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第7話 ルート練り直しの危機

 この空気は覚えがあった。


 つい去年のことだ。俺が兄のように慕う男が、俺が姉のように慕う女に悪戯をしかけ、堪忍袋の緒が(ガチでブチ)消し飛んだ(ギレた)


 見ていただけだった俺は、悪戯がこれ以上とないくらいの度合いで成功したので、クスッと笑っただけで巻き込まれた。正座を強要され、鬼のように変貌したあのひとから数時間に渡る説教を受けた。


 あれに比べたらこの状況、薄味だなと思うくらい水で希釈したようなプレッシャーだ。


 ただ、それは目の前にいる女が仕掛けて来ないだけで、仕掛けてくればまた別な空気に変わるだろう。応戦するとなれば面倒くさそうだ。



「そ、それでですね………皆殺し姫こと(れい)鏡花(きょうか)さんと、新参の冒険者の折畳(せつじょう)京一(きょういち)さんに、是非ともご助力いただけたらと思いまして。ほら、おふたりとも半端なく強いじゃないですか。そんな方々に協力していただけたら………嬉しいなぁ、と」



 マリアとかいう新参の配信者は精一杯のビジネススマイルで俺たちに協力を求める。先程からずっとこんな感じだ。


 今俺たちがいるのは、ワーウルフが暴れ散らかした空間の隅だ。岡のようになっている場所に腰を下ろしている。ここなら周囲を一望できる。敵襲があっても瞬時に対応が可能だった。


 で、マリアがビジネススマイルを容貌に貼り付けながら強請る一方で、俺たちはといえば、


「………なんで睨んでくんだよ」


「………あんたこそ」


 負けられない戦いのように、俺と皆殺し姫とかいう愉快なネーミングの女は一定の距離を保って睨み合いを続けていた。マリアの強請りそっち退けで。


「あ、あの………聞いてますかぁ?」


 マリアは泣きそうになっていた。


 言いたいことはわかる。利の一致からパーティを組もうと誘われている。だが俺はこれ以上、目立つわけにも───いや、もう手遅れかもしれねえけど。


 マリアは配信を終えていた。大盛り上がりの動画は瞬く間に新人ランキングトップ二十位にランクインしたらしい。人殺しモンスターと命懸けの鬼ごっこを演じるのは事務所の指針性が狂ってるとしか言えないが、俺たちの乱入で新たな活路を見出したとか。なら、欲しがるのも無理はないか。


 俺は一旦、鏡花とかいうチンピラから視線を離した。こういう類の人間は慣れている。むしろ鉄条の方が顔が厳ついから扱いに難があるくらいだ。


「………五反マリアとかいったか。で、俺を誘って………仮にパーティを組んだとして」


「組んでいただけるんですか!?」


「仮に、って言っただろうが。で、どうするんだよ」


「どうするって?」


「俺は東京を目指す。最短でな。これを曲げるつもりはねぇ。事務所側がどう言ってるのかは知らねぇけど、もし一緒に東京に行けって指示があったら、お前どうする? 同行できるのか?」


「うっ………そ、れはぁ」


 俺は遊び半分で関東ダンジョン攻略に乗り出したつもりはない。


 鉄条からは「くれぐれも目立つな」と言われているだけで、別に誰とも組むなと命じられていない。


 しかし東京を目指せる仲間が絶対条件である以上、マリアとかいう新参の配信者が東京まで同行できるはずがなかった。現に今、最大危険区域を想像して表情を曇らせた。俺が欲しいのは東京と聞いて「やる」と即断できる仲間だ。



「ふーん。偶然ね。私も東京を目指してるの」



 すると鏡花が口を開いた。


 俺との睨み合いが終わると、警戒はしているが勝手に夕飯の準備に移行している。かなり使い込んでいるが手入れを欠かさないのか清潔なガスコンロと鍋を出し、水を張って沸騰させていた。夕食はインスタント食品だが、味はともかく栄養バランスを熟考したメニューだ。ただ強者であるだけではない。冒険者としての生活に慣れるのみならず、日々向上しているとわかる。


