第69話 まともな名前のない環境
マリア的には、チャンネルの方針に逆らった意味では失敗の意味合いに近いだろう。五分にも満たない内容で終了する。雨宮が強制終了を促したかもしれない。
だが、バラエティという意味では大成功と言えるかもしれない。ひとがひとをシバき上げる、道徳もクソもない、青少年の教育を著しく害し、子供に見せたくないチャンネルと化しても。
龍弐さんと奏さんのやり取りは過激なだけで、コントのようなボケとツッコミの応酬だった。奏さんのツッコミが音速に達し、常人なら即死しかねないダメージを与え、しかし龍弐さんはゾンビのように蘇ってはボケをかます。この連続。
投げ銭の金額は、合計で御影を追い込んだマリアへ投入されたものと同額となる。
「あ、あの………奏さん。元気出してください」
「ありがとう。マリアちゃん………」
「まだ、これからですよ。挽回のチャンスはありますから………」
「………挽回?」
配信終了後。両膝を抱えて意気消沈する奏さんがマリアの励ましの途中で顔を上げる。ゾンビみたいな顔色だった。
「私は今の配信で、取り返しのつかないことをしてしまったのですか?」
「失敗とか、そういう意味ではなくて………あ、暴力のことは後ほど注意がありますけど、それよりも先に決定したことがあります。あまり聞きたくない内容でしょうけど」
「………死体蹴りですか?」
「………ご愁傷様です」
奏がこれ以上に嘆く様になることを、マリアは予想していたのだろう。
もちろん聞きたくないだろう。だが共演してしまった以上、聞かなければ。事前の協議で、協調するにあたって規則を決めていて、奏さんも従わなければならないガイドラインがありそうだ。
「奏さんのコードですが、《音速ハリセン姐さん》あるいは、《マジキチ奸策姐さん》のどちらかがリストアップされ、結果後者が選ばれたそうです。インパクトが京一さんのコードと同等だったとかで………」
「りゅぅぅううううううじぃぃぃぃいいいいいいいッッッ!!」
まさに死体蹴り。
原稿まで揃えてきたという奏さんの熱意を無に帰した龍弐さんへ、夜叉さえも裸足で逃げ出すほどの殺意を全身から迸らせる壮絶な鬼ごっこが始まる。
「あっひゃっひゃ! 捕まえてごらーん………ちょ、待って? 待ってくれぃ奏さんやぃ。それ、俺の刀!」
「成敗やぁぁぁぁああああああッッッ!!」
「お、おおっ、ぉぉぉおおおおおお!?」
龍弐さんが追い討ちをかけるようにベロベロバーと両手と変顔で煽ると、奏さんは龍弐さんが放置した刀を抜刀し、割と本気の脚力で誘導弾顔負けの追尾を開始。逃げ場は湖しかないので、龍弐さんは当然のごとく水面を跳躍するように疾走するが、なんと奏さんも同じ方法で疾走したので度肝を抜いた。
ふたりは静謐だった湖の上で踊る。
そこにいるのは風を羽に受けてヒラヒラと舞い遊ぶ妖精?
