第62話 高崎駅跡地
リビングメタルという超一級品のお宝を求める冒険者が星の数ほどあるという証拠を得てから数時間後。俺たちはやっと、高崎駅跡地の真下にあるというポイントに到着した。
ダンジョンにあるのは通路だけではない。広場と呼ばれるスポットも存在する。なんのために存在しているのかは知らないが、人間はこの広い空間を活用すべく、拠点にする者も多い。俺たちも何回かこういう広場にテントを張って拠点を作った。
さて、高崎駅跡地にある広場というのは、学校なる施設のグラウンドを含めた敷地面積の二倍はあると考えられた。正確な広域は知らないが、目測だけでもかなり広いとわかる。
そして事前情報として、湖規模の水たまりだが、これがまた俺たちを絶句させる要因となった。
「………本当に最近できたものじゃない。ってわけね」
湖の近くに接近した鏡花は、しゃがむと水面をじっと観察する。鏡花も並んでしゃがんだ。俺は警戒を続けるべく、彼女たちの後ろに立って周囲と、湖の先を見渡す。
水面は底が見えるほど透き通っていて、ダンジョンという荒々しくも厳しい環境を忘れさせるほど整然としていた。
「なんで湖が最近のじゃないって、わかったんだ?」
敵影がないか隈なく調べながら問う。
「生態系よ」
「生態系?」
「見なさい。この湖、なにも変なところがない。水底には藻や水草があって、小魚が泳いでいる。これだけの規模を一日やそこらで完成させられるはずがない。つまり、長い年月を経て完成させた湖なのよ」
「ダンジョンのなかなのに、他の生物がいるのを初めて見ました」
「そうね。実は私も初めてよ。雄大な自然が、長年人間の手が届かない環境のなかで作り上げた、ひとつのコロニーってわけ。水源は見たところ、外壁から流れ出てるわけでもない。もしかしたら水底から少しずつ湧いているのかもね。この湖の水は、どこに流れているわけでもないし………いずれこの広場の全域を満たしたあと、ダンジョンの下部に流れ込むかもしれない」
「じゃあ、群馬ダンジョンのゲートは………」
「そんな急な話じゃないと思うわよ? ゆっくりと流れるだけ。でもいずれ、ゲートを封鎖すれば水没するし、解放すればダンジョンの外に新しい河ができるかもしれない」
「………自然って、すごいんですね」
「ええ。私もそう思う」
幻想的でもあり、如実として現実を知らされる空間。それがこの場所なのかもしれない。
鏡花とマリアはしばらくこの湖を見ていたいのかもしれないが、いつまでもそうしているわけにもいかなかった。
「感心しているとこ悪いが、そろそろ依頼に取りかからないか?」
「そうね。今日はここにキャンプを張るとして、リビングメタルがどこにあるのかを調べないと───ッ!?」
その時だ。
俺と鏡花は、同時に弾かれたようにその空間の別の入口を見た。
「どうしたんですか?」
俺たちがこんな反応をする時は、いずれにせよ敵襲の警戒態勢だ。マリアも慣れていて、腰を浮かして、鏡花の誘導に従えるようにしながら同じ方を見やる。
「………エンジン音か?」
「タイヤが地面を走る音もするわね。つまり………自動車が来てる」
「自動車!? え、そんな。ダンジョンに自動車ですか!?」
マリアはモンスターへの警戒ではないことに安堵したが、前例のない警戒に驚きを隠せずに声を裏返した。
「なにも不思議なことじゃねぇよ。理屈としてはだがな」
「ええ。ダンジョン開拓史においては、戦車だって入り込んだくらいだもの。入口が広いゲートであれば、自動車だって侵入可能だわ。ただ、動力源となるガソリンが高値で取引されているから、そんなことができるのは、余程のスポンサーのいる冒険者くらいだけど」
そう。ダンジョン攻略と聞けば、誰しも自らの足で歩くことをイメージするが、なかには徹底した現実主義者というか、徒歩で移動するには稼げる距離に制限がかかると知って、自動車を持ち込む者もいるのだ。
鏡花の言うように大きなスポンサーのいる冒険者が、物資採取を目的とした身も蓋も無い冒険をしているのが現実だが。
