第55話 いいかいキョーちゃん
「これには九個分の手榴弾の熱量を凝縮してあるわ」
まるで「1+1=2です」と回答するように、しれっと言ってのける鏡花さん。
「例えばこの光を、あんたたちの頭上にポーンと投げたとするわね? どうなると思う?」
なんて考えたくない光景だろう。
誰だって想像できます。
たった一発で手榴弾九個分の熱量と爆発が注がれるなんて。
一軍と二軍は、自棄を起こした末の自爆を選択したものの、あっさりと却下され、さらなる一方的な殺戮の刃を喉元に突き付けられたことで、暴走気味だった思考が冷め、冷静さを取り戻してから混乱の坩堝へと叩き落されました。
「う………」
誰かが呻きます。
微かな音。けど、ギリギリまで張り詰めていた緊張の糸というものが、プツンと切れるには十分な切っ掛けとなりました。
「うわぁぁぁああああああああああああああ!!」
避けられない絶対的な死。死神の鎌。首の皮を確実に削ぐような冷やかさを体感した末に、逃亡。
肺のなかの空気を一気に吐き出し、また吸えなくとも敗走し続けます。
しかしながら、絶対的な死を突き付ける私たちの防衛の担い手は「逃げたの? まぁ良いんじゃない?」などと甘いことを言うひとではありません。「逃がさねぇわよカスどもがァッ!!」と吼えます。
ギュン。と遠ざかる一軍と二軍の背中が消えます。そして聞こえる断末魔に似た悲鳴。
「………こ、殺したんです、か?」
「殺しちゃいねぇわよ。気絶程度には済ませたわ」
前を歩く鏡花さんに続きます。しばらく歩くと、逃亡した一軍と二軍の男たちが全員倒れていました。
「なにをしたんですか?」
「置換しただけよ。セカンドスキルを使う前に、適当にダーツを壁際に投げておいたの。どうせこいつら逃げるでしょ。あとはダーツとこいつらの位置を入れ替えれば、壁に向かってドカンよ」
「うわ………」
なんて痛そうなことをするんでしょうか。
置換で入れ替えられた先が壁で、全力で衝突するのだから気絶するのも頷けます。
「こいつらの処理は、あのクソ野郎を追い詰めてたパーティに任せるとして。あとはこれの処理か。待っててね、マリア。ちょっと行ってくる」
「え、なにを───」
目の前で消える鏡花さん。こことは違うポイントに配置したダーツと自分を置換したのでしょう。黒いダーツが私の足元に落ちました。
「───するん、わぁぁあっ!?」
突然、ダンジョンがズシンと揺れました。驚いて倒れそうになると、足元に落ちたダーツと鏡花さんが入れ変わり、傾倒した私を支えてくれました。
「え、えっと………」
「あの火なら、外に捨ててきたわ」
「外?」
「下仁田で地上に戻った穴があるでしょ? あのモンスターどもの小便で臭くなってるとこ。汚いし、消してきちゃった」
まるで「奮発してブランド品買っちゃった」みたいなテンションで言う鏡花さん。とても可愛い笑顔でしたが、やっていることは凶悪な環境破壊でした。
「さ、行きましょ。京一と合流して、太田ゲート目指さないと」
「………そうですね。私たちの戦いはこれからだ! ってやつですね!」
「それ、打ち切りの奴だから。縁起の悪いこと言うんじゃないの」
「あぅ。それを知ってるなんて、鏡花さんはコアなファンなんですね」
私の額にチョップする鏡花さんが、約二百年前に名言となった漫画の最後のページを知っているなんて意外でした。
どうも気になって「なんで知ってるんですか?」と尋ねても、なにも教えてはくれませんでした。
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その通路はこれまでと同じで、大型車が三台は並んでも悠々と往来できるほどの広さだった。狭くて動きにくいよりかはいい。御影にとっては自在に瞬間移動ができる条件が揃っているわけだが、特別俺が不利になる状況でもない。
首を回してゴキゴキと骨を鳴らす御影は、軽めのアップを済ませてから俺に向き直る。まぁ精々好きにさせるさ。それがあいつの最後の足掻きなるだろう。
