第58話 勝利のあとで
「っだぁぁあああああああああ!!」
祭刃神拳は近接格闘戦の粋を集めた。と豪語する龍弐さん。
拳ではなく、掌底で打突する。俺の場合、指を傷めればスキルにも影響が出かねないという理由からだ。
掌底で最初に狙ったのは正中線。対人戦においては、人体の中央に急所が密集するという。
「ぉぉぉぉぉぁぁぁああああああああ!!」
御影のアサルトライフルのフルオート射撃さながらの連打。
掌底の下部で顔を穿つ。少しでも衝撃が分散しないよう、鋭角に放つ。
近接戦の肝は、銃撃戦においてのネックとなる弾切れが存在しないこと。例え掌底がなんらかの理由で使えなくなったとしても、腕を畳んで肘を使う。肘がダメなら肩。上半身が振れなくなるなら足を使う。人体で攻撃に用いれる箇所などいくらでもあった。
宙に浮く御影は反応が薄くなってきた。そろそろ終わりだ。
「だッ!!」
連打を中断すると滞空を終えた御影が落下する。伸ばした右腕を落下途中の胸に当て、左腕を引いて肩と腰を同時加速。脱力から繰り出された密着状態で打ち出されるパイルバンカーのような打撃───寸勁。
柔と剛を兼ね備えた打撃で、御影は血の泡を吐き出しながら通路の遠くへ投げ出された。
「………ふぅ。スッキリした」
今度こそ終わりだ。俺は奥義のひとつの伝授という名目で、あれを食らって数分は動けなかった。御影がすぐ起き上がれるとは思えない。
大きく伸びをして、サブカメラを回収しに戻る。
「マリア。制裁完了。配信をそっちに戻してくれ」
『お疲れ様でした。見てましたよ。すごいです。スッキリしました』
「そりゃよかった。ところで───あ」
『京一さん?』
マリアとの通信で気が緩んだのは失敗だった。
配信の途中でコメントの多くが告げている。
《御影が逃げやがったぞ!》
《クソが! ちゃんとトドメさせよ伝説的なレジェンド!》
《でも、いいんじゃね? もう動けねぇだろ》
《じゃ、ここからは俺たちのレースだな》
《悪いなお前ら。賞金は俺がもらう》
コメントにあったとおり、遠くの通路を見ると、仰臥しているはずの御影の姿が消えていた。
「悪い。逃がした。でも………レースとか、賞金ってなんのことだ?」
『なにも問題ありませんよ。むしろ、これでいいんです。リトルトゥルーの方針というよりも、一般常識で殺人はご法度ですし。だから制裁程度で済ませてくれて助かりました。この度、リトルトゥルーが御影の発見に報奨金をかけました。早い者勝ちで確保し、政府に引き渡せば事務所から賞金を出すと』
「あー、なるほど。だから連中が騒いでるのか」
リトルトゥルーは絶対に御影を許さないと会議で決めたのだろう。多数決という数の暴力で満場一致で制裁が可決。周囲の冒険者を狩人に変身させるために。
『だから、私たちができることは、もう終わりです。待っててください。もう移動してます。すぐ見つけ………あ、いた!』
インカム越しと、自分の耳とで声を聞く。
俺が先行した道から、マリアと鏡花が歩いてきた。
「………よう」
「お疲れ」
鏡花とはずっとともに行動していたはずが、なぜか久しぶりに対面したような感覚になる。
同時に手をあげて、敵勢力の制圧を決断した際に行ったハイタッチをするかと思いきや───
「ハァ。ったく………あんたさ、痛覚ないわけ?」
呆れられた。俺の手を通過して、腕を掴まれる。
「わっ………酷い怪我ですよ、これ!」
「掠り傷だろ」
「そんなわけねぇでしょ!! いったいなに考えてんのこのおバカ!」
デジャヴを見たような。けどあの時とは違って、これでも精一杯のダメージコントロールはできている。出血は酷いようにも見えるが、リトルトゥルーから支給されたジャケットが血と煤で赤黒く染まっているだけだ。外見ほど体は損耗してはいない。
鏡花に思い切り頭をぶん殴られ、理不尽を訴えようとすると口に回復薬の瓶を突っ込まれた。
「………無茶すんなって、言ったでしょうが」
「………わりい」
「飲んでからでいいわよ………ったく」
