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プロローグ02

 東京という町が日本の首都だった頃の記憶は、すでに全世界の人間の記憶をすべて開示したところで、探し当てることは適わないだろう。



 2240年。日本は首都を西へ戻し、西京都として世界にとっての先進国のひとつたり得るために邁進した。


 様々な困難があった。


 国に住んでいた先人たちは、多くが死病で斃れた。



 しかし、それでも───、それでも───、と足掻く者たちが奇病を克服し、超人的な力を発揮したことで、躍進的な技術の発展を取り戻し、再開発が振興した都市がごとく栄華を取り戻した。



 日本はすでに、二百年前とは違い、世界にとっても決して無視できない主要国家として認知された。


 すべてはあの物質───関東平野が超立体的構造物、ダンジョンとなった、日本の終末を思わせた事件が、そのダンジョンから湧出する未知なる物質、エリクシル粒子の存在を発見したことが契機となったと言えるだろう。


 エリクシル粒子は、日本史の教科書や文献が記録する限り、どの戦争よりも日本人を大虐殺した。


 目に見えない刺客。それらは日本のどんな場所に隠れても隣にいて、頬を撫でまわしてくるような恐怖を国民に刻み付けた。


 ところが急に手の平を返したかのように、日本人にとってこれ以上とない繁栄を与える物質となった。


 学術的な見解では、「すべての日本人が世代をまたぐことによってエリクシル粒子に免疫を持つ超進化を遂げたのではないか」とまである。最初は軽んじられた論ではあるが、エリクシル粒子適合者が現れ始めたことで端を発した学会の異端児とまで忌避されていた学者に注目が殺到したという。


 日本は多大な犠牲を払って、新時代を迎えた。


 冒険者という、昭和から令和の時代に漫画やアニメで有名となったファンタジーのような世界が、現実となった。ダンジョンには未知の物質があり、世界規模で高値で取引されている。金のレートなど比ではない。


 かつて外国人が航海し旅の目的地としたであろう、黄金の国ジパングのように。閉ざされた東京を目指す。多くの冒険者も夢に抱いて邁進していた。


 東京が黄金の国になっているかどうかは不明だが、確実になにかがある。


 現在、東京がどうなっているのかを明かす。それが全日本人の悲願だからだ。


 そしてそれは、つい最近になってパーティを組んだこの三人も同様であり───






「ネ゛コ゛チ゛ャ゛ン゛!!」



 薄暗い通路に、少女の奇声が響く。



「ネ゛コ゛チ゛ャ゛ン゛!!」



 耳にした者すべてを呪い殺すような迫力。


 なにが起きているのかは明白だ。



「ネ゛コ゛チ゛ャ゛ン゛! ネ゛コ゛チ゛ャ゛ン゛! ネ゛コ゛チ゛ャ゛ン゛!」



 本来、人間を屠るには十分な膂力をしているはずのダンジョンモンスターが、たったひとりの少女に追われている。


「うわー………」


「相変わらず狂ってるなぁ」


 カメラを構える俺たちのボスと、傍観するしかない俺は、同僚の狂いっぷりに恐怖し、戦線に参加できずにいた。いや、できるできないの話ではない。「来るんじゃねぇ」と同僚の目が語っている。


「これ、いつまで続くんですかねぇ」


「あと二分くらいか? あいつ、狂ってはいるけど冷静だ。確実に追い込んでる」


「狂ってるのに冷静なんですか?」


「ああ。狂ってるけどな」


 俺たちも、この事態に辛辣にならざるを得ない。


 あの冷酷無慈悲なサディスティック女王は、配信中のチャンネルにおいて、俺たちのボスたる配信者の悲鳴愛好家とかいうわけのわからない変態どもに次いで、見下し蔑むような発言と、嫌そうな眼差しをする彼女にも固定のファンがついた。「なじってください」だとか「踏んでください」とか、俺には理解できない領域を楽しむコアな連中が今日も喜びながらコメントを打ち込み、少しでも注目されようと高額な投げ銭を投げる。


 しかしこの事態については、もう対応不能だ。


「ネ゛コ゛チ゛ャ゛ン゛!」


 どうやらあの冷酷無慈悲な女王様には、たったひとつだけ目がないほどの好物があり、前にすると我を忘れて暴走する。


 それが、猫。


「ネ゛コ゛チ゛ャ゛ン゛! ネ゛コ゛チ゛ャ゛ン゛!」


 この前なんて瓦礫を猫と見間違えて全力疾走し、飛び付いたくらいだ。本物の猫だとしたら全身の骨が砕けて即死している。瓦礫を抱擁した数秒後にコンクリートが割れ落ちた。それほどの破壊力を秘めている。狂っている。



