第75話 フザケンジャネェッッッ!!
「ほーんと………冒険者業も廃れてきたものよねぇ。一部気骨のある連中もいるけど、ダンジョンの外にいる枠外の部外者がしゃしゃり出てきたお蔭で、風紀が乱れるったらありゃしない」
こういう店がある時点で風紀が乱れているような。
危ねえ。口にしそうだった。
「いつからだったかしらねぇ。冒険者業が変わり始めたのは」
「チャナママはいつ冒険者になったの?」
「レディに歳を聞くのと同じ質問は受け付けない………と言いたいところだけど、特別よ? 十五年前かしらねぇ」
チャナママは筋骨隆々としたオネエだ。メイクをばっちりときめ、艶のある肌には皺がない。歳の頃は三十代前半といったところ。未成年の頃にデビューしたのか。
「三内楓さんや、功績のあるパーティが次々と偉業を達成していくあの時代は、とても輝かしく思うわ。私、あのひとたちに続いてダンジョンに入ったの。でも………日本は方針を変えた。ダンジョンを経済の歯車なんかにしようとするからよ。確かに、ダンジョンで採取できる素材は魅力的で、世界的にも新たな産業、あるいは革命が起きたなんて言われてるけど………露骨だったわね」
「露骨って………なにがですか?」
マリアが尋ねた。勤勉な彼女は、情報通を謳うチャナママの言葉に全力で耳を傾けていた。
「二百年前のツケを払う時が来たってこと。もうちょっと、やり方ってのがあったでしょうに」
「なにがあったんですか?」
「エリクシル粒子が日本人を殺した時代、死の国とまで呼ばれた日本には、そこまで旨味がなかった。世界各国は物資の援助を一方的に押し付けるだけで、なんの解決策も出さなかったわね。日本はどこも人手不足。当時、日本にいた外国人はどうなったと思う? 帰国できなかったのよ。彼らは国に捨てられたの。関東地方じゃなくて、九州にいたひとも。………で、経済的に右肩上がりに飛躍した今、諸外国は援助のツケを払うよう要求した。まぁこんなのみんな知ってるわよね」
「ええ。問題はその先にあることも」
奏さんが首肯した。
「日本は幇助してくれた諸外国の恩に報いようと、経済で応えようとした。しかし要求は異なった。ダンジョンで採取できる素材の無料提供。無期限で。日本人を奴隷化しようとした」
「あら、そこまで知ってるなんて流石ね。三内楓さんの娘さんなだけあるわ」
「あの。私、配信でそこまで言った覚えはないのですけど」
「苗字は同じだし、目元もそっくり。みなまで言わずともわかるわ」
観察眼が優れているチャナママは軽快にウィンクを飛ばす。
やっぱり侮れねぇな。このボスゴリラ。
「政府は日本人を無償で働かせる案を却下。代わりに外国人を日本に招いた。エリクシル粒子適合者にするため。エージェントが何人も適合。………結果は見てのとおりよ。ダンジョンは無法地帯となった」
「冒険者は同士討ちを避けるべくビーコンを発する。しかしそのビーコンを消去する方法を、スクリーンを違法改造することで発見。………外国のエージェントたちは、通常なら日本へ税を払うところ、通過して課税を逃れ、採取した素材を自国へ送信できるようになった。ですね?」
「そ。免税店もびっくりよ。今じゃジャパンダンジョンは万引きし放題のパラダイスなんて呼ばれてるくらいだもの。そういうのに限ってマナーも悪いし。この前なんて冷やかしに来たくらいだもの。頭きて全員ペロリしてやったわっ」
「………過剰な攻撃は国際問題になるのでは?」
「ハン。各国の言語で、バラしたらどこにいようと追いかけて、また愛してやるわ。って言ってやったわ。少しは大人しくなったんじゃないの?」
「あ、はは………うわぁ」
まぁ………そういうことする奴なら、食われてもいいか。彼らのケツがまだ生きていることを祈ろう。
