第5話 配信者は乱闘だらけ
「みぃんなぁー! おっはよー!」
このダンジョンという生きるか死ぬかのギリギリを攻める場所に、似合わない少女の金切り声に似た挨拶が炸裂した。
ダンジョンゲートのみならず、ダンジョンの内部は陽光が射さない。光源となるのは発光する虫だとか、鉱石だとかが主となる。暗黙の了解として、冒険者はその虫と光源を採取してはいけないことになっている。
年中陽の目を見ない露店の連中の青白い顔が、より鬱蒼に染まっていく。「ああ、またか」とか「懲りないなぁ」とか、呆れた声まで囁かれる。
俺は女の声が聞こえた、開けた空間の奥に目をやった。
なんだかピンクだか金だかわからないようなフリフリなドレス風の衣装に身を包むイカれた女が、日の出からまだ一時間も経っていない早朝に大声を張り上げていた。
「今日も見てくれてありがとねっ。アキュンのラブラブモーニングの、じっかんっだよぉー! 見てくれてるみんな、愛してるっ!」
なるほど。これが配信者という仕事の現場だ。初めて見た。
しかしアキュンのラブラブ………なんだっけ。知らない配信者だ。
俺は左手の親指と人差し指の腹を合わせ、離す。それが一般的なスクリーンの展開方法だ。目の前に立体的な平たい半透明な画面が現れる。
右手でタッチパッドを呼び出し、タップ。「アキュン・ラブラブ」すぐに出た。
配信者名はそのままアキュン。活動開始したのは去年。チャンネル登録者数は二桁。現在のライブを開く。コメントは無し。リアルタイム視聴している人数………三人。あ、俺を除けばふたりか。
「あっ、ひとり来てくれた! おっはよぉー! 愛してるよぉ!」
ごめんなアキュンとやら。別に冷やかしてるわけじゃないんだ。
きっと投げ銭を期待しているのだろうが、ここで余計な出費をするわけにはいかない。
が、貴重な経験ができたことだし、ほんの少し………本当に少しだけ感謝の気持ちを込めて、千円だけ投げておいた。で、配信を閉じた。
「朝からありがとぉぉぉおおおお!!」
その場から遠ざかると、アキュンとやらの感謝の咆哮が背中に叩きつけられた。
余計な時間と所持金を消費してしまった。
だが後悔はない。勉強できたのだから───と自分を納得させようとした、次の瞬間。
「───であるからして、たにほーは訴えたい! 今の政治がどれだけ力任せで、日本人を圧迫し、搾取し、損なっているのかっ! これでは数十年先の未来では、新たな基盤を支える子らは奴隷として人柱にされるだけであり───」
「じゃあ、このワーウルフの体毛に硫酸を注いでいくよぉ………クヒヒ。どうなると思うー?」
「ダンジョンで撮影するためのライトの当て具合を紹介しまーす」
「気合いだ気合いぃぃぃいいいいいっ! どうした! 気合いなんだよ。全部気合いなんだよ! 気合いがあればなんだってできる! いいかお前ら!? 俺は今、ダンジョンに生えていたこの花の蕾を応援してるが、見事に気合いだけで咲かせてみせるからな! そのためにはお前たちの気合いも必要だ! どんどん熱い気合いを………違ぇよ、そうじゃねぇだろ!? 百円ぽっちなんて入れてんじゃねぇ! 気合いは千円以上からだって言ってん………あ、逃げんなテメェ! 帰ってこい! せめて一万円の気合いを入れてから帰れっ!」
なんていうかもう………動物園なのか疑うレベルだ。動物園なんて行ったことないけど。
アキュンとかいう配信者から始まる、ダンジョンの通路まで広がる配信者の群れに感心と辟易を覚える。
ざっと数えただけで五十人ほどいた。
で、全員が朝っぱらから思い思いの配信をしている。
等間隔に並び、壁を背景にしている。その列は通路まで及んだ。一応、配信者もエリクシル粒子の適合者だ。戦闘能力は有しているので、ダンジョンモンスターが現れても応戦できるのだろうが危険行為には変わらない。
だが彼らは無秩序に見えて、案外秩序は保っていた。
まず等間隔に開く距離は十メートル前後であること。叫ぶ配信者が奥にいること。なにより通路に入ると片側に寄っていること。通行人の邪魔にならないよう配慮して、整然としていた。
