第6話 皆殺し姫
俺が鉄条の放任主義というか物見遊山というか、稼ぎにおいては未成年ながら奴隷のような扱いを受けていながら、腐らなかったのは、あの村のような環境で周囲に助けられたのが大きかったと思う。
勉強、主に授業なんてものは学校跡地があるだけで受けたことがない。学校なんて施設があるのはダンジョンに近くない街で、主に新首都である西京都や、関東ダンジョン化に伴って被害を受けた地域の外に住む住民が通うという認識だ。ゆえに群馬ダンジョンと併設したような軽井沢なんて少子化そのもの。子供は少ない。
大人たちも似たような環境で育ったが、低学歴ながら達観していた。俺が幼くして鉄条に反発し、道を誤りそうになった時はすぐ助けてくれた。黒白なんてものがわからない歳に、支えてくれた大人たちは人間性について語る。俺はそれがあったからこそ、人助けに乗り出すことができた。
元冒険者の女性には「いいかい京一。ひとを助けなさい。いいことをすれば、いずれそれは自分に返ってくるから。逆に悪いことをすれば自分に返ってくるの。だから、なるべくひとが喜ぶことをしなさいね」と母親のように教えてくれたので、あんな環境でも折れずに済んだ。
「とはいえ………これがバレたら、おっちゃんブチキレるよなぁ」
走りながら先のことを思うと雑念が混じる。
だがこの時、鉄条の立場とあの元冒険者の女の教えを天秤にかけると、圧倒的に後者が下に傾く。
だから、鉄条にはあとで詫びの品を送ればいいや。とスパッと諦めた。
「いやぁぁああああああ!!」
悲鳴が大きくなる。
分岐に入って走ること五分。まだ声が聞こえるのは生存している証拠。五分間もよく逃げている。
やがて通路の奥、一層光源が集まるエリアに飛び出した。
───いた。水晶の小さな木が樹立する広場で、金髪の少女が二足歩行の狼、ワーウルフに襲われている。
ワーウルフは単独で行動するダンジョンモンスターだ。獰猛で、発情期にでもならないと同種の異性であっても殺しかねないほど。人間であれば餌としか思わないだろう。冒険者であっても十人単位で攻防を密に、消耗戦に持ち込まなければ勝てないとされている。
一方少女は情けなく号泣しながら逃げ回っている。地の利は人間にあった。二メートルほどの巨体に追われていても密集した水晶の木に隠れて障害物にしている。
だがワーウルフのストレングスは優れていて、みっちりと詰まった筋繊維から繰り出されるブローは水晶の木を一撃で砕く。幸いだったのは砕くためにワンクッション置いていることだ。差は縮まらない。それで五分は逃げられていた。それでもすべて砕けば逃げ場を失い、終了するのは目に見えていたが。
「しゃーねぇな」
舌打ちしつつ水晶の木に飛び乗って跳躍する。地上から移動したのでは障害物が多すぎる。最短は上空の一直線しかない。
「おい、こっちだ!」
「ふぇ」
なにが「ふぇ」だこの女。自分で助けを求めていたんだろうに。
同時にワーウルフも俺の接近に気付く。
しかし、妙なことが起きた。
「───ガゥッ!」
短く吠えた。
俺ではない。俺を見ていない。
されど余所見をした今がチャンスだ。
一気に接近しワーウルフの頭部を左手で掴む。そして右手で首の後ろを掴むと、勢いに乗せて一気に頸椎を折り曲げた。
「ガフッ!?」
首の骨を破壊されたワーウルフはゆっくりと傾き、重量のある肉体を仰臥させた。
濛々と立ち込める土煙。散々破壊して回ったのだろう。水晶の木の欠片まで粉塵に混ざり、ダイヤモンドダストのように輝きながら舞う。
視界不良に陥りながらも、向こう側の影を視認して土煙のなかから出た。
「おい。怪我はないか?」
「ねぇ。怪我はない?」
「あ?」
「は?」
俺は尻もちを突いた女に確認をすると、ほぼ同時に別の女の声と被さる。
二メートル隣にいた。黒い髪に白い肌をした女。
咄嗟とはいえ、つい癖で睨むと睨み返される。その迫力に怯みこそしなかったが、一目でこの女の強さを理解した。
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皆さん初めまして。初めましてではないひとはお早うございます。
私はマリア。五反マリアです。母は日本人で、父がアメリカ人。ハーフです。
西京都出身で、インフルエンサーの仕事に興味を持ち、十四歳の時に試しに始めてみたらバズって、二年経った頃には中堅くらいの登録者数を得ましたが、それ以降マンネリ化したのか伸び悩んでいて………
その時に判明したのが、私がエリクシル粒子の適合者だということ。母が冒険者だったこともあり、その知識と経験を教えてもらい、念願の配信者としてデビューしました。