「でも、諸外国エージェントの悪事を日本だって黙って見てられなかったみたいだわ。最近じゃ、ニンジャなんて呼ばれてるやり手が現れて、取り締まってるんですって。ビーコンを消してても無駄。すぐ見つけて、抵抗すれば殺しちゃうらしいわ」
「殺すって………え!? そんなことしたら」
犯罪に次ぐ犯罪。断罪だとしても殺人は重罪だ。マリアも青ざめる。
「彼らはビーコンを消していた。ビーコンがある状態で殺せばすぐバレるけど、消えてたなら、その連中はいない者だわ。やられっ放しで頭にきてた政府は、シラをきったらしいわ。きっとダンジョンモンスターに殺されたんだろうって。確かに調べようがないものね。………でも、問題があるのは外国人だけじゃない。むしろ日本人だって負けてない。最悪よ。あなたたちが見たのはほんの一部。宗教。反社会的勢力。テロ。そういうのがひっきりなしにダンジョンを汚染してる」
確かにそうだ。御影の証言がある。
今、ダンジョンには政府の認可を得ていないゲートがある。地下から強引に繋げたトンネルらしい。
それを掘ったのが誰かは知らないが、暴力団も関わっているだろう。暴力団はダンジョンが金になると知っている。新たなビジネスを始め、上に送る上納金を稼いだ。御影もそのひとりだ。
「まったく。ダンジョンの醍醐味もわからない無頼の輩が入り込んで、こんな可愛い女の子を騙して、アタシたちの愛する空間を侮辱して、穢しやがって。調子に乗った小僧めが───フザケンジャネェッッッ!!」
「ぴぎっ!?」
「あ、あら。嫌だわアタシったら。つい本音が。ご、ごめんなさいねマリアちゃん。ああ、お願いだから泣かないでねぇ? お姉さん怖くないわよぉ?」
いや、十分怖かった。俺も殺されるかと思った。マリアが泣かないわけがない。
「………コホン。と、まぁ………さっきの話しに戻るけど、りゅーちゃんの仮説も、十分に有り得るって話しだわ。そこに新たな仮説を加えるのだとしたら、外国が開発した新兵器の試射とかかしらね。標的は有難いことに動いてくれるし、なにより頑丈。試し撃ちの評価には最適だわ」
「なるほどねぇ。新兵器。でも………」
「ええ。どんな兵器だろうと、ダンジョンのなかではスキルに勝るものはないわ」
「じゃ、新兵器ってラインは薄くなるね」
「そうなるわね。代わりに濃厚になったのがスキルね。………あ、そういえば思い出したわ。埼玉に出店してるお姉様がいるんだけどねぇ」
「え、宿屋ってここだけじゃないんだ?」
なん………だと………!?
おい。冗談じゃねぇぞ。ここみたいな魔窟が他にもあるってことかよ。行きたくねぇぞそんな地獄。
「そうよぉ。アタシたち七姉妹が、各県に出店してるの。あ、ちなみになんだけど西京都にもあるわよぉ。………で、埼玉にいるチャカお姉様が、通信を寄越したのよぉ。最近、大怪我をして運ばれていく冒険者が増えたってぇ」
「ダンジョンなんだし、埼玉なんだから………当然じゃない?」
「それがそうでもないんだって。みんな大火傷してるの。モンスターに襲われたってわけでもないって。………うーん、アタシが知ってるのはこれくらいかしらねぇ」
「わかった。うん。それがわかればいいよ。じゃ、お礼に………これ、あげるよ」
「なになに? ………へぇ。これはこれは。………いいわ。これが代金ってことで」
「ありがと、チャナママ」
龍弐さんはメモ用紙を渡す。チャナママの表情が一瞬だけ変わったのを見逃さなかった。
情報通を唸らせる情報。いったいなにを教えたんだ?
また日本の裏の部分と、世界の裏の部分を長々と書いていきました。でも書きたいことはこれくらいですかね。現段階では、お互いに汚いことしてるからお互いさまだよね。ってことで。
こういうダークなものも書きたかったんです。ブチ切れるチャナママも。もしよろしければ、ブクマ、評価、感想で応援していただければと思います。いつでもお待ちしております!




