第74話 波長の合うふたり
さて、全員が無事に着席したところで、チャナママなるボスゴリラが自らメニュー表を持ってくる。
こういう店だ。いったいどんなゲテモノが出てくるか心配だったが、鏡花も食べたことがあるように、料理だけはまともだ。洋食を中心としたガッツリしたものもあれば、野菜を中心としたヘルシーなものを取り揃えていて、ドリンクの種類も豊富。ソフトドリンクも完璧。
ただ、値段が凄まじい。倍のものもあれば、桁が多いものもある。
龍弐さんが何杯も開けている中ジョッキ───ただのビールでさえ、千五百円もする。
「今日は俺の奢りだから、みんな好きなのを遠慮なく食べていいよぉ」
きっと自分の取り分のリビングメタルをすべてあの職人に送らず、何割かを業者に売却したのだろう。
たった一グラムでも驚くべき金額のする超絶レアアイテムだ。確かに軍資金は豊富で、ストロングショットで一年暮らしても、まだ有り余るだろうな。
「いやーん。りょーちゃん太っ腹ぁ」
「チャナママも飲んでよぉ。俺、いくらでも奢るからさぁ」
「いいのぉ? じゃあ、特別なボトルを開けちゃおうかしらぁ」
「いいねぇ。俺にも飲ませてよぉ」
「もちろんよぉ!」
龍弐さんとチャナママは波長が合うのだろう。語尾を伸ばすところも似ているし、すっかり打ち解けていた。
元々龍弐さんはコミュニケーション能力が高く、大学に進学した際は、通信制ではあったが入学式だけは西京都に赴き、俺たちに歌いながら抱負にした「大学生になったら友達百人できるかな?」を初日で達成して帰ってきた豪傑だ。
チャナママはルンルン気分でキッチンに向かうと、棚ではなく床の一部を展開し、深みのある色のボトルを数本、指で挟んで戻ってきた。
「お、いいねぇ。なんだか高そう!」
「高いわよぉ。なんたって秘蔵のシングルモルトだもの。山崎のね」
「お、日本のウィスキー!」
「若いのによく知ってるわねぇ。アタシ、これだけは特別な日にしか飲まないのよぉ」
なんだか俺にはわからない会話になってきた。
このなかでは龍弐さんと同年代の奏さんも参加できずにいる。
シングルやらモルトやらウィスキーやら、俺は知らないが、へべれけになる前に食事をしておきたく、オーダーを先に済ませてもらった。
とはいえ、全員が体を張る職業だ。肉でがっつりいくメニューを選ぶ。マリアは肉が好物で、数分後に運ばれた、熱した鉄板の上で肉汁を飛ばすハンバーグを見て瞳を輝かせていた。
「じゃ、この数奇な出会いにかんぱーい!」
「カンパーイ!」
チャナママと龍弐さん以外はウーロン茶やコーラを掲げ、食事にとりかかる。
信じられないサイズに切り出した肉塊を運び、小さな口に詰め込んだマリア。いつもの小動物のような可愛さに加え、好物を食す天にも召されそうな至福の笑み。配信したらファンが増えそうなのに。もったいないな。
俺もハンバーグをパクリ。異物や薬物混入を警戒したが、検出されず。丁寧な処理と下拵え、豪快な火の通し方。こねた肉の魅力を百パーセント引き出す極上のハンバーグに、驚きの連続。ライスが進む。途中でハンバーグとライスのおかわり。龍弐さんの奢りだし。遠慮するなと言われたし。
すると鏡花とマリアと奏さんもおかわりをオーダー。「おいしいのがいけないんです」と、いつも過剰な脂肪分の摂取を控えていた奏さんらしくない言い訳を聞いた。確かに。うまいって罪かもしれない。
「うふっ。やっぱり若い子たちがモリモリ食べてるのを見るのは嬉しくなるわぁ」
「これ、チャナママのレシピなの?」
「そうよぉ。アタシ、これでも料理人だったのぉ。西京都で修行して、でも途中でエリクシル粒子適合者ってわかって冒険者やって………でも、夢って諦めたくないじゃなぁい? だからこうして、ダンジョンに素敵なお店を作ってみたのぉ。どぉ? 可愛いお店でしょぉ?」
「可愛いねぇ。チャナママの上腕二頭筋くらい可愛いよぉ」
「りゅーちゃんったら褒め上手ぅ! いいわ。次のボトルはアタシの奢りよぉ」
「流石チャナママ! 素敵だよぅ!」
………ついてけねぇな。このテンション。他の席行っていいかな?
「………ハァ。おいし。………さて、そろそろ本題を聞こうかしら?」
二本のボトルを開けたチャナママは、三本目を開栓して、龍弐さんのグラスに注ぎながら尋ねた。
騒ぎまくっていた時とは違う。声のトーンが落ちる。おごそかささえ感じた。
「情報が欲しくてね」
龍弐さんも応えた。声のトーンが落ちる。馬鹿みたいに飲んでいたのに、酩酊していない。
「どんなものかしら? まぁ、酒場って自然と情報が集まる場所だし、大抵のものは揃ってるけど………高いわよ?」
「わかってる」
ニヤリと笑うふたり。マリアが息を呑む。裏の取引かと案じてか。しかし奏さんが手で制した。この駆け引きは龍弐さんに一任している。信頼している証拠だ。
「チャナママから得た情報に見合う情報を渡すよ。それでも足りなかったら………そうだね。習わしに従って、営業終了後に従業員さんたちに好きに飲んでもらうってのは? もちろん、俺が出す。必要なら皿も洗っておくよ」
「いいわね。乗った。りょーちゃんったら、ディールゲームとか好きでしょ?」
「嗜む程度にはね。………で、俺たちが知りたいのは、ここ最近頻発してる地震。その原因さ。俺らは、なんとなく自然災害みたく思えなくてね」
「ふーん。なるほどねぇ」
チャナママは顎に指を添え、切り揃えた髭を指先でジョリジョリと弄びながら、しばらく考えた。
「………自然災害でないとすると、それ以外に考えられる要因は?」
「そうだね。例えば………人的に、故意、あるいは作為で誘発された………爆発」
「面白い仮説ね。聞かせて?」
「これらのケースには二種類ある。ひとつ。モンスター討伐。もちろんモンスターがやったってのも濃厚だけど、そんなのがいたらすぐにニュースになる。政府が黙っちゃいない。やべぇモンスターの討伐を緊急依頼を出す。でも出ない。だから人間ってことなんだけど。………で、モンスター討伐に凄まじい爆発を使った。それこそ、地震に匹敵するくらいに」
「そんな爆発に巻き込まれでもすれば、モンスターも消えるわね」
「もうひとつ。これはあまり考えたくないけど、猟奇的なやべぇ奴が人間を殺し回ってる………とかね?」
「それは考えたくないわね。つい最近も、そういう事件があったばかりだものねぇ。………巻き込まれたあなたには同情するわ。でも、感心もしてるのよ。こんな細い体で、あんながたいのいい連中相手に、よく頑張ったわね。マリアちゃん。偉いわ。あなた」
「え、あっ、あの………そんな。恐縮、です」
ネットニュースになるどころか、すべての配信者や冒険者を敵に回したクソッタレが引き起こした事件。マリアの配信は有名になった。なら、もちろんチャナママも見て───ん? なんかこの口調とか覚えがあるような。もしかして、俺チャナママのコメント見たかもしれねぇな。
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チャナママはいいひとです。こういう母性があってぶっ飛んでるキャラ出したかっただけなんです。
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