第68話 享楽的なボンクラ野郎・マジキチ奸策姐さん
おそらく、全員が満足するまでザリガニを貪ったと思う。まるで蟹食べ放題のツアー帰りのような空気。行ったことないけど。
それでいてザリガニの身はまだある。無心で食べたので四割くらいは減ったが、残った六割は二当分して、それぞれの陣営に送られた。リビングメタルも同様。
満腹の満悦を享受しつつ、片付けに入る。今回はゆで汁が特に出た。そういう汚水は、回収業者が有料で引き取るため、まとめてスクリーンへと流し込む。便利な時代になったもんだ。
ダンジョンは冒険者と配信者が活動する場所であり、モンスターが独自の生態系を保っている環境でもある。暗黙のルールも存在する。みだらに汚してはいけない。ごみのポイ捨ては厳禁。汚水を垂れ流すなどもっての外。一部の心無い冒険者がそれをやると、周囲の冒険者が袋叩きにし、配信者が映像を後悔して炎上する騒ぎとなる。近年、外国人の冒険者も増えてきたのでトラブルは絶えない。もちろん炎上するが。
一通りの片付けが済んだところで、奏さんが茶を淹れてくれた。温かい緑茶が、スパイスと脂でコーティングされた舌を洗い流してくれる。贅沢なひと時は延長された。全員がまったりとくつろいでいる。
「………さて? これからのことなんだけどさぁ」
「龍弐。とてもではないですが、その姿勢で指針を決めるなどあり得ませんよね?」
「いいじゃん。別に。みんな気にしないで? 横になっていいんだよー?」
作法の欠片もない龍弐さんは、その場で横になって、立てた腕に頭を乗せて俺たちを見ていた。
「あ、いえ。私たちはこのままで結構です………」
「あ、そう? じゃあこのまま続けるねぇ」
どこまでも自由人な龍弐さんは、背中を奏さんに蹴られながらも本題を述べた。
「あのね? マリアちゃん」
「は、はい」
「まぁ、御影の件もあってから、そこまで日数が経ってないじゃん。マリアちゃんにとって、心の傷にもなったし、仲間とはなにかって考えさせられる切っ掛けになったと思う。そんな時に言うのもなんだけどねぇ………もし、マリアちゃんと鏡花ちゃんさえ良ければ、俺たちを同行させてほしいんだよ」
「え、えっ!?」
「うん。慌てるし、焦っちゃうよね。わかるよ。でも俺たち、マリアちゃんたちにとって、不利益になるようなことはしないよ? キョーちゃんと一緒に旅がしたいだけなんだ。昔からそう決めててね」
俺にとっては嬉しい打診だった。マリアにとっては複雑な心境になるだろうが。
気丈に振る舞っていても、マリアにとって御影との事件は負い目となっているだろう。パーティを守れなかったリーダーとして、御影の悪事を見抜けなかったことについてなど。
マリアの心の傷が癒えていないにも関わらず、ここで新メンバーの追加となれば、逡巡してしまうのも無理はない。御影を事務所入りさせた利益を優先した末に、新人冒険者の命を危険に晒した雨宮でさえ、反省で慎重にならざるを得ないほどに。
しかし龍弐さんや奏さんが、マリアの葛藤を理解していないはずがない。このふたりは、そんな愚かではない。
龍弐さんに続いて、奏さんが口を開いた。
「マリアちゃん。私たちは別に、リトルトゥルーに所属したいというわけではありません。一緒にいたいだけなんですよ」
「そうなんですか?」
「はい。今日のようなモンスター討伐や素材採取の利益は、私たちに三割もらえれば十分です。マリアちゃんの動画に出演することも可能です。ゆくゆくは、マリアちゃんのパーティに入れてもらえれば、それで満足です。私たちがマリアちゃんに多くを要求することはありませんが、マリアちゃんが私たちに多く要求するのは歓迎しますよ。もし同行を許可してもらえるなら、まずはふたつのパーティを協調させるというスタンスでいきませんか?」
「あ、あの、その………」
