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第67話 ザリガニ料理

 龍弐さんが通過した水面は、小魚が跳ねた程度の飛沫しか上がらなかった。


 体重を脚力で跳ね上げる───そんな次元ではない。ほぼ不可能なことを可能にしてしまっている。


 注意して見てみれば、飛沫が上がる箇所は龍弐先輩の歩幅くらいしかなく、爪先しか水面に触れていない。それでいて、片足が沈む前に反対側の足を突っ込むという神業を全力疾走程度の速度で行っている。


 もう、なにがなんだかわからなくなってきた。



「タリホォォォォオオッ!!」



 目標を視認するという意味の空軍専門用語を叫びながら大きく跳躍。


 メタルイーター種なるザリガニは、龍弐さんの接近をすでに感知していた。


 巨大なハサミを振り上げると、サキガニとは異なり突いて攻撃を仕掛ける。


 しかし、龍弐さんは空中で一回転して刺突を回避。さらに回避の次の瞬間には攻撃に転じていた。



「───せッ!!」



 指で刀を反転。逆手持ちに握り直す。


 回転の速度を緩めず、落下と体重、腕力を乗せた一撃が、巨大ザリガニの頭部に炸裂した。


 例えばスキルなどを伴えば、派手なエフェクトが追加されたかもしれない。しかし今の剣戟は、龍弐さんが培ったもの。特別なエフェクトなど発生せず、離れた場所からでも見える火花だけが小さく散った。


 だが、その一撃は特別なものに変わりなかった。


「なっ………!?」


 鏡花がまた愕然とする。マリアなど言葉すら出ない。


 龍弐さんの剣戟は、巨大な灰色のザリガニの頭部から胴にかけて、綺麗に両断して絶命するまでに至らせたからだ。


「見ててくれたかなー?」


 水面を蹴り、前傾するザリガニが倒れたところに着地する龍弐さんは、ダンジョン攻略に勤しむどの剣士さえも超越する一撃を放っておきながら、まるで子供のようにはしゃぎながら手を振った。


 盛大な水飛沫を跳ね上げて水中に浮くザリガニと、こんな結果を出すほどの実力を示した龍弐先輩。


 鏡花の評価は、絶対的なものとなっただろう。


 すると、奏さんが前に出て叫ぶ。


「そのザリガニ、どうするんですか? いつまでもそこに置いておくと、鋼まで霧散しますよ」


「あっ………ごっめーん。キョーちゃん、引っ張ってくれなーい? なるはやでー」


「ああ………はいはい」


 どうせ、俺がやることになるのは見えていた。


 だから丁寧に、釣り竿にしていた刀の鞘を、水辺に置いて残していったんだ。


 俺は鞘を拾うと、なるべく早くというオーダーに応えるべく、両手で掴んで回転を施し糸を巻きながら、さらに自分も後退してザリガニを回収する。


 こういう作業は慣れていた。どうせ十メートル級のザリガニだ。ジープ四台分の体重があろうと、水にさえ浮いていれば軽減される。三分ほどの牽引で龍弐さんごとザリガニを寄せることができた。


「じゃ、解体するよー。キョーちゃーん」


「ああ、はいはい」


 また俺が導入される。幸か不幸か、鉄だろうとスクラップ工場の日雇い労働に従じたお蔭で慣れている。要は殻から身を剥がす作業だ。スキルを使えば問題なく抉れる。


「ふんふんふふーん」


 また妙な鼻歌を興じながら、日本刀を翻して硬い部分を切断していく龍弐さん。俺に合わせたか、それ以上の解体速度。


「じゃあ………ほい、マリアちゃん。これ持っていきなー」


 解体したばかりの装甲。背中辺りの厚みばある場所。厚みは長年の成長により畜層されたものだ。外側は純度のグレードは下がるが、内部は違う。


「あ、ありがとうございます。これ………どれくらいですかね?」


「五か、六くらいじゃない? 五十キロありそうだよね」


「ろっ………ごじゅ、きろ………」


 マリアのなかで、とんでもない金額が暗算されていき、報酬金額が跳ね上がって卒倒しそうになる。


 超絶レア素材のなかでも、市場に十年に一度ほどの確率でしか出回らない逸品。片手でひょいと持ち上げる龍弐さんに驚いてなにもできずにいると、代わりに鏡花が自分のスクリーンで依頼分をリトルトゥルーへと送信した。


