第49話 同じ殺意を抱いていた
俺と鏡花は、最大限の手段を尽くして最短距離を爆走した。
大切な仲間のピンチだ。あんな戦いに向いていない性格をしていたのに、無茶をして配信を続け、御影を欺いた。大したもんだ。昨日からずっと見ていたが、いつ殺されるのかと肝をつぶしながら、いつでも加速できるよう備えていた。
俺たちにとっての転機はふたつ。ひとつはマリアの配信。そしてもうひとつは思わぬ再会。
どちらが欠けても成功しない、偶然の綱渡りを、俺たちは丸一日を費やしてついに成功させた。
鏡花はマリアが首を絞められた瞬間に修羅の表情に変貌し「先に行くわよ。あのクソ野郎ぶっ殺す!」と叫んで消えた。おそらく、これが彼女のスキルなのだろう。最初から使わないのは、なんらかの条件があるからだろうが。
俺も数枚の壁を砕いて進んだ。もう形振り構っていられない。マリアの命が危機に瀕してから、なにも思わなかったわけではない。むしろ鏡花と同じ殺意を抱いていた。
ダンジョンの構造がどうなろうと知ったことではない。とにかく早く。一秒でも早く推進する。
そして最後の一枚を両手でブチ抜いて、眼前にいた御影に怒りのすべてを込めたストレートを突き刺した。
「ブッ───!?」
「そっち行ったぞ!」
「やるじゃない。目にもの見せてやるわァッ!!」
鼻が潰れて鼻血を噴出する御影はマリアを手放す。数歩たたらを踏んで下がると、背後に出現したばかりの鏡花が背後から抱き付き、まともな判断ができないクソったれイケメンを持ち上げ、芸術的なバックドロップで巨体をダンジョンの地面に叩き付けた。
「ケハッ、ゴホッ………京一さん………鏡花さん………」
あんなことがあったんだ。心に傷を負って暴走していたマリアが、俺たちの知っている顔に戻り、ふらっと上体を揺らす。左腕を差し伸べて腰を抱き、引き寄せると全身で支えた。
「よく頑張ったな。お前、本当に根性あるよ」
「うぇ………ぇえ………」
緊張の糸が切れてか、子供のように泣き出すマリア。無理もない。縋るように両手が背中に回る。そんなマリアの頭を左手で抱えるように撫で、今は落ち着くまで傍にいる。鏡花はすぐに俺たちの前に合流し、他に怪我がないか調べたあとで同じように頭を撫でた。
「生きててくれてよかった………本当に頑張ったわ。お疲れ様。あなたのお陰で、私たちは間に合ったの。もう大丈夫よ。こいつらの好きにはさせないから。マリアが受けた苦痛を五十倍にして返してやらないとね」
一軍どもは二手にわかれる。御影に回復薬を施す者。俺たちの追撃を阻むため壁になる者。二軍と三軍も反応は違ったが、二軍の半数は一軍に合流する。
「勢力図がはっきりしたか」
「そうね。明確になったわ。お陰でやりやすくなった」
元々俺たちは、金剛獅子団全員を残らず張り倒す予定であったが、勢力図が二分された今、タスクが半減したため、プランに余裕が出る。
「やりやすくなった? ………なにを言っているのかは知りませんが、舐められたものですね。僕に一撃加えられたから、調子に乗っているのでしょうけど。残念ながら思い通りにはなりませんよ。二軍、三軍、構え。目標はあの三人だ。殺せ」
回復薬の効力で鼻と後頭部の怪我が完治し、口腔に溜まった血をペッと吐き出した御影は、地獄の底で窯を煮やす悪鬼のような笑みを浮かべ、未だ動く気配がなかった残りを動員する。指示を受けた残り十五名は、御影と俺たちを交互に見比べたあと、感情を殺した表情で御影の側につく。
「残念ですが、彼らは僕の命令を忠実に実行するのでね。勢力図は統一化された。あなたたちはふたりともスキル持ちなのでしょうが、僕がひとりを封じるとして、残り二十九名をたったひとりで相手に戦えるでしょうか?」
「舐めんじゃねぇわよクソ野郎がッ。雑兵引っ提げて得意げになってるだけのお山の大将が、なーにドヤ顔しながら勝利宣言しちゃってるのかしらね? 私だったら恥ずかしくて死にたくなるわァッ!」
「おやおや。まだそんな罵詈雑言が出るとは。強がりだけは超一流だ。流石は皆殺し姫というところでしょうか………ね………」
その時だ。御影の言葉が尻すぼみとなって消えていく。
