の年輪のように広がり、モンスターの侵入を阻むか、乗り越えた時に侵入を報せ、警戒を促すシステムとなっていた。
ストロングショットを音もなく出たのは女だった。
予備動作もなく跳躍。鉄条網を巻いていない部分に足を乗せ、防壁の上を飛び越えていく。
そして最後の外側の防壁の外に出て───とある通路の暗がりに目を付けた。
シャリン………と清らかな鈴の音が微かに聞こえた。
まるで自分はここにいると示すかのように。
女は鈴の音に従って歩く。腰にひとつの鈴を垂らした人間の近くで足を止めた。
「………お初にお目にかかります。………噂は聞いています。あなたがそうなんですね? ニンジャ」
「………」
女は慎重に声をかけた。たったひとつでも間違えれば爆発するような時限爆弾の解除行動のような緊張感を湛えて。
「………私を殺しに来ましたか?」
されども女は続けた。
この質問に対し、暗がりのなかに座るニンジャは、声で答えることなく、わずかに首を横に振った。
「では、なにが目的で? 監視対象は就寝していますが」
女は質問を続けた。
闇と半分同化しているニンジャなる存在は、そのなかでも淡い光を放つ双眸を、そっと女に向ける。
「………現状維持ですか?」
「………」
首肯。肯定。
「いつまで?」
「………」
首を横に振る。否定。あるいは不明。
「なにが狙いです?」
否定。あるいは不明。
「………お上はなんと?」
否定。あるいは不明。あるいはノーコメント───任務更新辞令無し。
「ハァ………私はいつまで継続を?」
ノーリアクション。我関せず。
「………あなたの目的は?」
「………」
ノーコメント。全無視。
「では質問を変えます。あなたは上と繋がりがあるようですが………その他に飼い主がいるとか?」
「………」
双眸の光が強まる。深入りするなという忠告。女はそれ以上はその質問を続けなかった。
「あなたは今後、私に干渉することはあるんですか?」
「………」
間をおいた首肯。必要なあるならという意思表示。
「そうならないことを祈ります」
「………」
間髪入れない首肯。自分も祈ると示している。
恐ろしく不気味で、感情が読めない。冷たい機械のような印象。
だがそれは印象なだけであって、初対面ではあったが感じるところはあった。
話が通じない相手ではないこと。会話───肯定と否定のふたつに限定されるがコミュニケーションは可能。
またこうして夜会をすることもあるだろう。だがその時、立場が変わっていたりすれば、女はニンジャに殺されるかもしれない。これまで屠ってきたスパイ同然の外国人エージェントたちのように。
女は踵を返し、防壁を跳躍してストロングショットに戻った。
ニンジャは黙したまま、しばらく女が戻ったストロングショットを眺めていたが、やがて完全に闇と同化するようにして消えた。
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「おっはよぅ坊やたちぃ! お嬢ちゃんたちぃ! 今日はアタシの依頼を受けてくれる日だしぃ、体力付けてもらおうと思ってぇ、ステーキ焼いちゃったわぁ! アタシの奢りよ。好きなだけ食べてちょーだいっ!」
「ハハ………流石、見事に割れた腹筋みたく豪快だねぇ、チャナママは………朝からすっげぇ元気だ………」
「あらヤダ。りゅーちゃんったら、二日酔いぃ? 昨日あんだけ飲んだんだし仕方ないけどぉ、それで戦えるのぉ?」
「戦えるけどさぁ………朝からステーキなんて見たら、ね………うぷっ」
まだ二十歳なのに、アルコール耐性が万全な筋肉モリモリマッチョマンなゴリラと張り合う鯨飲をするからだ。
いつもの時間に起床してみれば、隣のベッドで就寝───はなく、トイレで「おぇぇええええ」と嘔吐独唱する龍弐さんに呆れを覚えた。
昨日の夜は酷かった。龍弐さんは山崎という優れたウィスキーをすべて空けると、またビールやテキーラのショットでチャナママと勝負していた。お開きになる頃にはベロベロの泥酔を通り越して、意識混濁して自力で立てない状態になっていた。
酔っ払いの絡みとは面倒なもので、まず奏さんに絡んでセクハラを働き、制裁として後頭部を掴まれてテーブルに叩き付けられて額を割られる。酒のせいで痛覚が麻痺しているのだろう。数秒後に起き上がると、まだまともに動けるチャナママに「じゃあ夜這いサービスをお願いしちゃおうかなぁ」ととんでもない発言をしたので、奏さんにボコボコにされていた。
完全に意識を刈り取って、「これを部屋に叩き込んでおくように」と血で塗れた拳のまま俺に押し付けてくる。
仕方なく背負うと、あれだけ痛めつけられたのに覚醒して、俺をチャナママと勘違いしてか胸をまさぐられた。鳥肌が立った。またブチ切れた奏さんがバックドロップしていなければ泣いていたかもしれない。
だがベッドに放り込むと案外大人しくなった。泥のように眠ってくれる。
で、朝になってみればこの有様。あれだけ殴られれば、二日酔いもさらに酷くなりもする。
朝食にステーキを出されれば、青ざめるのも当然のこと。
「仕方ないわねぇ。じゃあカレースープを持ってきてあげるわ。オレンジもあったし、それを朝食にしなさいな」
「えぇぇ………朝からカレー?」
「二日酔いにはカレーが効くのよ。でもそのままじゃ食べにくいし、カレーうどんのスープにしてあげる。お出汁がほしいでしょ。私も通った道だもの。よくわかるわ」
「でもさぁ」
「オカマは嘘をつかないの。誰かを悲しませるような嘘は特に、ね」
チャナママは苦笑しながら追加オーダーを作りにキッチンに戻る。
追加料理をなんとか完食し、俺も朝からステーキを三枚平らげた満足感で充足したところで、チャナママを交えたブリーフィングが行われた。
「えー、では今回はチャナさんからの依頼です。ここから北へ進んだところに………えっと」
ブクマありがとうございます!
酒って怖いですよね。私も通った道です。カレーうどんのスープは最高でした。しじみ汁と同じくらい。
で、意味不明のふたりは………いずれまたどこかで。やっと謎が深まってきました。
今日も何回か更新したいところです。頑張りますのでブクマ、評価、感想で応援をしていただければ、もしかしたらいつもの六話更新に届く………かもしれません!
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