「でさ、依頼分は納品できたわけだけど、残りはどうしようか? ほら、キョーちゃんがせっせと解体している部分とか」


「龍弐さんのご意見を、お伺いさせてください………」


「うーん。こんなの俺が持ってても仕方ないし、親父に送るとして………まぁ、そうだね。ここは折半でどう?」


「せっ………え、い、いいんですか!? 龍弐さんが倒したのに!?」


「いいよいいよ。お近づきの印に、ってね。半分持っていきなよ。俺らはキョーちゃんを預かってくれたリトルトゥルーさんにお礼がしたかったところなんだ。あ、配信してないし、これはオフレコね? 要するに賄賂ってことだよ。あははー」


 マリアはまた愕然とする。


 一瞬だけ悪い笑みを浮かべた龍弐さんの大胆さや、人懐っこさもあるだろうが、一攫千金を狙う冒険者たちが流涎するほどの素材の半分を無条件に等しく譲渡したからだろう。


「ま、それはいいとして………解体したらご飯にしようか。今日はザリガニ料理だよ」


「食べるんですか!?」


「うん。食えるよ。親父は釣ったあと、食ったって言ってるし」


「龍弐さんのお父様って、いったい………」


「しがない鍛冶職人の親父だよ。その道一筋。鍛冶に人生全振りした、寡黙なおっさんさ」


 言葉ではそう言うが、龍弐さんは父親のことを嫌ってはいなかった。


 それから解体に全員が加わり、鏡花、奏さんが調理を始める。龍弐さんが早速サボろうとすると、また懐から取り出したハリセンを投げて頭にぶつけた。鉄でも当たったような音がした。


 アメリカの郷土料理を始めるというわけではなく、至ってシンプルに茹でるだけだ。奏さんはスクリーンから業務用のガスコンロとガスボンベまで持ってきていたので、そこに寸胴を置いて水を張る。俺たちの一般家庭用のガスコンロとは比べものにならない火力で温められた水は、すぐに沸騰した。


 頭をしばかれた龍弐さんは渋々と働く。解体したザリガニのむき身をまた刀でカットして、四十リットルの寸胴のなかに入れていく。茹でられた身が引き締まったところに、すでに調合してあった調味料を塗し、完成。至ってシンプル。


 皿と箸が行き渡り、まず俺たちに振る舞われた。


「………え、おいしい」


「全然泥臭くないです! ザリガニって泥臭いってイメージだったんですけど」


「うめぇ」


 まるで新鮮なエビのようだった。外見だってそうだ。調味料はガーリックシュリンプをイメージしたスパイシー仕様。


 次にハサミの部分。蟹の味がした。なぜ?


 龍弐さんと奏さんも実食。舌鼓を打つ。


「まあ、なんで泥臭くないかって言えばだよ。こいつら、鉄を主食にしてるからさ。でも鉄臭くなるかと思いきや、食ったものは体の外側にいくから、匂いとかまったく気にならないんだよね。初めて食ったけど、親父もなかなかグルメじゃん」


 サキガニに劣らぬ高級食材をシンプルに食べる贅沢に、俺たちは次第に無口になりつつあった。


 おかわりはまだある。奏さんはガスコンロの火を弱めているので、材料を足す前に火力を強めればいい。


 普段食べるインスタント食品も乙なものだが、ダンジョンモンスターの未知な味の遭遇も、醍醐味と言えるだろう。


ブクマありがとうございます!


先日は更新がいつもより一時間遅れてしまい、申し訳ありませんでした。というのも、出先で操作しているタブレットPCのバッテリーが落ちてしまい、充電しなければならなかったからです。

この作品は、07:10と20:10に更新を予定していますので、もしその日に無ければ作者が忘れているか、昨日のようなアクシデントがあったかです。

それでも手に取っていただきありがとうございます。もしよろしければ、ブクマ、評価、感想で応援していただければ幸いでございます。よろしくお願いします!

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