第51話 俺たちを信じてくれるか?
鏡花は、マリアをドラム缶に詰めて就寝させ、蹴り起こし、その後も嘔吐するまで暴行した一軍の巨体の男と、言葉を発しただけで犯そうとした男に制裁すべく徹底的にダメージを与えた。そのふたりは他と違って、起き上がる気配はない。延々と痙攣している。
「くっ………いや、まだ終わらない!」
お前はどこの主人公だ? と言いたくなる台詞を叫びながら、まだ諦めない御影は、逆転を狙って常備していたのだろう懐から取り出した複数の回復薬を放つ。
瓶から宙に撒かれた液体を、部下たちは必死になって手で掴んで啜った。掴めない者は地面に広がった水滴を舐めている。
「回復したなら立て! 時間を稼ぐんだ。例え捕まったとしても………裏から手を回して、絶対に助けてやる! 報酬も倍出す! 僕を助けることだけ考えろ! 総員、オールウェポンズフリー! すべての手段を使って僕を逃がせ!」
起死回生の一手は、逃亡にカードを全振りする、見事なまでの唖然を作り出す卑劣。
御影の部下でさえ口を大きく開いて驚愕する。が、御影がスキルを用いてその場から消えると、報酬二倍という、多分ありもしない、それどころか捕まったら絶対切り捨てると知れている言葉を信じて俺たちと対峙する。
「京一」
「お………っ!?」
呆れる俺の腕を引き、伝説的だの馬鹿だのではなく、改めて名を呼ぶ鏡花。突然のことに驚いて振り返ってしまった。
「ま、あんたの意志はわかった。こっち側に来るのね。じゃあこれから後輩としてバリバリ働いてもらわないとね」
「うわー。前言撤回して抜けたくなってきた」
「冗談よ。やることはいつもと同じ。あんたがオフェンス。私がディフェンス。………奴を捕まえて、泣かせてきなさい」
「………いいのか? お前、あいつにもっとブチ込みたがってたじゃねぇか」
「ひとには適材適所ってのがあるでしょ。あんたのスキルは攻撃特化してるけど、私のは万能だから防御にも使えるの。だから、あのクソ野郎を絞めるのはあんたに任せる。いいわね?」
鏡花は頭がいい。正式にパーティ入りしたからには仲間として認識してくれたようで、俺を使い敵対勢力を効率よく刈り取る方法を瞬時に組み立てた。
なら、俺も応えなきゃな。
「わかった。任せろ。鏡花」
「ふふん。やっと呼んだわね」
「これが機会ってことだろ」
こちらに歩く鏡花が掲げた手の下に俺の手を添えると、パァンと弾ける音をさせるほどタッチされる。
それからマリアを鏡花に託した。
「マリア。俺たちを信じてくれるか?」
「京一さんと鏡花さんを信じなかった時はないですよ。御影のこと、頼みます。絶対に後悔させてください」
「あいよ。ボス」
ボスと呼ばれたマリアは照れているのか、控えめにはにかんだ。
すると、俺たちの庇護下にあった根吉が、妙に自信のある顔をして俺たちに歩み寄る。
「御影を討つなら、俺たちもやる」
「休んでろ。昨日から走りっぱなしで体力だってヤバいはずだ。それに、こういう言い方をするのは良くないんだが、お前たちのレベルを考えると、御影に太刀打ちできるとは思えねぇんだよ。回復薬を大量にわけてくれた恩がある。お前たちの分まであの野郎に叩き込んでやるから安心しな」
そう。俺と鏡花は昨日、根吉に会った。
根吉はマリアチャンネルの配信を常に見ていたらしい。あの御影が入ったならなおのこと、いつ俺たちに真実を伝えて逃すか様子を見ていた。だが御影の行動の方が早く、俺たちは離散した。で、急いで俺たちがいる場所に駆けつけて、回復薬を分けてくれた。お陰で俺は全快となった。
俺たちが飛ばされたのは、やはり冨岡手前の群馬の小腸だった。入り組んだ迷路のなかで孤立したが、根吉は意外にもあの入り組み、変化する通路のすべてを覚えていて、逸早く駆けつけた。
そしていまいるこの場所まで、共に走った。一日を費やして。ほぼ休憩していないのでは、根吉に戦える余力があるとは思えない。
「戦うわけじゃない。俺たちにしかできないことだ」
「どういうことだよ」
