第57話 じゃあ前言撤回
愕然とする御影。
足元に百八十個以上の薬莢が転がる状況で、空間跳躍スキルと狙撃の組み合わせという、自身でもっとも最高の殺傷力のある手段を駆使したにも関わらず、俺を仕留められなかった事態に現実逃避でもし始めたか。
なら、敵を前にして呆然とする馬鹿タレに、そろそろ現実という辛酸を舐める空間にお戻りいただかないとな。
「俺も実は、近接戦だけじゃなくて、中距離戦もできるんだぜ?」
「あ、え?」
「ほら、ボーッとしてんじゃねえよクソッタレがァッ!!」
「ッギャァァァァアアアアア!?」
握って受け止めたアサルトライフルの銃弾を右手で包み、振りかぶると全力で投擲した。
効果は絶大だった。
龍弐さんの言うとおり、なんらかの要因で愕然とした相手は、ほぼ筋肉が弛緩した状態にあると言ってもいい。緊張や覚悟のある者の筋肉は鉄壁のように硬く、痛みを戦意や怒りで耐えることもできるという。
だが呆然自失に等しい状態の相手の肉は柔らかい。そこにノーガードで与えられる痛みとくれば、泣き喚きたくなるほどの衝撃のはずだ。
御影は四肢に食い込んだアサルトライフルの銃弾の激痛に悶絶し、地面をのたうち回る。
「どうした? 手足が傷付いただけだろ? 今の俺とほぼ同じ状態だ。ならまだやれるよな?」
「………ふ、ぇ?」
「間抜けた顔してんじゃねぇ。もっと出してみろよ。次はなんだ? バズーカか? さすがにこんな狭いところで誘導式ミサイルなんてぶっ放されたら厄介だが、お前にそれくらいの覚悟があるなら出してもいいんだぜ?」
「ミサ、イル? ………そんなの、持って、ない」
「ふーん? じゃあどうする? どうやって俺に勝つんだ?」
「か、つ………無理だ。………もう、勝てない」
「は?」
「勝てない! ごめんなさい! 僕の負けです! もう戦えません! 手足に穴が空いて、血がこんなにドクドク流れて、痛くて、動けません! 僕が負けました! もうしません! もう悪いことはしません! あなたに逆らいません! マリア、さんを殺しません! 僕が間違ってましたぁあっ!」
「………えー?」
散々のたうち回ってから、全力の土下座。
これをどう表現すればいい? ───そうだ。拍子抜け。これだ。
銃という現代も現役の兵器なんぞ持ち出してくれた時には、それなりにワクワクした。アサルトライフルまで取り出してくれた時なんか、これまで俺が学んだすべてを出す時だと心が躍ったくらいだ。
銃対素手という、一般人から見れば勝てるはずのない勝負。それを覆した瞬間など、爽快感で呼気まで熱くなった。
それがなんだ。
同じスキル持ち同士。やれることはまだあるはずが、万策尽きて、武器に頼ったせいで戦略すべてが覆された程度で白旗を掲げる堕落っぷり。
失望するにもほどがある。
ガッカリだ。
コメント覧は御影の土下座について狂喜するものと、呆気ない末路に落胆ものに二分されている。俺はもちろん後者だ。御影の土下座になどなんの価値も見出せない。もっと殺傷力のある凶器を振り回すのを上回ることを期待していたのに。
「情けない奴」
「そうです! 僕は情けない奴です!」
「意気地なし」
「そのとおりです! 僕は意気地のない、みっともない奴です!」
「………ハァ」
あーあ。と天を仰ぎたくなる。
見えてしまった。こいつの魂胆。
「許してほしいか?」
「お願いします! 見逃してください!」
「あ、そう。じゃあずっと土下座してな? そうすりゃ許してやる。でも動いたらダメな? 今の言葉を撤回する」
「あ、あぁぁ、ありがとうございますぅぅうううう!」
御影は泣いて喜んだ。額を地面に擦り付けながら。
この判断について、コメントで大批判が殺到する。
全員が口々に書き示す。《伝説的なレジェンドはこんなもんなのか》と。
………面白い冗談だ。こんなもんで済むはずがねぇだろ。
