第64話 できれば敵対したくない子
一応だが奏さんと龍弐さんの自己紹介が終わり、これでひと段落着いたと考えたのが油断だった。
「京一くん」
「お、押忍っ」
また奏さんに睨まれる。口調は先程と比べれば柔らかくなってこそいるが、トーンの低さは同じ。心臓が跳ねあがる。
鍔紀の勘違いでしかない伝言以外に、なにかやらかしたのかと必死に記憶を探った。
「あなたは、リトルトゥルーのマリアチャンネルの一員として、マリアさんのパーティに加わった。そうですね?」
「あ………は、はい。そうです」
しまった。と後悔する。
俺は前々から龍弐さんと奏さんに声をかけ、三人でパーティを組むと約束していた。
それがこういう形で反故してしまった。落とし前を付けろと言いたいのか。
「すみません。俺………」
「事情はわかっています。見てましたから」
「え?」
「元々、鍔紀ちゃんの伝言が無くても京一くんを探しにダンジョンに潜ることは決定していたんですよ。でも、東京に向かうにしてもルートがわかりませんでした。事実、あなたは上野村ゲートを目指していましたが、ゲートは崩壊してしまっていた。そういうアクシデントがあった場合、あなたを発見することは困難だったでしょう。でもマリアさんと共に行動してくれたお蔭で、配信で常に行き先がわかりましたからね。龍弐にはずっと見てもらいました」
「あ………」
そうだ。配信だ。
なぜ奏さんが俺のことを「伝説的なレジェンド」と呼んだのか気になっていた。あの配信を見ていない限り、そんなこと知るはずもない。
同時に死にたくなるような羞恥が襲い掛かる。全部見られた。俺のあの忌むべきコードも含めて。
「もし私が京一くんの立場だったとしても、あの御影とかいう悪い虫からマリアさんを守るため、彼女のパーティに入ることを決めていたでしょう。だから、リトルトゥルーに所属することを決めたことも含めて、そこは咎めません。むしろ、評価しているんですよ?」
「そうなんです、か?」
「ええ。女の子を守ろうとしない男の子はクズです。あの御影はクズそのものです。ああ、彼の末路は龍弐が顔をサッカーボールみたく蹴り上げました。スカッとしましたよ」
確かに龍弐さんなら、御影がスキルを使おうと封殺できる。確信があった。だから御影を捕まえたと言っても疑う気にはならなかったし、納得の方が大きい。鏡花とマリアは愕然としていたが。
「私が怒っているのがなんなのか、わかりますか?」
「う、うーん………」
奏さんは俺にとって姉のようなひとだ。
面倒見がいいし、鍔紀とともに昔からとても世話になっている。
基本的に優しい。ブチ切れると怖い。しかし理不尽な怒り方はしない。説教は長いが間違ったことは言わない。
きっと、俺の行動のなにかが原因でこうなった。だが、その要因がわからない。
俺は龍弐さんにも面倒を見てもらっていて、小さい頃からガキ大将みたいなあのひとの背中を見て育った。奏さんから言わせれば悪い面も継承してしまっているとのこと。
龍弐さんに似てしまったどこか。
………いったい、なんなんだ?