違う。一方は修羅を超越した幽鬼。本来使い慣れているはずのない刀を、型も無しにビュンビュンと振り回す。全力の一閃で水面がバゴォッと割れた時は俺でさえ恐怖が押し寄せた。青ざめながら回避に専念する龍弐さんは、これまで感じたことのないレベルの制裁に、泣き言を並べ、やっと許しを乞うも、もう遅い。
「抹殺ェェェエェエエエエエエッ!!」
「だぁぁぁあああああああああ!?」
哀れな龍弐さん。茶々なんぞ入れなければ、こんな結果になるはずがなかったのに。
五分ほどだろうか。奏さんが満足そうな顔をして戻ってくる。その手にぐちゃぐちゃになった龍弐さんだったものを携えて。
地面に濡れた刀と肉塊をポイと捨てると、あたかも運動でいい汗をかいたかのように、清々しながらタオルで体を拭いた。
「………まぁ、そうですね。マリアちゃんの言うとおり、挽回するチャンスはまだあるはずです。本当はね、その………笑わないでくださいね? ブリリアントスターとか、エターナルレインとか、そういう………えと、もっとかっこいいものにしたかったんですよ? もちろん、段階を経てですけどね」
「ブリリ………エターナ………」
奏さんのセンスに笑いはしない。笑えないだけだ。
マリアは笑えば死ぬと知っている。俺も笑わない。「あちゃー」と仰天したいだけ。鏡花は視線を逸らしている。笑いそうになっていた。
「ふふっ………ダセェ」
それを察してか、頭部から出血が止まらない龍弐さんが代弁する。たまらず「お黙りなさいっ」と怒鳴られ、蹴られていた。
「でもさぁ、奏さんやぃ。キョーちゃんとお揃いにしたくない?」
龍弐さんは涅槃の姿勢で言う。あれだけ痛めつけられたはずが、回復薬も飲んでいないのに、喋れるほどの余力を残していることにマリアと鏡花は驚いた。
「お揃いにする必要はないでしょう。あなたは合わせたからと言って、私を巻き込まないでください」
「へぇ。奏さんは薄情だねぃ。弟が酷い名前で呼ばれてるのに、自分だけかっこよ………くもないけど、横文字でスタイリッシュそうなの選ぶんだぁ? ふーん? へーん? ほーん? 酷いお姉さんだねぇ」
「………ああ、もうっ。わかりました! 私たちは一蓮托生! やってやろうじゃないですか! そのぉ、えっと………なんでしたっけ? マジ?」
「マジキチ奸策姐さん」
「そう、マジキチ奸策姐さ………悲しくなります」
「元気出して。すぐ慣れて、なんとも思わなくなるよ」
「それが一番怖いんですよ………ハァ」
奏さんはこれから先、ずっと俺と同じ思いをすることになるかと思うと同情するのだが、龍弐さんの心意気には感謝していた。
ちなみに雨宮からは龍弐さんも「享楽的なボンクラ野郎」のコードが決定し、満足そうに頷いた。
まだふたつのパーティが協調関係にある段階だが、五人のうちに四人がコードを持っていることになる。
伝説的なレジェンド。皆殺し姫。享楽的なボンクラ野郎。マジキチ奸策姐さん。
なんだこの、まともな名前のない環境は。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
翌日。
リビングメタルを採取した空間で一晩過ごし、早朝に起床して支度を整えようと、それぞれがテントを出た。
龍弐さんと奏さんも、しっかりとした準備をしてきたようで、なんなら俺よりも上等な道具を揃えていた。
スクリーンに設定したアラームで覚醒。ファスナーを降ろして入口から這い出た次の瞬間。
「なにっ!?」
俺たち五人は、アクシデントに身構えることになる。
ゴゴゴゴゴゴッ───と地面が揺れた。
日本は世界でも随一の地震大国だ。ある程度の揺れなら慣れているため、冷静な対処ができる。
ただそれは地上に建つ家屋でのことだ。
ダンジョンは超立体的構造物。一番低いとされる群馬、栃木、茨城でも最高標にして四千メートル。俺たちがいる高崎は、すでに日本で一番大きな山と知られている富士山よりも高い。そんな場所が揺れようものなら、常人なら狂いそうになるくらいの大きな振動となる。
「わ、わっ………」
マリアは四肢を突いて揺れが収まるのを待った。奏さんが駆け寄って支える。
揺れのあとに轟音が炸裂した。記憶どおりなら、また埼玉ダンジョンの地表に降り積もった雪が、地震の揺れで雪崩を引き起こし、この群馬ダンジョンに瀑布した音だ。その音量は、滝など目でもない。体の芯まで響く大音量だ。地表より下にあるこの空間でも、こうも響いてくるとは思わなかった。
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