「さて、サブカメラ回収しに行かないとな」
踵を返し、壁の穴に置いたサブカメラを回収しに向かう。
同時に、身動ぎする音を耳にした。
数歩歩いて立ち止まる。
「なあ、御影。俺言ったよな?」
返答はない。
わかっていたさ。こうなることを。
だから俺はあえて隙を見せたんだ。むしろ、こうなることを祈りながら。
振り返り、宙に手を伸ばす。
「なっ………」
「動いたな? じゃあ前言撤回な。お前は許さないッ!!」
伸ばした手が、スキルを使って背後まで跳んだ御影の腕を掴む。野郎、俺の背骨の一部を抉り取るつもりだったな。
そうこなくっちゃな。
掴んだ御影の右腕に両手を添える。
スキルを駆使して、最短でタスクをこなす。
ゴキゴキゴキッと骨が鳴った。御影の右腕だ。
「アッ、ギィ………ぁぁぁあああああああああ!?」
「ようこそ。地獄に自ら飛び込んだ大馬鹿野郎。お前を歓迎するぜ。なに、怯えることはない。殺すなって言われてるんだ。じっくりと料理してやろう、なっ!」
「ブアッ!?」
御影の手と腕に新たな関節が誕生する。俺のスキル《折畳》で、本来曲がるはずのない場所を折り畳んでやった。これで計六ヶ所が曲がるようになった。御影の右腕は一瞬でボロボロになる。
握った拳を振り抜いて、御影の顔面を穿つ。ゴム毬のように地面をバウンドし、壁に衝突すると天井にまで跳ね上がり、打ち付けられると最後に地面に叩き付けられた。
コメント覧が沸く。みんながこうなることを望んでいた。
「馬鹿だな御影。あのまま這い蹲ってれば、俺はもう攻撃するつもりはなかったんだぜ? 動かない的を撃っても面白くないだろ? 俺はなるべくなら、弱い者いじめはしたくない主義なんだ」
「な、ぜ………僕が………」
「ああ、なんでわかったのかって? 簡単だ。お前の謝り方はプロレベルだったよ。見事なまでの無様っぷりの演出。大抵の奴ならコロッと騙せるだろ。お前は謝り慣れていたんだ。お陰で違和感が目立ったよ。ああして騙して、背後から急襲して逆転してたんだろうが、そうはいかねぇ。お前はきっと、俺に攻撃するってわかってた」
「見え………」
「ああ。見てたさ。確かに俺はお前をこの目で見ていなかった。後ろを向いてたしな。でも忘れてねぇか? あのサブカメラさ。あれで今も配信してるんだ。俺のスクリーンにはしっかりとお前が土下座から起き上がるところが見えたよ。タイミングがわかればこっちのもんだ」
だから放置しても、結局はこうなる。御影の心境を察すれば、絶対に奇襲するのも読めた。
罪は免れないが、数分の自由を楽しめただろう御影は最後のチャンスを失った。
「や、やめ………ろぉおおおおお!!」
残った左腕でなにかを掴み、口で細いものを咥えて抜き取る。
通信にあった手榴弾か。俺に向けて投げる。
「やめねぇ、よっと」
右手の五指を地面に突き刺す。スキルを使えば岩だろうと指が通る。
踏み慣らされ硬くなった地面の一部を折り曲げる要領で剥離させ、持ち上げると盾にした。爆炎と爆風を防ぐ。
昨日から最短で移動したのもこれを使った。岩の壁だろうが関係ない。分厚くとも折り畳んで掘り進むことができる。結果として複数のルートを繋げ広げてしまったわけだが。
「俺らのボスを痛め付けてくれた礼だ。たっぷり受け取りなクソッタレ野郎!!」
盾にした壁が砕けた瞬間に接近し、新しい手榴弾の安全ピンを抜く前に顔面を蹴り上げ、もうガードもできない御影に祭刃神拳のラッシュを叩き込んだ。
ブクマありがとうございます!
これで御影戦が終わりです。そろそろ第一章も終わりです。あ、章も作らないといけませんね。
第二章はまた愉快な仲間が増えます。倍以上です。
もっと面白くなる予定でありますので、期待していただけるようでしたらブクマ、評価、感想で応援していただければ幸いです! よろしくお願いします!