「俺たち金剛獅子団は、俺を入れて三十人いる。奴はパーティを支配してから気に入らない奴は全員飛ばした。けど、そいつらはもう回収済みだ。こうなるのは予想していなかったが、あいつらには常にマリアチャンネルを見て行動するように言ってあるんだ。………耳を貸してくれ。作戦はこうだ」
「うん?」
真剣な物言いに、俺は根吉の言うとおり顔を寄せた。鏡花とマリアも接近して耳を傾ける。
三十秒で終わった作戦概要の説明に、俺と鏡花はニヤリとせずにはいられなかった。
「………やるじゃねぇか、根吉」
「悪くない案ね。あのクソ野郎の度肝を抜ける。それに、こういうのはあんたの得意分野なんじゃない?」
「わかってんじゃねぇか、鏡花。ああ、あの馬鹿タレの度肝を抜いてやるぜ」
「決まりですね。じゃあ京一さん。私が渡したものを出して、装着してください。………作戦開始です!」
根吉は弱小冒険者パーティのリーダーでこそあったが、逆境を跳ね除ける力があった。
御影に利用されず、そのまま活動していれば、知名度は半分以下ではあったものの、そこそこ名の知れた冒険者にはなれていたかもしれない。
立案力は鏡花さえ唸らせる。俺は根吉のえげつなく徹底した追い込みをする復讐に乗ってみることにした。
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スキルを使って跳躍し、一気に距離を稼ぐ御影は、スクリーンから飲料水を取り出すと、一気に飲み干してペットボトルを捨てた。
「ハァ、ハァ………クソがっ」
こんな辛酸を舐めさせられたのは久しぶりだ。悪態つく手が八つ当たり同然にダンジョンの壁に打ち付けられる。
これまで色々な経験をした。痛い目を見たこともあれば、命の危機に晒されたこともある。それが御影という男を叩き上げ、残忍で、冷酷で、他人の命を弄び、奪うことも躊躇いのない人格を作り上げた。反社会的組織に身を置くことで拍車がかかり、現在のような完成形へと発展させた。
母が父の手にかかって死に、その父をスキルを用いて惨殺したことで狂い始めた人生。関東が崩壊して二百年経っても変わらぬ世の裏側に身を置くようになって、暴力と金でなにもかも支配できる極上の愉悦をダンジョンで実現しようと、様々な悪事を息を吐くように実行した。
そして、ついに大金をせしめるチャンスを手にした。誘拐。人質。脅迫。そんなこと、ダンジョンに入る前からの日常だ。罪悪感など感じるはずがない。むしろなにもかもが自分の思い通りになることに喜びを感じていた。
………それが、なんだ。
あの男。そしてあの女。
鏡花という女が厄介だった。自分と同じタイプのスキルを所持し、警戒心も強く、頭もいい。ダンジョンで単身でも生き残れる実力者。レベルも近いだろう。
三軍を囮にして遠くへ飛ばそうとした。すると接近されれば厄介だと考えていた京一まで釣れた。設定などどうでもいい。途中で体のどこかがちぎれるような飛び方をすれば、出た先で死ぬ。そうなれば万々歳───となるはずだったのに。
ふたりは帰ってきた。追放したはずの根吉を連れて。
そしてマリア。御影の計画のすべて見抜き、所属と計画をカメラの前で暴露させた。
おしまいだ。すべてが終わった。
御影は帰る場所を失った。所属している組織も明かしてしまった。目的も。今頃、懇意にしてくれた若頭が怒り心頭といった感じで事務所で怒鳴り散らしているだろう。幹部連中は警察の家宅捜索をどう回避すべきか悩んでいるだろう。帰れば指を詰めるどころで済むわけがない。
なぜこうなった?
そうだ。あの三人のせいだ。あの三人がすべて悪い。
「殺す………絶対に、殺してやる………クヒヒ………」
「いたぞ! 御影だ!」
「………あ?」
通路の遠くで声が響く。御影はゆっくりと、それを見た。
ブクマありがとうございます!
ついに御影を追い込みます。こういう胸糞悪い奴にくれてやるざまぁは、いつでもスカッとするものですね。大好きです!
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