第63話 お黙りなさい!
なにもかもが驚きでした。
まず、ダンジョンにジープで侵入したふたり。京一さんのお知り合いらしのですが、ダンジョンを自動車で走行できるという経済力があるようにも、巨大なスポンサーがいるようにも見えません。
ひとりは龍弐さんという男性。背丈は京一さんよりも少し高く、すらっとしています。
アングルによっては、どこか女性にも見えそうな美貌さえありました。きっと、多くの女性を虜にしそうな方で、セミロングの茶髪を指でいじり、ジープの助手席から楽しそうにしながら京一さんたちを見ています。
もうひとりは奏さんという女性。背丈は私より少し高いくらい。大学生らしく、大人びた雰囲気と、なにより事務所でも見たことがないような美しさを兼ね備えた方でした。そして一番目を見張るのは、理想的なコークボトル体型に積載された、豊満な胸。鏡花さんも大きい方ですが、少し劣ってしまいます。
そんな奏さんは、あろうことか、誰にも屈服しない屈強な精神力をしているはずの京一さんを慄然とさせ、見たことがないくらい狼狽させました。
「………あの、奏さん。それ、間違ってま………」
「お黙りなさい! 言い訳は無用! 畏まりなさいっ」
「お、押忍っ!!」
問答無用でした。あの京一さんがその場で直立するほどの大喝。広大な空間がビリビリと振動します。
鏡花さんは唖然としていましたが、大喝に反応して身構えます。私は怖くて鏡花さんに縋ってしまいました。
「京一くん。あなたはとてもいい子でした。お勉強の出来は他としても。不器用ながら私が出した課題に取り組み、達成できた回数は少なくとも、決して一度たりとも投げ出したりしなかった。私はその真摯な姿勢を評価していました。しかし、今回は別です。なにが追って来いですか。追えないとでも考えましたか?」
「ち、違います………」
「そうでしょう? 私があなたを追えないはずがない。生意気を言うのは十年早いと思いませんか」
「そ、そうじゃなくて………俺、先に行きます。一緒じゃなくてごめん。って伝言を頼んだんですけど………」
「………はい? 誰に?」
「鍔紀に」
「………コホン」
「………鍔紀ぃ………あの野郎ぉ………まぁたやりやがったなぁ………二言で済むような短文じゃねぇか。挑発するような改竄してんじゃねぇぞぁ………っ!!」
なにやら、勘違いというか、口伝に齟齬があったようで、奏さんは居た堪れなくなった空気を誤魔化すように咳払いをすると、京一さんは鍔紀さんという方に怒りを燃やしました。
特に京一さんの怒り方が半端ではありませんでした。怒髪冠を衝くといったところでしょうか。余程怖かったようです。
「終わったぁ?」
その様子を、唯一平常で見ていた龍弐さんが、満面の笑みで尋ねます。
「ええ。終わりましたよ」
「結局、またいつもの鍔紀ちゃんの忘れっぽさが出ちゃっただけだしさ。キョーちゃんも泣きそうになってるし。許してあげなよ」
「べ、別に私は許さないなどと言った覚えはありませんっ」
「そう? でもあのままじゃ奏、キョーちゃんを埋めそうだったじゃない。おっちょこちょいなのは奏も良い勝負ですなぁ」
「お、お黙んなさいっ」
奏さんの怒りの矛先が龍弐さんに向かいます。私たちはビクッと震えましたが、龍弐さんはケロッとしていました。
「ほらほら、怒ってばかりだと小皺増えるよ?」
「増えません! それに、誰のせいだと───」
「はいはい。わかったから。それより、そっちでガタガタ震えてる子たちに挨拶して、奏がブチ切れるとダンジョンが崩壊しかねないって勘違いを解いた方がええんでないのぉ?」
「崩壊しませんっ」
ギャオオオオオン! と吠える勢いで叫ぶ奏さんを軽くあしらいながら、助手席から降りた龍弐さん。そして私たちの前に立つと、柔和な笑みを浮かべて手を振りました。