配信者になるためには資格は必要ありません。大半は事務所に所属する必要がありますが、自分でマネジメントできるひとは所属せず利益を独占するという荒業をやってのけます。
私はそんな器用なことはできないし、昔からどこかドジなところもあり、ケアやサポートを受けるために事務所に入りました。
リトルトゥルーというところで、少数精鋭ながらも売れっ子を世に放ち始め、大手事務所に台頭しているところです。
でも私を導いてくれるマネージャーの雨宮さんは、とても厳しいひとです。
ハラスメント行為はありませんが、ダンジョン内でも通信が可能なインカムからは配信中だろうがなかろうが、無茶な要求ばかりするんです。
『いい? マリア。あなた、陸上部だったんだし、逃げ足も一流なのよ。このダンジョンでそれを活かすべきだわ。インフルエンサー時代からそのまま引っ張ってきたファンに飽きられたくないでしょ? 新風を起こしなさい。ほら、見て。ワーウルフがいるわ。石を投げて注意を引き、そして………逃げ切りなさい』
五分前に届いた要求が、これです。………ハラスメントではありません。雨宮さんが仰っているのですから。
ワーウルフのことは知ってます。別の大手事務所の配信者たちが、冒険者の真似をすればバズるのではとチャレンジ企画を勝手に敢行して、死にかけましたから。全員大怪我を負いながらも逃げられたのが奇跡だと思います。
マネージャーさんの指示に従えば大成するというのが社長のスタンス。雨宮さんは社長令嬢で、仕事に携わるとバラエティ性にバズり、番組にも出演した先輩たちを何人も出した実力のある敏腕マネージャー。それが本当にマネージャーの仕事なのか疑問に思うのですが、口にすると見捨てられそうなので決して言えません。
で、石を投げて怒らせて、投げ銭と応援が右肩上がりになって、嬉しさと恐怖とで精神的に変になったところで乱入者が現れました。
最初は雨宮さんが手配した救済処置かと思ったのですが、『え、なに?』とインカム越しに困惑してたので違いました。
「おい。怪我はないか?」
「ねえ、怪我はない?」
同時に声をかけられます。
私は返事をすることができませんでした。
なぜなら、ワーウルフが一瞬で悲惨なことになったからです。
まず頭に触れた男の子が一気に首の骨を両手で折って、そしてほぼ同時に硬そうな腹筋から水晶の木が生えました。涎を撒き散らし激昂する「覚悟しろお前が晩御飯状態」だったワーウルフよりも───それをやってのけたふたりの方が、怖かったです。
「あ?」
「は?」
「ひっ………!?」
ふたりがガンを飛ばすと、思わず喉が鳴りました。
怖すぎです。このふたり、怖すぎです。
『あの女の子………まさか………皆殺し姫っ!?』
酷い名前です。
あんな可愛い女の子なのに。いったい誰が付けたのでしょうか。
けれどその異名に違わぬ迫力を秘めた睨みによって、まさに本名ではないかと錯覚してしまいます。
可愛い女の子の皮を被ったチンピラみたいです。チンチラなら可愛いのに。
と、その時でした。インカムから我に返った雨宮さんから、信じられないような指示が飛び、私はダンジョン専門の配信者となって、最大の後悔をしたのです。
『皆殺し姫はフリーのはず。あの少年は見ない顔だけど、ワーウルフを一撃で抹殺したのも事実。面白い………これは面白いわっ! いいことマリア。ダンジョンモンスターとの追いかけっこは終わりにしていいわ。その代わり、あのふたりを仲間にするか、仲間に入れてもらいなさい! 最高の撮れ高が出るはずよ! ほら、ご覧なさい。コメントが大盛り上がり! これは二度と訪れないチャンスよ。絶対、ぜーったい! ふたりと行動を共にして、あわよくばふたりを我が社専属の冒険者として契約させなさい! 私はこれから社長と緊急会議をするから。………逃したりしたら、今度はファイアボアの群れと追いかけっこさせるわよ。そのつもりでいなさい。以上!』
ああ………パパ。マリアはすぐにでも家に帰りたいです。
何度も配信者になろうとする私を止めようと説得を試みた行為に「過保護すぎ」と突き放すように家を飛び出したことを、今なら素直に謝れます。
ヒロイン登場です。
今回はなんとふたり。いい感じに狂ったネーミングだと満足しております。
更新は一旦ストップし、22時くらいになったら再開します!
期待していただけるようでしたらブクマと⭐︎をじゃんじゃんばりばり突っ込んでくださると泣きながらお礼を叫ぶことでしょう!
ごめんなさいねご近所さん!!