第52話 最高に愉快だろ?
群馬の小腸のポイントのひとつ。血痕がまだ残っている場所にスキルで跳んだ御影を、偶然見つけたにしてはピンポイントで名前を言い当てた。
当然だ。マリアは今や、大バズり中の人気チャンネルを作り出した。
そこに出演し、無様な失態を晒した御影もまた、全国で笑い者としてデビューをしてしまった。
「有象無象が………まぁ、こちらに来るのなら消すまでだが………ん?」
通路の奥にいるふたり組みは御影の発見から数秒が経過しているにも関わらず、接近する気配がない。
駆けだしの新米配信者なら、話題となっている過去最悪の凶悪犯を狙ったスクープを独占できるならと、可能な限り接近して再生回数を伸ばしたいはずだ。
だが、ふたりはいつまで経っても御影に接近せず、スクリーンを展開してなにかをしている。
「………フン。構うだけ時間の無駄か」
つまらない連中を殺しても疲れるだけだ。御影は別のポイントに跳ぶ。
再度訪れる静寂。ダンジョンモンスターが近くにいるのか、獣の体臭が周囲からわずかに漂う。
「やれやれ。本当………迷惑なことをするよ。あの三人は。どうやって殺してやろうか。マリアは最後だ。丁寧に、ゆっくりと、じっくりと………ああ、薄切りにした自分の肉でも食べさせてみようかな───」
「御影を発見!」
「───え」
ふたりの男が通路の向こうで叫ぶ。最初に見たふたりではない。別の男たちだ。
御影は迷宮と称される群馬の小腸を跳んた。隠れられる場所ならいくらでもある。
しかし、これはなにかの偶然なのか。二回目も発見された。
「この迷惑料………ああ、鏡花さんの体で払ってもらおうかな」
苛立つ精神を必死に沈め、三回目の空間跳躍をする。
群馬の小腸の最下部まで。滅多に人間は入れない場所だ。しかし、
「御影だぁぁあああああ!!」
「………嘘でしょ」
跳躍した途端に発見された。
愕然としながら四回目の空間跳躍。
「そこにいやがったなぁ御影ぇ!」
五回目。
「御影だ!」
六回目。
「いたぞぉぉぉおお!」
六回連続で発見された。四回目以降はすぐではなかったが、数分後にはどうしても見つかってしまう。
七回目。
「逃げるなよ御影ぇえええええ!!」
三十秒で発見された。逃げる。
八回目。
群馬の小腸の上部。
「ハァ、ハァ、ハァ………くっ!」
左右を確認。耳を澄ませて足音を調べる。
音はしない。やっと安全を確保して、安心した御影は壁伝いに腰を下ろし、俯く。
「………やっと、逃げられたか」
なぜだかは知らないが、行く先々で見つかってしまう。
本当に理由がわからない。もちろん、すべて偶然だったという可能性だってある。だが確率にして、どれだけ低いことか。
まさか彼らは御影の行動を予想していた?
ありえない。知っているはずがないのだ。御影自身、転送先は一軍の私兵にも教えたことがない。
「なぜ………なぜ、っ!?」
バッと顔を上げる。視力を集中させた。
いた。通路の奥。御影をじっと見ている少年。
「またか………っ!!」
ストレスが加速する一方だ。ついに我慢の限界に達した御影は、その少年を殺すべく立ち上がる。
だが少年は逸早く察知し、サッと逃げてしまった。
「くっ………あのクソガキがあああああああ!!」
逃げられたことに憤激するも、一通り喚き終えると冷静さが戻る。見つかったなら逃げるしかない。
急いで跳躍。今度は小腸ではなく、甘楽の開けた通路の手前へ。分岐がいくつもあるそこは、通路によっては光源となる鉱石が少なく、視界に不安がある場所もある。そこに逃げ込んで隠れるつもりだった。
だが、
「よぅ、御影。待ってたぞ」
「なっ………!?」
出た先にいたのは、知った顔。それも複数。
殺したはずの灼熱爆雷の面々だった。
「なぜ生きている!?」
「お前が去ったあと、回復薬を投与してくれた集団がいてな。あと数秒遅れれば危なかったが、こうしてまたお前の顔を見ることができたんだ。感謝しかない」
灼熱爆雷の十人は満面の笑みを浮かべて御影ににじり寄る。
死人が喋ることはない。さもなくば、八つ裂きにした父親だって喋りかける。
なにもかもが不可解で、ついに御影は酷く取り乱すほど混乱した。
「う、わぁぁぁああああああああ!!」
叫びながら空間跳躍。設定は考えていない。
それが厄を招く。覚えのある場所に跳んでしまった。
「よくも殺してくれたなぁ、御影ぇぇえええええ!!」
「わあああああああああああああ!?」
脅迫と悲鳴が連続する。
何回も跳躍したが、行く先々でその日殺した冒険者パーティが待ち構えていた。
なんと御影は誰も殺せていなかった。誰かが蘇生した。だがいったい、誰が?