「俺がマリアのパーティに参加したことでもなく、その経緯でもなく………あ………もしかして、アレですかね。俺以外が全員女だってこと………?」
「そんなことではありません。なんですか、それは。自分以外が女性だと、なにか不都合でも? それとも女性蔑視ですか? ………いいえ。京一くんはそんなことをする子ではないと知っています。多分それは、コメントでよく見る嫉妬のことでしょう。このパーティは女性も強い。仮にいかがわしいことをしたとしても、御影の前例があるように、社会的抹殺が行われるでしょう?」
「た、確かに」
マリアは戦闘向きではないとはいえ、武闘派の御影を根性で出し抜いた。鏡花は言わずと知れた武闘派。仮に俺がセクハラなりしようとすれば、鏡花と戦って怪我をし、マリアに情報戦で抹殺される末路が見える。
「私が怒っているのは、リトルトゥルーとの契約です」
「え………あ、あの。なにか問題でもありましたか?」
マリアが奏さんに怯えた様子で尋ねる。奏さんは吊り上げた目を緩め、安心させるように優しい顔と声で首を横に振った。
「いいえ。リトルトゥルーの営業方針や、マリアちゃんの配信に問題があるわけではありませんよ。私が問題視しているのは別件です。しかし、勘違いを誘発させる物言いをしてしまったのも事実ですね。マリアちゃん。契約書はありますか? きっと、京一くんはあとで書くとか言って後回しにしているはずです」
「あ、はい。あります」
マリアは安心して、スクリーンから紙媒体のプリントを取り出す。そこに契約内容が記載されていた。
受け取った奏さんは素早く目を通し、また目を吊り上げる。
「京一くん」
「ぉ、押忍っ」
「これ、見てないでしょう?」
「え、いや………少しは」
「見てないでしょう?」
「………はい」
「このおバカ!! 前言撤回!! 畏まりなさいッ!!」
「ぅ押忍っ」
ダメだ。勝てない。怖い。
また雷鳴のような大喝をもらい、直立不動となる。
「あなたねぇ。これは京一くんの処遇や、報酬についても記載されているんですよ? ソロだった頃は、討伐したモンスターの素材や、ダンジョンで採取したものを、そのまま鉄条さんに送れたのでしょうけど、これに同意したらどうなると思います? 今後、あなたがひとりでモンスター討伐や素材を採取しても、リトルトゥルーが契約した買い取り業者に送る義務が生じ、鉄条さんに送れば横流ししたとみなされて罰金が発生するところだったんですよ?」
「え………ま、マジですか?」
「マジです。というか、それくらい常識です。知らない方がおかしいんです」
「うぅぅ………」
だからか。と納得する。
例えば二日前、鏡花がソニックピューマを十匹同時に絞め殺したことがあったが、素材回収の時にマリアが受け取って、爪や牙などを自分のスクリーンに入れていた。俺はそのまま保管してくれていると思ったが、業者に送っていたということだったんだな。
それから十分ほど俺を説教した奏さんは、ミイラのように干からびた俺を捨てて、マリアに向き直る。
「マリアちゃん。動画を見てわかったことなのですが、その耳にしているものはインカムですね? ダンジョンの外にいるマネージャーさんとお話できるという」
「は、はい。そのとおりです」
「お借りできませんか?」
「えっと………」
「壊しませんから」
「ひっ………」
ニゴッ。と笑う奏さん。あの笑みにも勝てたことがない。
もちろん怯えて、降伏するしかないマリアは大人しく耳のインカムを外して、マネージャーとの会話する権利を譲渡する。
「もしもし。初めまして。リトルトゥルーの雨宮さん、でよろしいでしょうか? 初めまして。私は三内奏と申します。いえいえ、とんでもありません。マリアさんはとてもいい子で。御社の教育方針と、営業力の高さが理解できます。ところで───」
流石は奏さん。
マリア曰く、雨宮というマネージャーは社長令嬢にして、その肩書に頼らず自らの手腕で会社を大きく発展させようとするやり手の女らしい。
その雨宮に対し、奏さんはまるで自分も営業に携わる人物になりきったかのような口調で会話し、それから交渉に入る。最後まで聞いていたが、譲歩こそあったが肝心なところは一歩も譲らない。
交渉は五分で終わった。インカムをマリアに返す奏さん。
「雨宮さん、なんだって?」
二言三言交わしたあと、通信を切ったマリアに鏡花が尋ねる。
「流石は三内楓の娘。できれば敵対したくない子だって言ってました。あの百戦錬磨の雨宮さんが………」
それを聞いていただけで、ますます奏さんだけは敵に回しちゃいけないと俺も理解した。
六回目ぇ!!
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