「ネ゛コ゛チ゛ャ゛ン゛! ネ゛コ゛チ゛ャ゛ン゛ネ゛コ゛チ゛ャ゛ン゛ネ゛コ゛チ゛ャ゛ン゛! ネ゛コ゛チ゛ャ゛ン゛! ネ゛コ゛チ゛ャ゛ン゛ッ!」



 うるせぇなこいつ。


 なぜこうなったのかって、俺たちは甘楽を抜けた先でダンジョンモンスターに遭遇したからだ。それも群れ単位で。


 ソニックピューマと呼ばれる、とにかくすばしっこいピューマ。もちろん肉食で、人間を襲う。体格は平均で原種の二割り増し。

 

 そんな大きい肉食のモンスターを目の当たりにした少女は、ダンジョンモンスターならとにかく迅速に殲滅するはずが………まぁ、ネコ科のモンスターだし、十頭のそれに奇声を発して突撃した。


「私、初めて見ました」


「なにが?」


「人間って、モンスターを怖がらせることができたんですね」


「あれは例外だろ。参考にしないほうがいいぜ? でなけりゃお前が痛い目に遭うだけだ」


 とにかく遠い目をする俺たち。



 ボスが淹れてくれたインスタントコーヒーを片手に、人間を殺すはずのモンスターを逆に脅かし、ビビり散らかさせる狂った女を観察した。



「ネ゛コ゛チ゛ャ゛ン゛! ネ゛コ゛チ゛ャ゛ン゛! ネ゛コ゛チ゛ャ゛ン゛!」



 俺たち三人のパーティのなかで、一番の知識を有しているが、「皆殺し姫」なんていう物騒なコードで呼ばれる女。俺たちのボス曰く「美少女の皮を被ったチンピラ」こと、(れい)鏡花(きょうか)


 白くてきめ細かな肌と、艶のある黒髪。機動力を重視するがゆえスカートを履く謎理論を振り回す。初対面から俺にガンを飛ばした面白い奴だが、最近になって忘れかけていた女らしさが垣間見えるようになった。


「京一さん。クッキー食べます?」


「ん。もらう」


 俺にクッキーが詰まった缶を差し出してくれたのが、俺たちのボス。五反(ごたん)マリア。日本人とアメリカ人のハーフ。


 マリアチャンネルで活躍する配信者。所属はリトルトゥルーという、小さくはあるが最近になって大御所に比肩し、実績を残すようになった事務所。


 マリアは通信制の高校に在籍しており、ダンジョンのなかだろうが夜間に授業を受けて単位を得ている。見習うところが多い少女だ。


 インフルエンサー業からダンジョン専門の配信者に転身し、初心者ながらも活躍し、チャンネル登録者数を増やす反面、トラブルに巻き込まれても心が折れなかったタフネスの持ち主。


 金髪碧眼にして小柄で華奢。容姿に注目させる事務所の方針はとりあえず成功しているが、ソプラノの元気いっぱいな声から繰り出される独特な悲鳴でコアなファンが釣れたのは予想外だっただろう。


 ふたりとも俺が知るなかでもトップレベルの優れた容姿とプロポーションをしている。そのせいか、ふたりに並んだり挟まれたりすると、最近はコメントでいじられたり殺害予告が届くようになった。


「あ、見てください京一さん。鏡花さんがついに壁際に追い込みましたよ」


「冒険者の足でも捕らえるのが困難だっていうソニックピューマ十匹を、単独で抑え込むとか、あいつ頭おかしいな」


「そんなの今さらじゃないですか。猫ちゃんが大好きなら、欲望のままに動くのが一番です。私たちに八つ当たりされても面倒ですもん」


 マリアはサラッと毒を吐く。少し前までは俺たちに気後れして、発言もどこか遠慮がちだった。これは絆が深まったと考えてもいいのだろうか。


「チャンネルの方針的には、あんなの映していいのかよ」


「本当に猫ちゃんを握り潰すようなら止めますけど、相手はモンスターですし。いいんじゃないですか?」


「えげつねぇ………」


 ふたりの少女の言動に密かながら恐怖を覚えた俺こと、折畳(せつじょう)京一(きょういち)は、残りのインスタントコーヒーを飲み干してため息を吐いた。


ブクマ、評価ありがとうございます!


新章突入です。まだ群馬ダンジョンです。

序盤から狂ってますね。そんな鏡花のマジキチっぷりが面白いと感じていただけましたら、毎度のことですが、大変恐縮なのですが、ブクマ、評価、感想などで作者をついでに応援していただければなと思います。よろしくお願いします!


明日は日曜日ですが………ちょいと多忙だったものでして。いつものようにたくさん更新できるかどうかは、わかりません。

ですが皆様の応援次第で変動するかもしれませんので、応援よろしくお願いします!

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