第76話 日本国民のおもちゃ
「あ、そうだ。あなたたちぃ、これからどこ行くんだっけぇ?」
交渉成立させると、情報屋モードからバーサーカーゴリラに戻ったチャナママが、身をくねらせて尋ねる。また吐きそうになった。なんだあの、ファッションショーで舞台上を歩くモデルのような腰使いは。サンバを踊るダンサーみたいに高速だったぞ。
「ここは前橋ですし、来た道を戻るなりして伊勢崎に行って………障害物の発見や、迂回が必要なら桐生に入り、太田ゲートへ行きます」
「なるほどね。それじゃあさ。ちょっと依頼をいくつか受けてくれないかしら?」
「依頼ですか? なんでしょう?」
このパーティのボスはマリアだ。依頼とあらば彼女が率先して話を聞かなければならない。俺でなくて良かったと心底思える。
それに今の俺たちには自動車がある。価格高騰が歯止め知らずな昨今、ガソリンも高級品となり電気自動車が主流となりつつあるが、リビングメタルの売却で潤沢な資金を得た。多少の寄り道も可能なほど心に余裕をもたらす。
「まずひとつ」
「複数の依頼となると、難易度も比例しますが報酬額も上がってしまいますよ?」
「大丈夫よマリアちゃん。心得てるわぁ。で、ひとつ目だけどモンスターの討伐ね。最近、ちょっと調子に乗った牛さんがいるのよ。ちょちょいと絞めちゃってちょうだいな。で、もうひとつはひと探しね。こっちは簡単だわ。桐生で活動してるアタシ好みのイケメンだしぃ。彼から個人的な依頼があってねぇ。その結果を届けてほしいのよぉ」
「伝言ですか?」
「そんなところね。メッセージで送るには傍受されるかもしれないって、慎重なのよ彼。今時封書で送るなんて古流なことするの、彼しかいないけど、ラブレターみたいでドキドキしちゃぁう!」
やめろ。クネクネするな。俺を見てウィンクするな。
ゾワッとした刹那、鏡花に手を掴まれていなければボスゴリラの頸椎を折り畳んでいるところだった。
「もちろん、言い値をお支払いするわぁ。なんたって今日は良い売り上げをいただいたんですものぉ。アタシ、恩には報いる方なのよぉ」
「いいねぇチャナママ! その調子でドンドン還元しちゃってよ!」
「んもう、おねだり上手ねぇりゅーちゃんったらぁ」
「そのビクビク踊る大胸筋みたいに財布を揺さぶって、もっとお金を戻してくれると嬉しいなぁ」
「うふっ。それはアタシを喜ばせたら、の話ねぇ」
喜ばせると聞いて、嫌な予感しかしないのは、もしかすると俺の思考がすでに毒されているからだろうか。
龍弐さんは黙考する。ただし、挑戦的な光を双眸に湛えていた。経験上、こういう時は大抵良からぬことが発生する。
「思いっきり笑うのってどう?」
「そうねぇ。最近、御影みてぇなゴミクズ野郎が蔓延ってきてるし、ストレスが吹き飛ぶくらいに笑えればいいわねぇ」
「オッケー。それなら俺がここに来るまで溜め込んだ、特別なフォルダをお見せするとしようかなぁ!」
龍弐さんは一瞬だけ俺を見た。どんな反応をするのか予想している。
スクリーンを拡大化させると、壁に投写。そこには俺が目を見張るものがあった。
「っんだよ………これ」
「あ、いつもリトルトゥルーの配信をアニメーション化してくれるひとの動画ですね」
「アニメーション化………はぁ?」
「あれ? ご存じじゃなかったですっけ。私の配信にも、やっと切り抜き動画が作られるようになったんですよ。それにはもちろんリトルトゥルーにお金を払った上で収益化するんですけど。普段とは違ってデフォルメ化されたアニメーションだから可愛いですよね!」
マリアの屈託のない笑顔に、ついなにも言えなくなる。
要するにに、あれだ。この切り抜き動画とやらはたった一分や二分で終わる。何時間も連続で配信し続ける俺たちの動きを紹介するために一部を抜粋したということか。
龍弐さんのスクリーンには、群馬の小腸でお試しで俺がパーティ入りした瞬間が映っている。
………まさか。
『じゃ、臨時採用の新人くんに、抱負でも聞いてみようかしら。ああ、つまらない内容にならないよう気を付けるのね。恥を画面の向こうに晒したくなければ』
これは鏡花だろうか。
三頭身くらいまで縮められたにしては髪型や目付きなど、特徴となるもので彼女だとわかる。そんなデフォルメキャラが、薬物で脳を灼かれたようなキマったヤバい目をしながら、俺だとわかるデフォルメキャラに躙り寄る。
『………舐めんじゃねぇ。やってやるよ』
『チョロ』
『なんか言ったか?』
『なにも?』
次第に俺の方も目を見開く。一目見ただけでヤバいキャラだとわかる。
こうして俺もあの時、こんな顔をして───いやしていないけど。盛りすぎだ。加減ってものを無視した方が売れるってか。
それに、『チョロ』だと?