原因は簡単だ。マリアも振り向いた。俺が穿った穴から、見知らぬ男がひょこりと顔を出したのだから。
「なぜ………なぜ、お前がそこにいる? 虎威根吉! このっ、みっともない狐がぁ!」
「………今度こそ、約束を守らせに来た。それだけだよ。山代!」
御影が激昂する理由は簡単だ。
俺も意外だったからな。
虎威根吉。通称、キツネ。
なんと、その正体は俺がマリアと鏡花と別れた日にエリクシルメタルを採掘している途中で声をかけ、おこぼれをもらおうとしてスライムに襲われた狐野郎だったからだ。
いや、その正体というのは正しくない。こいつには本来の立場というものがある。それが御影と交わした約束だと言っていた。
根吉が御影の親友ではないにしろ、知り合いというのは本当で、そしてとある条件を満たすべく、見込んだ新人冒険者を金剛獅子団に紹介する役目というのも本当だった。
「約束、だぁ?」
「ああ。今日こそ返してもらうぞ。………俺の、金剛獅子団を!!」
「は、はは………おめでたい奴だ。はいそうですかと言って、返すとでも思っているのか?」
御影への迎合を躊躇っていた二軍の半数と三軍の大半が「リーダー!」と叫んで瞳に希望を滲ませた。ついに踏み切った根吉へ歓喜している。
「ど、どういうことですか?」
「泣き止んだか? 口調も戻ったか。………まぁ、見てのとおりだ。あの根吉って奴が金剛獅子団のリーダーだったんだよ。でも、新人だけで組んだパーティだったらしくて、モンスターにも負けて資金が底をついた。そこに現れたのが御影だ。金剛獅子団を支援するって言ってな。でも結果はこのとおりだ。御影の野郎は、金剛獅子団を私物化するために乗っ取ったんだよ。相手はスキル持ち。根吉は言われるがまま奔走。追放って形に近いか? 新人冒険者をスカウトして、御影の私兵として送り込む。ノルマを達成するために嫌々従わされてたんだと。で、あの喜んでる連中が本当の金剛獅子団のメンバーだ。あとはスカウトされて入団したり、ああ、一軍は御影の私兵どもってところか。実力至上主義の小さな王国の完成だ。御影が三軍をボロクソにしてたのは、ただ単に道具としか見てないからだ。自分の兵隊じゃないからな。奴隷同然に扱ってたんだよ」
「酷い」
本当に酷い連中だ。頭に来っ放しだ。ボコしたところで簡単に気が済みそうもねぇな。
「おう、お前ら。もうそいつの言うこと聞かなくてもいいぞ。それとも、近い将来が全部お先真っ暗な馬鹿の末路に付き合いたいか? そうだな。付き合いたくないよな。マリアを襲ったことは不問としてやる。行け」
御影に合流しようとしたが、根吉の登場により足を止めていた初期の金剛獅子団のメンバーを呼び止め、分断化を図る。
ところが、それを防ぐ馬鹿がひとり。スキルを使って隊列の移動を阻止した。
「待て。勝手な行動は許さない。………京一さん。困りますね。彼らのボスはこの僕だ。命令することは許さない」
「ハッ。なにほざいてんだ馬鹿タレが。お前にそんな権限があるのか? 決めるのはこいつらだ」
「あるとも。従わなければ殺す。そう、僕は命を握っている。これが最大の権限と言わず、なんと言う!」
「あ、そう。一ミリも興味ねぇわ」
「………大体、なんなんです? あなたは。ちなみに、あと数秒であなたの七日目、つまりお試し期間は終了します。あなたこそ、その鬱陶しい女率いる一員ではなくなる。権限など無いに等しい」
「馬鹿かお前。第一、権限ってなんだよ。ここはサラリーマンが働く会社のオフィスってか? そうは見えねえな。政治家もいない。軍隊もいない。規律なんぞ、当人同士で誓った口約束みたいなもんじゃねぇか。片方が無効って言えば無効になる時もあるが………まぁ、こういう空間じゃ、そんなの個人の自由だ。俺はテメェにブチ切れてんだ。だから殴る。だから敵になる。わかったな?」
昨日は過去最高PVを頂いて、とても舞い上がっております!
この調子でグングン伸びていけばいいなと思います。手に取ってくださりありがとうございます。
でももっと伸びるはずです!
引き続き、ブクマ、評価、感想などで作者に「書けオラァ」と気合いを入れてくださると、キーボードを叩く指が加速することでしょう! よろしくお願いします!




