第65話 ザリガニ釣り
「はい。京一くん。これをどうぞ。ちゃんと読んでくださいね。………しまおうとしない! 今すぐ読んで確認してください! わからないことがあったら、なんでも聞いていいですから! ほら、嫌そうな顔をしないの! 全部あなたのためなんですからね!?」
雨宮と交渉を終えた奏さんは、スクリーンに送信されたプリントを受け取ると、俺に手渡した。
前のより枚数は減ったが文体が小さくなって、より凝縮された印象。こうなると、もう「読もう」という意欲が沸かない。
得意の「あとで確認します」と言ってスクリーンに収納しようとすると、襟の後ろに手をやった奏さんの地上での装備、ハリセンが音速で振るわれて、俺の頭に炸裂するとドゴーン! と厚紙を折り畳んだものとは思えない轟音をかき鳴らす。
倒れた俺をとっとと起こして書類を強制的に読ませる。目は良い方だ。読めなくもないが、熟語に難しいものが用いられていたり「甲」とか「乙」とか出てきて、指でさしてなんのことかを問うと、なんの嫌な顔もせずに丁寧に教えてくれたので、すべてに目を通す作業に十分程度を費やしただけで済んだ。
「マリアちゃん。これを雨宮さんに送ってください」
「拝見してもいいですか?」
「ええ。どうぞ」
「では………ああ、はいはい。なるほど。そう来ましたか」
マリアのなかでは、ある程度の予想はついていたのだろう。
散々叱られた内容に、特に報酬で責められたのを聞いていたのだろうな。
解説を聞きながらやっと理解したところによると、以降の旅で報酬───ダンジョン内に限り、モンスター討伐と素材採取には協力するが、採取した内容を三等分し、取り分を鉄条に直接送ると変更があった。
ただし、リトルトゥルーに所属するものとするが、事務所から支払われるマリアチャンネルについての出演料は無し。投げ銭の配分も無しとされる。依頼報酬は別となり、三等分でもらうものとする。
これはつまり、俺が経験したお試し期間の形態をそのまま移行したものとなる。最初から出演料は気にしていなかったし、俺にとってすべて都合のいい内容となっていた。
「あなたのことですから、こういう契約をまったく考えずにリトルトゥルーに所属すると言ったのでしょう。以後、気を付けるようにしてくださいね。なにかあったら、私に相談すること。いいですね?」
「………押忍」
「よろしい」
奏さんの説教がやっと終わる。
御影との戦闘の方がもっと楽に思えるほどの疲労感と倦怠感が一気に襲い掛かった。できることなら、このまま仰臥したいくらいだ。
「んで、みんなは今、依頼受けてるんだよね?」
奏さんの説教会が終わったので、龍弐さんが話題を変える。
「はい。あ、配信を見てくれたんですよね」
「そうだよ。リビングメタルの採掘なんて、よく面倒くさいの受けたよねぇ」
疲労で動けない俺を尻目に、龍弐さんは広い空間を見渡した。
「ふーむ。俺の勘では………やっぱ水中だよねぇ」
「わかるんですか?」
「うん。俺の親父、鍛冶場職人だからね。リビングメタルのことについても、よく話してたよ。鉱物のくせに、腐らないから水のなかにもあるってね」
「へぇ。職人さんのお父様ですか」
龍弐さんの隣に移動したマリアが感心する。
「なにを作られているんですか?」
「装備だよ。俺たち冒険者の武器。俺の装備や奏の装備も親父の手製でね」
龍弐さんは腰から提げる日本刀を、くいっと持ち上げてみせた。
「………龍弐さん」
「なぁに?」
鏡花が鋭い眼光を飛ばして歩み寄る。
すでに両者、間合いに入っていた。マリアは気付いていないが、鏡花は剣呑な雰囲気をわずかに発している。
「京一に聞きました。知り合いにリビングメタルを加工して装備にしたひとがいるって。もしかしてそれって、あなたなんじゃないですか?」
鏡花の質問に、マリアが弾かれたように顔を上げた。
龍弐さんは静かに微笑を湛え、やがて首肯する。
「そうだよ? 親父の手製だからね。親父はかつて、ここでリビングメタルを発見したんだ。試行錯誤の末、やっと完成させた武器が俺と奏の装備ってこと」
「やっぱり」
「………もしかして、俺と戦いたい?」
マリアがハッと息を呑む。俺は悄然としたまま。奏さんは微動だにせず。
龍弐さんは穏やかでいるようで、枯淡としていた。まるで相手を映す鏡のように。あるいは情緒があるとでも言うべきか。じっと鏡花の挙動を見守っている。
「………お強いそうで」
「大したことないよ。俺はできるなら全部楽なことして生きていたい、人生舐め切った昼行燈野郎さ」
「案外、そういうひとって強いんですよ。自分のなかで決めたことは、なにがあっても曲げないってひとが」
「参ったねこりゃ。買いかぶりすぎだよ」
「そうでしょうか?」
鏡花も龍弐さんの挙動を見守っていた。いつもなら美少女の皮を被ったチンピラよろしく、ガンを飛ばして因縁を付けるはず。御影が相手だった時がいい例だ。しかし今は自分から手を出さずにいる。
発言にもあったように、龍弐さんの強さを読み取った。それは正しい判断だ。俺も肝を冷やさずに済む。
「見せてもらえませんか?」
「剣ならいいよ?」
「実力ですよ」
「う、うーん………年下の、それも女の子に剣を向けるってのはなぁ。うちの奏さんがブチ切れそうだしなあ………あ、あれ? 奏さんやーい?」
しかし話題に挙がった奏さんは、龍弐さんに判断を委ねている。
奏さんは男尊女卑、あるいは女尊男卑を掲げてはいない。弱い者いじめは嫌っているが、鏡花は配信で実力は知れているし、弱くはないと理解している。無言で龍弐さんを見ていた。
「うーん。困ったなぁ。………うーん………あ、そうだ。ならこうしよう。モンスター討伐。俺、できることなら疲れることなんかしたくないんだけどさ、鏡花ちゃんの気が済まなさそうだし、これで勘弁してくれない?」
「………そういうことなら」
「そう? やったね」
鏡花の妥協にオーバーリアクションで喜ぶ龍弐さん。
確かに、女子と戦うことになるよりかはモンスターを相手にした方が、まだ気は楽な方だ。
「とはいえ、すぐにモンスターが出て来てくれるならいいんですけどね」
「あ、そう? じゃあ呼ぼうか?」
「へ?」
目を丸くする鏡花。龍弐さんのとんでもない提案に、俺でさえ耳を疑った。
「親父から教わった方法でいこう。魚釣りだ」
「さ、魚釣り?」
「そうだよ。少し離れててね」
龍弐さんはスクリーンを展開すると、釣り糸と針、それから疑似餌変わりなのか、キラキラと輝く石を取り付ける。竿にはなんと自前の日本刀が用いられた。
「あ、あの。龍弐さん。ザリガニ釣りじゃないんですから」
「お、よくわかったねぇ。キョーちゃん。そうだよ。ザリガニ釣りだよー」
「え」
「でも奴さん、湖の奥の底にいるみたいでさぁ。引っ張り出すにも、どうもコツがあるんだよね。親父が言うには、決まったポイントに投げないと絶対に失敗するんだってさぁ」
笑うように言いながら釣り糸を鞘尻に巻いていく。
俺は呆然とそれを見ていた。鏡花とマリアも。ただ奏さんだけは「過保護なんですから」と呆れていた。
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