第70話 前橋へ
揺れと轟音がある程度収まった頃。天井から降り注ぐ小石をジャケットで受け止め、マリアを守る奏さんは振り返る。
「みんな、無事ですね?」
「もちろん」
「大丈夫です」
「問題ないです」
返事を点呼とした奏さんは、マリアを支えながら立たせる。
龍弐さんは天井を見上げて頷いた。
「ふーん。確か………これってキョーちゃんたちが富岡跡地で経験した雪崩と、同じもんかね?」
その言葉にハッとした。
間違いない。うっすらとではあるが覚えている。俺はアラームで起床したわけではない。遠くでなにかが爆発した音で目が覚めた。意識がはっきりと覚醒するきっかけとなった地震は、テントから出た直後に発生した。
「多分、そうだと思います。あれから一週間と少し。そんなペースで雪崩が来たってことになりますね」
龍弐の質問に鏡花が答えた。
しばらくすると龍弐さんは、珍しく真面目な表情で述べる。
「これは、少し調べた方がいいかもねぇ」
「調べるって、今の地震をですか?」
「そうだよ。これ、もしかしたら自然のものじゃないかもしれない」
「え?」
「ほら。これ見て」
スクリーンを展開する龍弐さん。マリアが慌てて駆け寄る。
「ダンジョンの外のニュースを調べてみたんだ。震源は海じゃない。陸だ。それも………ここら辺だよ」
アナウンサーが読み上げる緊急速報と、日本地図に示されたマグニチュード。震源には大きな印。確かにここだ。ダンジョンのなか。細分してみると、埼玉ダンジョン辺りで発生している。
「もしかしたら、ヤベェモンスターがいるのかもね」
「ヤベェって………」
「今、他の誰かが戦ってたりして」
「ひえ………」
「地震を誘発させられるモンスターなんて聞いたことがないけど、ここはダンジョンだ。地上の常識なんて、なにひとつ役に立たない。むしろ予想外のことが多いし、埼玉ダンジョンからそんな化物が群馬ダンジョンに移動しようってんなら………そこらの冒険者で止められるかねぇ」
あの地震をダンジョンモンスターの影響にするという発想はなかった。自然災害という固定概念がそうさせた。
だが、あり得なくもない。これまで遭遇したことのないモンスターがいてもおかしくない。
楓先生や、鉄条が現役を退いてからかなり経つ。
ダンジョン開拓史以降、数十年が経過した今、当時と比較すると発見された新種は百を超えるという。
いや、埼玉ダンジョンは未だ未開拓に近い。千葉や山梨なんてもっと例が少ない。東京は皆無。
人類は未だ、関東平野として知られていた部分の、半分さえ取り戻せていないのだ。
なにを根拠に「地震を発生させらるモンスターがいるはずがない」などと語れる?
そして俺たちは、冒険者業をしている以上、そのようなモンスターとこれから遭遇する可能性だってあるのだ。
「く、クク………」
「どうしたの? キョーちゃん。もしかして怖くなった?」
「そうですね。怖いですよ。でも………ワクワクもしてます。そういうモンスターがいるって思うと。もしかしたらダンジョン内で天気を操れる龍がいるかもしれない。姿を消せる龍だったり。炎を纏う龍とか。………普通じゃありえない現象を、普通に操る化物。俺はそういうのを見てみたい」
「そう。なら安心した。臆病全開で尻込みしてるようなら、蹴り上げなきゃならなかったからね」
それはやめてほしい。小さい頃、屋根がある場所で尻を蹴り上げられたら、頭が天井を突き破って宙ぶらりん状態になった。あれは怖かった。
「調査するにしても情報が無いでしょう? 埼玉ダンジョンにいるのは考えられますけど」
奏さんが冷静に述べる。
「あー、なら情報収集しようか」
「ネットでですか? 生憎、埼玉ダンジョンに潜った配信者は、今はいないと思うのですけど」
「そうだね。でもツテがないわけじゃない。マリアちゃん。《ストロングショット》って店、知ってる?」