やはり鏡花は疲れていたようで、やっと地面に腰を下ろす。盛大に股を開いて胡坐をかこうとしたところで、カメラを意識したマリアがそっと片足を持ち上げて揃えさせながら、自分も隣に座った。
終わった。
しかし、これから始まるものもある。
「京一さん。まずは………さっき言えなかったことをお伝えします」
「うん?」
「リトルトゥルーは、正式に京一さんがマリアチャンネルの一員となることを許諾し、歓迎します。その方針は、東京を目指すこと。迂回してもいい。時間がかかってもいい。できるだけ中断はせずに、二百年もの間、閉ざされた東京を見てほしい。そのための支援は惜しまない。以上です」
「はは。そりゃありがてぇ」
「ただし。決定権はリトルトゥルーにもあります。反した場合、ペナルティを課すものとする。これを忘れずに。とのことです」
「うげ………規則とか、そういうの苦手なんだよなぁ」
「そうも言ってられませんよ。京一さんは、ご自分で選ばれたんですから。ああ、それから契約内容ですが………」
「ああ、そういうのも苦手だ。あとで目を通すから、保留で」
「え、でも………」
「いいって。適当にやってサインすりゃいいんだろ?」
本来なら単独で続けるはずの旅が、この三人でいることが気に入ってしまったから、ほんの気紛れでパーティを組んでしまった。
俺は自分の性格もあって、そして企業と契約などしたこともないし、早速面倒くさいのが嫌な性格が出てしまい、諸々を後回しにしてしまう。───この短絡的な性格が、とある悲劇を呼ぶことも知らずに。
「とりあえずだ」
「なに?」
「風呂、入りてぇなぁ………」
「あのねぇ。勝ったんだから、やったぜー。とか言わないわけ?」
「仕方ないだろ。俺は入り損ねたんだから。それに、なんか………疲れた」
「それはわかるわよ。………ま、とにかく今は休んでいいわ。ライフルで撃たれたあんたが一番怪我してんだから。ほら、おかわり」
「ふぐっ!?」
呆れ続けた鏡花に、二本目の回復薬を突っ込まれる。
特にうまくもない味を飲みながら、しかしふたりと目が合うと、指摘されたとおり勝利の実感が沸く。個人で勝つよりも、チームでの勝利の方が、なぜか心地よかった。
気付けば俺たちは笑っていた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
薄暗い道を這う御影は、呼吸を荒げながらもなお進む。
勝利すれば減刑という甘い蜜に誘われ、見事に撃破された。これを無様と言わずなんという。
屈辱。羞恥。自責。この三つが鍋で煮込まれたような感情が、御影の動力となって四肢を動かした。
絶体絶命。おそらく、これまで体験してきた危機的状況のなかでもトップを独走するほどの絶望。
しかし、宛てはあった。敗走する御影には、たったひとつの希望があった。幸い、手を伸ばせば届くほどの距離だ。もう少し努力すれば、会うことができる。
これまで騙し、偽り、懐柔した連中ではない。ダンジョンの外にいる反社会的勢力でもない。御影をダンジョンへと送り出した勢力だ。
遠くから聞こえるエンジン音。なにかあった際に落ちあう場所として決めていたので、相手ももう近くまで来ている。
逃げられる。そして庇護下に置いてもらえる。御影の心は、すでに約束された安全圏への逃亡を確信していたため、安心で満ちていた。
「ここ………ここです!」
ライトに向けて大きく手を振る。暗がりではライトの向こうまでは見えないが、十メートル手前で停車した者に保護を求めようとして息を吸い───そして呑む。
「あっれれぇ? ダンジョンに見知らぬ虫さんが落ちてるぞぉ? これ、なんて虫ケラかわかるかい? 奏さんやぃ」
「知らないのですか? これは、私たちが弟のように可愛がっていた子を散々いたぶってくれた悪い虫です。つまり駆除対象ですよ。龍弐」
次回、エピローグになります。
こんな長く書いたのは初めてです。もっと続くために、応援よろしくお願いします!