………が、
「ケミカルケミカル………ぎゃぁあああああああああああッ!?」
一方でヤバい配信者もいた。
実験系の配信者が、薬剤の調合を間違えたらしい。結果、爆発が発生する。周囲に舞う粉塵と衝撃の被害に晒される他の配信者たちが吹き飛ばされる。
それでもエンターテイナー魂は捨てていないようで、配信だけはなんとしてでも維持していたのだが、元より一般人より頑丈な体をしている連中だ。すぐ起き上がって、爆発させた配信者へと殴り込みに行く。
各々のジャンルの配信が、乱闘になっていく。気になって先陣を切って殴りに行った「たにほー」とやらの政治批判チャンネルを開くと、視聴者は五十人となっており、毎秒十人規模で増えていく。暴力関係の配信は停止されそうだが、ダンジョンは戦いが常。画面は酷い絵面になっていたが、コメントは盛り上がっていて、なんと投げ銭まで入れられている。『ダンジョン配信といったらコレだよな』なんて、まるで乱闘をスポーツ観戦でもしているような発言まであったくらいだ。
「配信者ってのも大変なんだなぁ」
巻き込まれないよう離れて歩く。こういう類は関わらないのに限る。
乱闘の喧騒がやっと聞こえなくなる程度まで歩くと、洞窟の三叉路に突き当たる。
この迷宮は一方通行ではない。幾多もの分岐でエリアが分かれている。
それこそが醍醐味であり、冒険者としては探索意欲が駆り立てられるというもの。
俺は躊躇いなく右を選んだ。
なぜ躊躇いがないのか。それには理由があった。
「ここらの探検をしたチャンネルを見て正解だったな」
配信者はなにも、自分の得意とするジャンルでクリエイティブを追求し、視聴者を楽しませる娯楽を提供するだけが仕事ではない。
なかには一般人ではなく、冒険者向けの動画も存在する。
俺は徹底してそのチャンネルを研究した。
軽井沢付近のゲートからこのエリアを選び、鉄条に賛同されたのもそこにある。
ダンジョン攻略を主体に配信する先人たちがいるからこそ、俺は事前にマッピングができた。下仁田から上野村までの最短で攻略できるルートは、もう頭に入っている。さらに進めば埼玉ダンジョンのある県境まで一気に接近できるだろう。
いくつもの分岐を躊躇うことなく進み、効率性の向上を───
「きゃああああああああああああ!?」
───目指している時に響く、絹を割くような悲鳴。女の声だ。まだ若い。
「………くそ」
思わず毒づく。
丁度、六個目の分岐を行こうとしていたのに。
左右で分かれるそれは、左が正解であるはずが、悲鳴は右から炸裂する。
冒険者は常に危険と隣り合わせで、危機管理能力が無ければ生きてはいけない。なにより事故や怪我をしても自己責任。そして冒険者同士協力することもあるが、側から見て救助に入れば自分が危険だと判断すれば、他の冒険者の救出をする必要はない。義務は存在しないのだ。
が、なぜだろうな。「やめてぇ」だか「こっち来ないでぇ」だとか、いかにも冒険者らしくない泣き声を聞くと、どうも後ろ髪引かれる思いがするというか、後々になって後悔しそうというか、後味が悪そうというか。
そういえば裏ルートからライセンスを発行した手前、鉄条から「目立つ行為はすんじゃねぇぞ」と釘を刺されている。
「ああ、クソッ………悪いなおっちゃん。俺はろくな教育受けてねぇけど、そんなに人間は腐っちゃいねぇんだよ」
正解を捨てて、別ルートを走る。
助けなかったら………アレだ。今日の夢に出そうだしな。
今回潜ったゲートは軽井沢を南下した付近ですので、碓氷軽井沢ICがある付近とお考えくださればと思います。
作者は過去、年に一回は高速道路を使って軽井沢に旅行をしたのですが、必ず使いました。県境付近はドーンと巨大な壁が迫り上がっている状態で、そこから穿った穴をゲートとしているイメージです。
ああ………必ず寄った横川SAの下もダンジョンになっております。
毎度のことですが面白そうと思っていただけたら⭐︎とブクマを叩き込んでくださると嬉しいです!