「………まさか………根吉!? いや、思い返せば、最初から八回目までなぜか知った顔だった………そうか。僕が排除した金剛獅子団の雑魚どもか!」
根吉が創設した金剛獅子団を支配したばかりの頃、やはり御影の指針に異を唱えるメンバーがいた。それは早期に排除すべく、面談と称して誰も見ていないところに連れ出し、スキルを使って迷宮に飛ばした。その数、十五人。
一回目から八回目までがそうで、それ以降は御影に恨みを抱く冒険者。
十四回目の跳躍にして、お試しのお試しで拠点を作った広場で真相に気付く。
だが、これで今度こそ安心できる。もう元金剛獅子団はいない。返り討ちにした冒険者パーティからは逃げ切った。もう追手は来ないはず。
「あれ? もしかしてあれって、御影じゃね?」
「うわ、マジだ。マリアちゃんを人質にした外道じゃん」
「マジで来たよ」
「くそぉぉおおおおおおおお!!」
今度は知らない冒険者に発見された。
必死になって跳ぶ。前々日のキャンプ地へ。
そこには誰もおらず、野営をした跡だけがあった。
「………マジで来たよ、だって? ………まさか」
三人組の冒険者たちの言動を思い出す。
そして、とある仮説にたどり着いた。
元金剛獅子団の面々はともかく、殺したはずの冒険者パーティの連携が高すぎた。
跳躍した先で遭遇する確率が高すぎる。まるで事前に示し合わせたかのように。
それを可能にした要因はなにか。
決まっている。ひとつしかない。
マリアチャンネルだ。
「やはり………やってくれたな。マリアァァ………ッ!!」
注目すべきはそのコメントだ。
マリアチャンネルの視聴者が、リアルタイムで情報を共有している。マリアが視聴者に向けて依頼したのだろう。
御影は今や、反社会組織でも、冒険者の界隈でも面汚しだ。目的を暴露し、マリアを暴行したシーンも撮影済み。冒険者、配信者のすべてが御影を敵として認知し、追いかけている。
その脅威は御影を心胆寒からしめる。見えない敵が至るところに配置されているのだ。
誰もが見ている。逃がすまいと。
そして配信している動画も御影を震撼させる。
ただただ、ダンジョンを歩く姿が配信されていた。
どこにいるのかはわからない。だが………確実に追って来ている。
京一だ。奴がこちらに来ている。それだけはわかる。全員が最後に見たポイントから行く先を計算し、誘導しているのだ。
「ハァ、ハァ、ハァハァハァ………う、く、ぅ………ぁぁぁああああああああああ!!」
御影のメンタルは最早、崩壊寸前だった。ここにはもう敵しかいない。外に出ても敵しかいない。
救済無き今、安念を得るための術がない。
どう足掻いたとしても終わりが見えない。
今いる場所もいずれ発見されるだろう。
配信している動画に覚えのある場所が映る。
前日のキャンプ地点だ。
「………そうか。奴は僕がかつて歩いた場所に潜伏していると思って………ククク。なら、もっと先に進んだところに、水場があったな。そこで隠れてしまえば………そう、奴が知らない場所に行けば、見つかることはない!」
光明を得た御影は早速ポイントを思い浮かべて空間跳躍する。
そして───
「追い込まれる側になった気分は最高に愉快だろ? クソッタレ野郎」
「そんな………なぜ………」
カメラを提げて歩いているはずの京一が、先回りしたポイントで待ち受けていた。
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なんと総合評価が百を突破しました! こんなの初めてです!
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ついにラストバトルの始まりです。長かったぁ………お待たせしました!
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