第71話 ストロングショット
奏さんの運転は、通路を滑るようなハンドル捌きとアクセルワークが印象的だった。
大きな車体であろうが、通れる間隔であれば躊躇い無く滑り込ませる。元々来た道を戻るだけだと言っていたし、それなら迷いも無いだろう。
ダンジョンはすべてが天然の洞窟だ。舗装された道路などひとつもない。岩や土を押し固めただけの悪路だってある。
もちろん岩のでっぱりに仕方なく乗り上げる時もあるが、不思議とそこまで浮遊感はない。これは単に奏さんの運転技術によるものと、ジープの性能によるものか。
しかしジープを、自動車を運転するとなると、それなりに目立つ。群馬の小腸ではない洞窟では何人もの冒険者と擦れ違ったが、どれも化物を見る目や、羨望の眼差しを向けられた。
そして同時に、エンジン音やタイヤの走行音などで、モンスターの注意を引いてしまう。
まだふたりに合流していない頃は俺がオフェンスとなり、モンスターを討伐してルートを確保したが、奏さんたちと合流してからはフォーメーションが大きく変わったと言える。
というのも、ヘッドライトに照らされてから目視したモンスターがいれば「じゃ、ちょっと行ってくるねー」と言って龍弐さんが飛び出す。
ジープの走行速度よりも速い疾走で遠くのモンスターとの距離を詰め、一太刀浴びせて討伐。ジープが合流すると停車せず、跳躍して助手席に戻るという神業と連携。
マリアは左の席でずっと撮影している。辛抱たまらんといった様子で。
視界の隅に縮小化したスクリーンにリアル中継した配信画面があり、コメントがいつもどおり豪快な速度で流れていた。一秒で何人がコメントを打ち込んでいるのかわからないくらいに。
高崎を抜けると、いよいよ前橋に突入する。奏さんも走ったことのない道ゆえ、アクセルを少しだけ緩めた。
俺たちは現在、地表で言う国道十七号線になるべく沿うルートを選んでいる。分岐は慎重に選んだ。道が狭ければ反転が困難だ。とはいえ、一度スクリーンに取り込んでから再度出現させれば可能だという。
蛇行するような岩の道。勾配が多く、もう少し速度が出ていればジェットコースターを連想させる。乗ったことはないけど。アーカイブで見たくらいだ。
国道十七号線沿いに走ると、徐々に通路を歩く冒険者の数が多くなってくる。俺たちのジープに気付くと、物珍しげに凝視するも道を開けてくれる。日本人特有の譲り合い精神を見た。そうなると奏さんも徐行運転をせざるを得なくなり、失速が目立つ。
「えっと………本当にこんなところに宿屋さんがあるんでしょうか?」
マリアは首を傾げる。
「あるわよ。私は前橋のストロングショットに泊まったもの。もう少し行った先ね」
この五人のなかで唯一宿泊経験のある鏡花が首肯した。前に訪れた経験があるなら運がいい。龍弐さんが言うにはとんでもない曲者揃いの店らしいし。
やがてジープは開けた空間に出た。ダンジョンにいくつもある大きな空間。前橋のそれは、ちょっとした岡のようになっていて───なんというか、要塞を思わせる改造を施されていた。
「………っんだ、こりゃ」
俺は木や鉄で攻撃性を高めた防壁が何重にも張り巡らされているそこを見て愕然とした。
出入り口は一ヶ所。その他はすべて防壁。ストロングショットに宿泊する、あるいは用がある客は、三メートルほどの幅がある直線状のルートを往来していた。
「………は、はい。わかりました。配信終わります」
「マリア、どうしたの?」
「雨宮さんからです。ストロングショットは少し特殊なので、カメラの持ち込みは控えた方がいいって。………というわけなので皆さん。ストロングショットにはいったいなにが待ち構えているのか気になる方は、直接確かめてくださいね。また明日お会いしましょう! バイバイ!」
自分の顔にカメラを向け、手を振るマリア。スクリーンを操作して配信を終了。
「賢明な措置だね。雨宮さんってマネージャー、あそこがどういうところか、よくわかってるねぇ」
助手席に座る龍弐さんが笑う。