「あ、ごめんなさい。すぐに判断してもらわなくても大丈夫ですよ。お返事は明日にでも。なんなら、これから配信を始めるというならば、すぐに出演します。大丈夫。私、自分のキャッチコピー用意してきましたから」
同性かつ年上。奏さんの包容力のある言葉に、マリアは警戒心を解いていくのがわかる。鏡花も御影の時とは違い、龍弐さん含め奏さんのニーズをすべて理解したのか、もう露骨なくらいの警戒はしていなかった。
それと、配信を意識し始めた奏さんの様子がこれまでと違うことに気付いた。両腕を胸の前で揃えて、ギュッと五指を握り、興奮気味に語っている。異様な変貌にマリアが圧され始めるくらいに。
いきなりのゲスト出演に、自分ではどうにもならないと考えた末、雨宮に連絡を取る。
少ない会話のなかで、またインカムを奏さんに渡して、直接会議するなどして、五分で決定が下される。
龍弐さんと奏さんが、正式にゲスト出演することが。
「じゃ、じゃあそろそろ、始めようと思うのですがぁ………構いませんか?」
「ええ。もちろんです!」
マリアがカメラを三脚台に乗せると、スクリーンで遠隔操作してポジションを決める。移動する際は手で持って構えるが、今のように移動する必要がない時は固定するのが一般的だ。
「た、ただいま戻りました。皆さんこんにちは。ご飯は済ませましたか?」
いつもなら近くにいるはずのないゲストがいるため、慣れない状況に戸惑いを隠せず、ぎこちない笑顔になってしまうマリアは、手を振って誤魔化す。
「今日は皆さんにお伝えすることがあります。特別ゲストをおふたりほどお迎えして、今日から協調して進んでいくこととなりました」
マリアの報告に、コメント覧で早速《どしたん?》と心配するものと《警戒心無いのか?》や《御影の悲劇をもう忘れたのか?》や《もうまんねり回避の愚策に走ったのか》などと辛辣なものや憶測が飛び交う。
だがマリアは、御影という強大な敵に一歩も退かずに立ち向かった隠れた猛者だ。この程度のことで臆することはない。
「ご意見はもっともだと思います。私自身、御影との事件を忘れてはいませんし、忘れてはいけないことだと思っています。でも、今回は違います。論より証拠です。まず、皆さんに見てもらおうと思います。では、どうぞ」
マリアが手を挙げると、カメラの前に龍弐さんと奏さんが移動する。
ただでさえも容姿が優れているふたりだ。辛辣気味だったコメントが瞬時に沸く。
「ご紹介します。龍弐さんと、奏さんです。おふたりは大学生だとか?」
「はい。こうしてダンジョンに足を踏み入れることを見越して、通信制ではありますが、研究職を目指して日々邁進しております」
奏さんは地声というよりも、テレビのニュースでよく見る女子アナにような抑揚でスピーチを開始。これがなかなか様になっていた。
「おふたりはあの伝説的なレジェンドさんとご同郷だとか?」
「はい。彼の小さい頃から知っています。そして───」
「チィーッス! みんな見てるぅ? 俺、享楽的なボンクラ野郎だよ! よろしくにゃーん!」
「ちょ、あ、あなたはなにをしているんですか!? まだ私のスピーチの途中でしょうがっ!」
「んでぇ、こっちのガチでおっかないのはマジキチ奸策姐さんだよぉ!」
「だぁれがっ、マジキチの奸策だぁぁあああああああああ!!」
「あびゅっ!?」
開始一分も経たずに暴挙発生。
奏さんのハリセンが音速の域に達し、前に出た龍弐さんの後頭部を鞭打。
一瞬の早業。スクリーンで中継される動画を見ると、AI操作で働くインモラルブロック機能が始動する前に、圧倒的な暴力が終了していた。コメントが騒然となった。
同時に奏さんのコードが「マジキチ奸策姐さん」で決定した。まだ奸策は働いていないが。どちらかといえば龍弐さんの奸策に陥れられたのだが。
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