「初めに言っておく。僕の戦い方を侮らない方がいい。お前がこれまで経験してきた戦いなど、ほんのお遊びだったと教えてやる」
「そりゃ楽しみだな。でもそれ、そっくりそのまま返してやるぜ」
「吐かせっ」
御影が消える。
どこへ? いや、考えるまでもないか。
「死ね!」
「死なないけどな」
これまでの戦いは見せてもらった。御影は堂々と正面から突入する傾向にあったが、それが俺への擦りこみであったのなら。と想定することで、空間跳躍をフル行使した戦い方を構築できる。
俺たちを散々弄んでくれた性格のひねくれ方だ。真正面など絶対に選ばない。
ひょいと全身して反転。回し蹴りで背後に現れ、突き出された御影の腕を弾く。
「よくわかったな」
「お前はいい子ちゃん過ぎるんだよ」
読み通りとなった展開。バレたら「戦いのなかで笑うとは何事か」と怒られることが確定するが、笑みを浮かべた。
『いいかいキョーちゃん。戦う時は相手の気持ちになるんだよ? そうすりゃ自ずと相手の動きが手に取るようにわかるからね。そんでハメ殺しちまいなよ。アヒャヒャヒャッ』
俺に近接格闘戦を仕込んでくれた龍弐さんの言葉を思い出す。
なんとも下品な笑い方だったが、今となれば絶好の戦い方だとわかる。
「僕がいい子ちゃん? ………は、はは………僕がどんな暮らしをしていたか知らないくせに、よくも言ってくれる!」
「なんだよ。悲劇のヒロイン様みたいなこと言いやがって。同情してほしけりゃ、泣き喚いて乞えばいいのに」
「ふざけるな! 誰がそんなことをするか!」
とはいえ、近接格闘戦に持ち込んでみるとよくわかる。
御影は相当鍛えているし、戦うことに、特に殺傷については慣れている。
「へぇ。一丁前に戦うことはできるんだな」
「舐めるな! その減らず口を、今すぐ閉ざしてやる!」
御影が腰の後ろに手をやる。
ああ。と落胆した。御影の気持ちになれば、こんなもんだ。
「果たしてお前の言ういい子ちゃんが、こんなことをするかな!?」
多分、ジャケットのポケットなんかにぎっしり詰めてるんだろうな。
ありったけ握ったそれを投げる御影。やはり目潰し用の砂だった。
砂かけって………追い詰められた低学年の小学生かよ。それでいい子ちゃんと比較するとか、こいつガキかな?
「フッ!」
「わっ、プア!?」
砂かけで来るなら返すまで。思い切り息を吹いて、砂を返した。思いがけぬ反撃に、御影は砂を浴びて後退する。
「くっ………どんな肺活量をしている!?」
「鍛え方が足りないんじゃね? それよかお前、砂かけとか萎えることしてんじゃね───っ」
目潰しをそのまま返すと、片手で目元を覆っていた御影の、もう片方の手の行方に目がゆく。
体で手を隠している。そしてジャケットがなぜかわずかに膨らんだ。
「やろっ!」
「ハハッ。いい子ちゃんの戦い方に、これはないようだね!」
膨らんだ脇腹から連続してなにかが飛び出す。耳を劈く発砲音。拳銃まで隠し持ってやがった。砂かけとかいうシュールな目潰しはブラフで、俺が萎えることを前提に油断を誘いやがった。
ジャケットを貫通して瞬くマズルフラッシュに、咄嗟にバック転をして回避。しかし五回ほど繰り返して再び御影と相対すと、弾丸が掠っていたのかこめかみから出血していた。
「もう一度言う。舐めるな。僕はこういう世界で生きてきたんだ。卑怯だなんて言わせないよ? 言ってもいいけど、言ったとしてもなにも変わらない。対人戦において、スキルと同等に殺傷力を発揮するこの武器こそ、僕の切り札だ」
御影は握りしめたグロックの照準をピタリと俺に合わせ、冷笑を浮かべた。
忘れていたことは認める。そういえばこいつ、反社の人間だった。銃を仕入れられてもおかしくはなかった。
お蔭さまで10000PV突破しました!
ありがとうございます!
現代ファンタジーですし、銃や手榴弾が出てきてもおかしくはないということで。
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