鏡花を振り返る。無表情で顔を逸らされた。覚えてやがれ。
いや、今はそれどころじゃない。俺の記憶が確かなら、確実にアレが来る。
「龍弐さん! やめ───」
『いいかよく聞け。俺が目指すのは、伝説的なレジェンド───いやちょっと待て。今の無し。無しだ!』
「うわぁぁあああああああああああああああああ!?」
デフォルメ化された俺が、ヤバい目付きで破滅の呪文を唱える。
俺はせめて誰の耳にも入らないよう、なりふり構わず叫んだが、大半が全員が聞いてしまったようで、努力の甲斐もなく全員が笑い出す。
「っひゃぁぁああああああっはっはっは!」
涙まで浮かべて足をバタつかせる龍弐さんを殴りたくなった。
マリアと鏡花は控えめに、口元を手で覆い隠して笑っている。あたかも俺に対する嘲笑ではないとアピールするかのように。
このふたりはまだいい。
問題は、店内にいるボスゴリラや給仕ゴリラ、宿泊客どもの爆笑。問題発言を全国レベルでやらかした俺と、アニメーションの俺をと交互に見比べて、また笑う。
ブチ殺してやる───と顔から火が出るくらいの恥ずかしさと怒りに意識が支配されそうになった、その時。
「ヒッ、ぅひ………はぎゅ………くヒ………ん、んふ、ふぉ………っか………」
なんだか声にならない声を漏らし、テーブルの上に顔を乗せて悶絶している奏さんが目に入った。
奏さんはいつだって優しく冷静沈着でブチ切れると怖い。過去、龍弐さんの悪戯に激昂したことは幾度となくあったが、取り乱したことなど一度もない。
それが今、俺の失態がカオスなアニメーション化をされて、日本全国で愛されていると知った途端、あの奏さんが精神がぶっ壊れたような笑い方をしていたので、それが衝撃的で怒りが消し飛ぶ。
「あ、そうだ。キョーちゃんが歌いながらマイムマイム踊ってるのもあるよぉ」
「ちょ………な、なんだこりゃあっ!?」
「はんグッ………や、やめ………りゅ、じ………もう、やめて………くきゅきゅきゅ………っ」
おそらく数多な素材を組み合わせ、最後に俺の顔を合成したダンス動画。踊っている数人は全部俺。音声は動画から切り取った俺の声を歌声にしている。
酷い。こんな凌辱同然の、おもちゃにされてるなんて。鏡花とマリアは耐えきれず「ンブフォッ!?」と奇声を上げた。
「で、最後に我らがマジキチ奸策姐さんの音声を組み替えたヤベェやつを───」
「りゅぅぅぅうううううじぃぃぃいいいいいいいいいいッッッ!!」
「あ、ヤッベ」
いじりの対象が奏さんに向くと、三十分連続でくすぐられたような反応を示していた奏さんが、夜叉のような表情で龍弐さんに襲い掛かる。店内は騒然とした。
俺にとっては本当に散々な日となった。
日本で俺はフリーのおもちゃになってしまった。その事実だけがいつまでも頭のなかでループしていた。
ブクマありがとうございます!
京一が本格的にMAD材料になって、日本国民のおもちゃになる記念すべきお話でした。
ごめんね京一。多分、完結するまでこの流れはやめない。
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