しかし俺は、接近するもうひとつの現実に、つい期待を抱いてしまった。
「待て」
「なによ」
「この音………知ってるぞ」
「なにそれ。近所で転がされてる軽トラのエンジン音っての?」
「そうじゃない。これは………ジープだ。ってことは………マジかよ。来てくれたのか!?」
「ね、ねぇ。どうしたの? 急に喜んじゃって」
「喜ばないはずがないだろ! 安心しろ。俺が知っているひとたちだ!」
つい声が上ずってしまったせいか、鏡花もマリアも不審そうにしているが、構うことはない。ジープが接近するルートに、ふたつのヘッドライトが見えたことで、より喜びを覚えた。
そして凶悪なほどのエンジン音をかき鳴らしながら、予想したとおりのコンバーチブルタイプのジープが、高崎駅跡地に見事なまでのドリフトをしながら俺たちの前で停車した。
「龍弐さん! 奏さ、ん………?」
嬉しくてふたりの名前を叫ぶも、それは途中で尻すぼみとなって消えた。
鏡花とマリアがより不審そうになって俺の顔を覗く。もう構っていられない。そんな余裕は、消え失せた。
「ヘロー。キョーちゃん。おひさー」
龍弐さんは相変わらずの軽いノリで手を振る。
しかし問題は、運転席にいる女の方だった。
「お久しぶりですね。武勇は聞いていますよ。大層な活躍をして、鼻高々で、調子に乗ってしまいましたか? 伝説的なレジェンドさん?」
「あ、あの………え? 奏さん? えっと、な、なんでそんな、怒って………?」
「ほうほう。それはそれは。覚えがないのですか? 流石ですね。余裕たっぷり。感心します」
感心すると言っておきながら、運転席から降りた奏さんには、まったくと言ってもいいほど評価してくれる様子はない。
俺はこれを、菩薩の笑みのなかで修羅の目をする状態を知っている。
月に数回、龍弐さんが悪戯を仕掛けてブチ切れさせたあとの形相だ。
後退るも、退路は湖だ。下がれば泳ぐことになる。
それは悪手だ。水中ではいくら俺でも動きが何割か鈍る。そんな状態になれば「どうぞ狙ってください」と言っているようなものだ。
奏さんはオールレンジ攻撃を得意としている。例え、この広大な空間のどこにいたとしても命中させるだろう。
「あ、ああ、あの、俺、奏さんを怒らせた覚えがない、んですけど?」
「へぇ。それはそれは」
まずい。本当にわからない。
奏さんは俺がダンジョンに行くと決めた日の二週間前に西京都に行った。その日はちゃんと見送ったし、なにも怒らせることを───あ、もしかして、あれか。
「奏さん。その………約束を守れなかったこと、怒ってるんですか? 俺が三人でパーティを組んでダンジョンに挑みたいって言ったのに、ひとりだけ先に行ってしまったことを」
「ああ、事情は聞いてますよ。お母さんから連絡があり、西京都でも調査をしましたので。でも、私が怒ってるのは別件なんですよねぇ。京一くん、随分と言うようになったじゃないですか。先に行くから、来たいなら追って来いと。だから来てあげましたよ? 残念ですねぇ。小さかった頃は、あんな従順な子だったのに。いつからこんな、生意気を言う子になってしまったのでしょう?」
「………へっ?」
なんか、言ってることが違うような。
………まさか。
ブクマありがとうございます!
うおおおおお………こんなに気合いを入魂されたら書かないわけにはいかない!
というわけで五回目は一時間後にぶち込みます!
ですのでもっと気合いをぶち込んでくださると作者の筆は今日も加速するでしょう!
四回目!
やっと、合流させたくてたまらない先輩たちが来てくれました。このキャラたちは特別です。
肉じゃがに入れるカレールーのような存在。これでよりうまくなるカレーの完成。面白くなりそうです。
もし期待していただけるようでしたら、ブクマ、評価、感想をぶち込んでくださると………作者が本日予定になかった六回目を書き上げて投稿するかもしれませんので、応援よろしくお願いします!