 もうそんな時間なのかとスクリーンを呼び出す。左手の親指と中指を合わせて開くと、立体投影のそれが空中に現れ、現時刻を表情していた。


 自分でも気付かないうちに夜になっていた。初めてのダンジョンに心躍り、昼飯を忘れるくらい没頭しルートを邁進していた。


 急に空腹感が襲う。俺もガスコンロを取り出した。粒子が立体化し質量に変換。あっという間に鉄条が使い込んだ型落ちの汚いそれがゴトッと地面に落ちる。



「………貧乏なの?」


「うっせ。恩人から押し付け………いや、譲り受けただけだ」


「ふーん」



 強烈な中性洗剤で洗わなければ落ちない油と埃の汚れは、やはり異臭を放つ。鏡花があまりの汚さに顔を顰めたほど。マリアだって引いている。恨むぜおっちゃん。


 マリアもガスコンロを取り出した。やはりエリクシル粒子の適合者だ。ただ新品同様というか、あまり使った形跡がなかった。


「うわぁ………落ち着いて食事できるなんて、二週間ぶりです………本当に、温かいご飯が食べられるなんて」


「今までなに食べてたの?」


「栄養剤と、パンと、水くらいで………」


「逆に二週間そんな生活して、よくそんな元気でいられるわね」


 マリアの食生活は冒険者に人気───とは言い難い。


 俺のようなソロでの攻略を挑む場合は、確保した時間を効率的に過ごすべく食事にかける時間を最短で済ませるため、栄養剤とパンを水で流し込むという強引な方法を選ぶこともあるのだろうが、マリアはそれを望んでいなかった。火にかけた鍋のなかで加熱されていく水の湯気を見ただけで感涙しているくらいだ。温かいものがほしくて仕方なかったのだろう。


 そんな彼女に「お前だけ警戒しないでのうのうと夕食にありつこうとするとはどういうつもりだ?」とは言えなかった。俺だってひとの心くらいはある。助けてしまった手前、インスタントスープを高級食のように啜るマリアの感動を壊すのは野暮だ。


 鏡花も同じだったようで、また俺と目が合うと、肩をすくめて軽く苦笑した。とりあえず、悪い女ではないらしい。


「そういえばあんた、東京に行くって言ってたわね」


「まぁな。それがどうしたよ」


「どこから入るつもり?」


 悪い女ではないが、善良な女でもない。どこか上から目線なトーンで質問する鏡花は、俺のルートを鼻で笑うつもりで話しかけたのかもしれない。


 ここは舐められてはいけない。退くわけにもな。


「下仁田を目指す。それで南下すれば東京に───」


「あ、そう。下仁田ね。それは残念ね」


「───なにがだよ」



「下仁田ってことは安中と冨岡を中継するってことでしょ? で、そのまま南下ってことは………上野村か。確かに埼玉県の県境にあるけど、そのゲートは今、封鎖されてるって専ら噂が拡散してるわ」



「………は?」


 愕然となる。


 俺のルートは鉄条からお墨付きをもらった最短だ。埼玉との県境には数年前に穿たれた上野村ゲートがあり、それが封鎖されたとなると、また一からルートを練り直さなければならなくなる。


「まぁ………あくまで噂よ。本当に封鎖されているのかは知らないわ」


「驚かすようなこと言うんじゃねぇよ」


 この女、俺の反応を見て楽しんでやがる。


 前言撤回。こいつは悪い女だ。


 冒険者にとって情報は命綱とも言える。無料で公開されるものもあれば、高額で取引されるものも。冒険者同士なら特に高額で売買される情報も少なくない。


 だがこの女、無料で公開する代わりに俺で遊びやがった。


 半信半疑だったのが、一気に不信へと転落。


 できれば関わりたくない奴へと認識が改まった。


いよいよダンジョンらしいことになってきました。


定番のピンチに陥ったヒロインを助ける主人公の図に、+1をすることで定番から脱却してみました。


やっと配信者も登場したので、本格的に進められます。


恐縮なのですが裸踊りしたせいで風邪をひきそうな作者のために⭐︎とブクマをぶち込んでいただけると幸いでございます。


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