それがいったいなにを意味しているのか、俺にはわからなかった。
徐行運転を続けること二分。要塞と化した岡の上に、ポツンと建つ建造物を見た。
宿屋ならゲートで見た。現実と非現実を隔てる重厚な鋼の扉の向こうで、唯一儲かる方の店を。あれと比べると一回り小さい印象だが、賑わいは段違いだった。
「えっと………」
「気にしなくていいわ。泊まれずに泣く泣く外で寝る冒険者たちよ」
マリアは戸惑いながら周囲を見渡す。実態を知っている鏡花は平然と言った。
というのも、建物の外に雑魚寝する多くの集団いたからだ。彼らはどれも表情が暗く、なかには尻を押さえて泣いている者さえいるくらいだ。本当にここは宿屋なのか。なにがあったのか。まったくわからない。
全員で店の前で降車して、ジープは奏さんのスクリーンのなかに魔法のように消える。あれだけのものを粒子化できると初めて知った。
「………入って大丈夫なんですかぁ? 襲われたりしませんかぁ?」
すでに半泣き状態のマリア。震えながら鏡花を盾に。
「大丈夫だよぉ。女の子には優しいから。男の子なら、もっと優しいけどねぇ───お。運がいいね。名物が見れるよぉ」
龍弐さんは面白そうにしながら宿屋の玄関から聞こえる喚き声に逸早く反応した。
男の怒号。そして男の悲鳴。言い争いが三十秒ほど続くも、怒号を放っていた方が悲鳴に変わる。ドタドタバタバタと物音が激しくなり、そしてなんの前触れもなくドアが開いた。
「んもうっ、嫌になっちゃうわ! あんたみたいな野獣を泊めるなんてゴメンよ。ウチの可愛い子たちのお尻を触るような奴は、外で寝なさいっ」
「はぁ!? そっちが触ってきたんだろうが! ふざけんなこの化けもっ………くぁああ」
「無理するとお尻が大変なことになるわ。暴れずに寝てなさいっ。えーい!」
「ぐばぁぁあ!?」
屈強な男が、尻を両手で押さえて涙を浮かべる巨漢を軽々と持ち上げ、そして投げ飛ばす。
なにが特殊か。一目瞭然だ。
屈強な男はこれでもかと筋肉を搭載し、その上に強引に作り上げたワンピースとフリフリエプロンを着飾っている。
なんというか、特上のカツレツの上に誇張するごとく生クリームを乗せたイメージ。まずそう。
「ふんっ。次来たらこうはいかないわよ! ………あらーん? なんだか、可愛い子たちがいるわねぇ」
エプロンマッチョが俺たちをロックオン。
丹精に切り揃えられた髭や髪。ピンと立てられた指を添え、どこか愛嬌のある瞳がバチィィインッ! とウィンク。
次の瞬間、全身が粟立つ。全細胞が咆哮を上げた。「逃げろ」と。
「………ッァ!」
辛うじて動く足。肩幅まで開いて腰を落とし半身となる。どこから来ても迎撃を可能とする姿勢。
しかし俺の迎撃体勢に「やめなさい」と頭を引っ叩いた鏡花が前に出る。
「久しぶり。チャナママ。突然で悪いんだけど、部屋用意できない? できれば二部屋」
「あっらーん! なんだか見覚えのあるお人形さんみたいな真っ白い可愛い子が来たと思えば、鏡花ちゃんじゃないのぉ! 二部屋ね。空いてるわよぉ。さ、お入りなさいな。まだお昼過ぎだけど、食事はどうするのぉ?」
「いただくわ。先に部屋で休ませてもらいたいの。いい?」
「いいわよぉ」
なんと鏡花は、あのゴリマッチョことチャナママとやらと対等に話を始めた。
俺は初めて鏡花がすげぇと思えた。
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昨日と一昨日で、ものすごく入っていて、驚くばかりです!
PVやユニークも過去最高のものになっていました。これ、また日曜日に五回くらい更新したらもっと伸びるのではないかと期待しております。
で、こういうキャラを出してみたかったという暴走。
どういうキャラクターなのかは次回にて。ご期待くださるようであれば、ブクマ、評価、感想で作者を「はよ書けやオラァ」と鞭打つついでに応援していただけると嬉しいです。よろしくお願いします!
日曜日に備えて書き溜めていきます!