情報収集といえば現代ではインターネットが主流で、俺が青蛍群石という配信者の動画を見て群馬の小腸の攻略を学んだように、動画で情報を与える勢力と、冒険者のコミュニティの一環で、古典的ではあるが掲示板が存在する。冒険者なら誰でも自由に書き込めるサイトだ。ただ情報系に強い者が運営しているようで、荒らしたり個人の誹謗中傷をしようものなら、即座に書き込んだ者を特定して晒すという猛者がいる。
だが龍弐さんが言ったのはインターネットという文明の力ではなく、アーカイブに残されている平成や昭和の時代で人気だったドラマのような、人間同士の口頭のやり取りを意味するものだった。
「ストロングショット………えっと」
「あ、知らないならいいんだ。うん。知らない方がいいかもね」
「なんでですか?」
「ま、酒場なんだよ。店長や、店員がちょっと特殊なんだよ。でもその店、宿屋もやっててね。うまくいけば泊まれるかも。みんなさ、久しぶりにふかふかで柔らかぁいベッドで寝たくない?」
「ベッド………ふかふか………柔らかぁい………ゴキュッ」
酒場でグルメを堪能するでもなく、数週間ぶりにベッドで横になれる快感を想像してか、マリアが生唾を呑む。鏡花も顔を背けてはいたものの、目を輝かせていた。
「鏡花はストロングショットを知ってるのか?」
「ええ。一応ね。使ったことあるもの」
「へぇ。そりゃ意外だなぁ。噂に名高い変わり者の店長は、鏡花ちゃんを気に入ってくれたんだねぃ?」
「女だからって偏見を持たず、人間の本当の部分を見て判断するひとでしたよ。………外見や好みはともかく」
「ははーん。やっぱしそうなんだ。じゃあ、ストロングショットに行こうか。高崎からなら………ああ、そうだ。前橋が近いね」
話をまとめると、これから向かうのはストロングショットという店で、どうやらダンションのなかで経営する特殊な宿屋と酒場らしい。場所の件で逡巡するということは、複数の店舗が存在するのだろう。
以前、冒険者が書き込める掲示板を見たが、ストロングショットについて書かれていたものがあったと記憶を呼び起こすが、なぜかスレッドが立ち上がってから数分で消されていた。掲示板の運営理念に違反するとかなんとかで。
前橋は高崎からさらに北上した場所にある。東に進めば素直に太田に行けるが、遠ざかってしまう。
が、情報収集も冒険者にとっては必須だ。俺だって情報が無ければ、他の初心者冒険者同様に、軽井沢を北上して北軽井沢ゲートから入って時間を無駄に費やしていただろう。情報とは無二の武器でもあるのだから。
「さ、みんな乗って乗って」
「いいんですか?」
龍弐さんが近くに停めていたジープに俺たちを誘導する。マリアは驚いて尋ねる。
「いいんですよ。協調関係ですから」
奏さんは優しく笑いながら運転席に座った。
これからは、群馬ダンジョンのみならず、埼玉ダンジョンも自動車で移動できることになりそうだ。
徒歩が移動手段だった俺たちにとっては、またとない時短方法となる。
「リビングメタルの収益で、ガソリンもたくさん買えるしねぇ。そこは気にしないでいいよ」
助手席に乗った龍弐さんが笑いながらスクリーンのマッピングを広げる。助手席は自動的にナビゲーターの役割が義務付けられる。
が、これは………
「………あんた、変なところ触るんじゃねぇわよ?」
「触らねぇよ………」
「セクハラは極刑ですよ? 京一くん」
「………押忍」
後部座席に乗る俺たちは、三人で詰めることになる。体側面が密着する体勢のなか、俺とマリアに挟まれて座った鏡花の呪うような視線が痛い。最後にバックミラーから「やったら死ぬゾ?」と修羅の笑みの睥睨が見えた。死にそうになった。
ブクマ
天候透明炎ときたとしてもdos〇龍じゃないよ、っと。
今後、ドラゴンが出てくるかもしれません。いよいよファンタジーですね。期待していただけるようであれば、ブクマ、評価、感想で応援していただければ嬉しいです! よろしくお願いします!




