第50話 人間シャッフル
「馬鹿馬鹿しい………」
御影は心底呆れた様子で首を左右に振る。
「あなたには仁義がない。矜持も感じさせられない。まるでその場気分で流離う浮浪者だ。そんな愚者に、僕の計画が破綻に追い込まれるなんて、あってはならないんだ。本当に苛々させてくれる。どちらの陣営でもないあなたが邪魔をするなど、許されることではない。不愉快だ」
「ハッ。むつかしい言葉並べられて満足か? 許すもなにも、そんなのテメェの都合だろうが。じゃあ逆に、俺が不愉快だって言ったらテメェは引き下がるのか? いや、それはないな。テメェも俺の都合なんて知ろうともしねぇだろ。じゃ、結局のところ、勝負して決めるしかないってことだ」
そろそろ、こいつ殴っていいよな?
これでも最大の温情くらいは与えてやっているつもりだ。
墓石に刻む遺言を聞いてやったりとかな。
あーでも、こいつの言うこと奏さんより面倒くさい。漢字も多そう。マリア辺りに任せるか。好きに脚色しろよって言えば、喜んでやってくれるはず。きっと酷い文章になるだろう。
「仁義、か。………ま、そこは言わんとしてることは、わからんでもないんだがな」
どっちつかずの浮浪者ってもな。第一、俺は言われっ放しで済ませてやれるほど、大きな器をしているわけでもない。軽井沢の集落でも、俺を馬鹿にしてきた奴は絶対に後悔させたくらいだ。
じゃあ、ここらで御影くんも納得するような展開に持ち込むのもいいかもしれない。俺のこれからについてもだ。
「マリア」
「は、はい?」
抱き寄せたままのマリアを見た。憤りが溢れる表情だったのが、パッと元に戻って俺を見上げる。
「お試し期間は、もう終わりだ。結果を伝えるぜ」
「………えっと」
「まぁ聞いててくれ。………おい、そこの馬鹿タレ。お前にも関係のあることだ。しっかり聞いておけ」
マリアを強く抱き寄せ、右手の人差し指を御影に向ける。
そして俺は、この七日間で感じたこのすべてを言葉に乗せて、放った。
「実はな、お前と違って、このお試し期間の結果は俺が出すことになってんだ。結果は………今日、この瞬間から、俺はマリアのパーティに入ることを宣言する。以上だ」
「………へっ?」
マリアは目を大きく見開いていた。
鏡花は多分、知っていたのだろう。嬉しそうにしながら「フン」と鼻を鳴らす。
「今日からマリアが俺のボスだ。じゃあこの展開はなんだ? テメェ、俺らのボスに怪我させやがったな? 宣戦布告しやがったな? いいぜ。その喧嘩、俺たちが買ってやるよ!! 覚悟しやがれクソッたれが! 泣いて詫びたところで、マリアをこんな目に遭わせた罪は消えないってことを教えてやるよッ!!」
「いいわね、それ。面白くなってきたじゃない。私も先輩らしいところを見せないとね。てわけだから、そこのクソ野郎ッ!! 精々小便垂らしながら命乞いをすることねぇッ!! もちろん簡単には殺さないから。脳みそと内臓の区別がつかないくらいグチャグチャにしてやるわァッ!!」
俺の咆哮に鏡花が合わせる。
それを聞いた御影は震えた。
俺に理由ができたから。自分の退路が消えたから。それとも末路が見えたからか? まあ、どうでもいい。
「根吉! 自分の仲間を取り返して来い!」
「お、おう! 恩に着る!」
「させるかぁああああああ!! 死ねキツネェェエエエエエ!!」
計画が崩壊し、ストレスの原因のひとつである根吉が走り出したことで、御影はまず根吉を狙う。
俺たちの視界から消えた。スキルを使ったか。
だが、
「あんたは絶対にそうすると思ってた。グチャグチャになりに来たのは褒めてあげる」
「なっ………!?」
すでに鏡花がスキルを使っていた。
新しいダーツを投げた。御影の手前に届くと、鏡花も瞬間移動する。
「ッ………やはり、あなたも僕と同じスキルでしたか!」
あの奇襲で、鏡花は御影の背後に移動した。その前にもメタルベアーの討伐でも見せたからか、やはり御影は鏡花のスキルの正体を見抜いていた。突如目の前に現れても、舌打ちしつつも行動は冷静で、急停止してからバックステップを踏む。
「ハァ? 私があんたと同じスキルを持ってる? それ、なにかの冗談? 私が、あんたみたいなクソ野郎の瞬間移動程度のスキルだと思ってるわけ?」
「程度………っ!?」
「そう。だからあんたのスキルも封じられる。どこ行くのか予想できるし。ほら、行きなさい」
御影は鏡花が抑えた。根吉と初期金剛獅子団の面々や、御影に見切りをつけたスカウトされた新米の冒険者たちも抜けていく。
俺は鏡花のスキルを瞬間移動と予想していたのだが、外れていたというのか。
考えられるものといえば………そうだ。ダーツだ。
「そうか………なにか変だと思っていた。マリアさんが投げたのはダーツだった。それがいつの間にかサブカメラに変身していて、さらにサブカメラが変身してあなたが現れた………つまりあなたのスキルは、置換か!」
「あら。ゴミ虫クソ野郎の分際で、いい勘してるじゃない。まぁそういうことよ」
なるほど。置換だったのか。
置換とは、なにかを置き換えること。だからマリアが持っていたダーツが、メインカメラが破壊されたことで電源が入った、事前に鏡花に預けられていたサブカメラと入れ替わり、サブカメラと鏡花が入れ替わる。ダーツから鏡花が入れ替わるのも然り。
そうなると、かなり応用が利く。鏡花の自信は、それを意味していたのか。
「しかし………これならどうでしょうね。あなたのダーツは直線でしか飛ばない。僕の防衛の手段は、まだこんなにいる!」
一軍と二軍を盾にする御影。
確かにダーツは左右にカーブなどしない。重力に従って放物線を描くが、露骨なトスは避けられる。
「そんな雑兵で、私を止められると思ってんの? ねぇ、シャッフルって知ってる?」
「トランプなどのカードゲームをする際に、山札を切る手段のことですが………まさか、あなたはこの期に及んでカードゲームで勝負をつけたいと?」
「クソ野郎らしい勘違いだわ。いいわ。これからいいもの見せてあげる。人間シャッフルよ。その雑兵、いったいどれだけ立ってられるかしらね?」
見た者すべてがゾッとする笑みを浮かべる鏡花。
そっと手を伸ばすと、俺たちの目の前で、黒い笑みどおりの恐ろしいことが起きた。
悲鳴は一瞬だった。「ごっ」とか「べっ」とか、言葉にならない男たちのうめき声が乱立する。
なんと、御影の盾をしていた一軍と二軍、合わせて十四人全員が、立っていた場所をランダムで再配置されたのだ。一秒にも満たない時間で、何十回と。
五秒ほど続けると、十四人はバタバタと倒れて、ゲェゲェと嘔吐し、顔の至る穴から出血を起こし、立ち上がろうとするも手足が痙攣してうまく動けない。
「すげ………」
「うわぁ………」
「マリアに素敵なモーニングコールしてくれたでしょ。まずはそのお返しよ」
ブクマありがとうございます!
うぉぉおおおおお加速しろ私の指ぃぃぃいいい!
京一のスキルもそうですが、鏡花のスキルの応用は、絶対受けたくないです。
ラストバトルも中盤になりました。ブクマ、評価、感想などで応援していただければ幸いにございます!
よろしくお願いします!