「やっ。俺、祭刃龍弐っていうんだ。うちのキョーちゃんから聞いてないとは思うけど、同郷でね。一応エリクシル粒子適合者だし、キョーちゃんと一緒にダンジョンに行く約束をしてたんだけど………ちょっと色々あってね。こんな形で合流しちゃった。そちらは皆殺し姫ちゃんと、マリアちゃんだね? キョーちゃんとパーティ組んでくれてありがとうね。マリアチャンネル、見たよ。大変だったね。でも俺たち、マリアちゃんの配信を見てたから追いかけられたんだ」
よろしくね。と優しく笑う龍弐さんに安心して、差し出された手を握ります。
でも、その手は驚くほど硬かったのです。まるで長年、なにかを握り続けてきた職人のような手でした。
「五反マリアです。配信者をしています。よ、よろしくお願いします」
「零鏡花です」
鏡花さんにも握手をして、龍弐さんは奏さんを振り返ると手招きします。
いよいよ、という感じでしょうか。
ある意味で御影なんかよりもずっと怖い印象の女性が、苛つくあまり怒鳴ってきたら、心臓が止まりそうでした。
すると奏さんは、バツが悪そうに溜息を吐いてから、感情をリセットしたかのような素敵な笑みを浮かべて、私の手を両手で握りました。
「お初におめにかかります。五反マリアさん。私は三内奏と───」
「三内!? そ、それってまさか………三内楓さんのご家族ってことですか!?」
「はい。楓は私の母ですよ」
「え………すごっ」
これには鏡花さんも感嘆の声を漏らします。
感激でした。まさかあの伝説の偉人の娘さんに会えるなんて思いもしていなかったからです。
「そんな、すごいのは私の母であって、私自身はまだまだですよ」
「そうそう。楓先生は滅多なことじゃ怒らないけど、奏さんはめっちゃ怒るからねぇ」
「龍弐? 脳髄をぶちまけたいですか?」
「いやーん。奏さんのエッチィ」
「どっ、どこがエッチなんですか!?」
素敵な女性の笑みに、亀裂が走りました。まるでコスメを詰めたケースを落としてしまい、粉々になってしまった内容物のように。なかから飛び出したのは、まだこのダンジョンで見たことがない、オーガに似ていました。次の瞬間には恥ずかしそうに顔を赤らめた女性に戻っていましたが。
「コ、コホン。あのおバカさんは放置してください。改めて。私は、あのおバカさんと京一くんと同郷です。もうすでにおバカさんが先に言っていましたが、私からもお礼を言わせてください。京一くんをひとりきりにしないでくれて、ありがとうございます。お陰で最短であなたたちを見つけることができました」
「寄り道したけどねぇ。お陰で賞金ガッポリもらえたしぃ」
「賞金?」
「え、ええ。まぁ………ガソリンもタダじゃないですし。ここまで来るのに必要だったんですよ。マリアさんが所属されている事務所から報奨金が出ていましたし。利用させていただきました」
「もしかしてそれって………御影を捕まえたってことですか!?」
「そうだよー。軽く捻っておいた。まぁ、キョーちゃんが先にボッコボコにしてくれたお蔭で、一発で終わっちゃっただけなんだけどねぇ」
衝撃的な事実が連発します。
ニュースで、私たちを陥れようとした御影が捕まって、リトルトゥルーが報奨金を払ったとは知っていましたが、まさか龍弐さんたちが、あの御影を捕まえていたなんて。
でも、それだけでおふたりの強さが確固たるものだと、理解できました。
五回目ぇ………!
くぅ………や、やれるか………?
いいや、やるしかない!
皆さまの応援に応えるべく指が加速しております!
ブクマ、評価、感想などの気合いを入魂していただければ、本日の六回目の更新が確実なものとなるでしょう!
よろしくお願いします!




