第46話 あなたはひとりじゃない
いったい、どれほどの時間が経ったのでしょう。
京一さんと鏡花さんは、無事でしょうか。
私は、なぜまだ生かされたまま、ここにいるのでしょうか?
歩数からして、一万以上はあったと思います。
途中から目隠しを被せられ、一軍の大柄な男性に肩に担がれる荷物のような運び方をされて、どこに向かっているのかわからなくなりました。けれど、ただ顔を伏しているだけでは状況は好転しません。
私は私にできる最大限を発揮しました。
揺れによって歩数を数え、道の曲がりで方角を知り、なんとか覚えることができました。
御影さんたちの失敗は、私が非力だからと四肢拘束をしなかったこと。荷物を奪わなかったこと。
そのせいで私が持っている唯一にして最大の武器の矛先が、彼らの背に常に突き付けられているとも知らずにいるのですから、もうお笑いです。
運搬されたあとは目隠しをされたまま降ろされ、なにかを掴まされました。
「なんですか、これ」
「メシ」
「………硬いんですけど」
「贅沢言うんじゃねぇ」
握ってみると、わずかに指が沈むことからパンだとわかりました。でもフランスパンよりも硬いそれは、まるで非常食の乾パンを思わせました。
一口齧ります。歯は通りますが、噛み千切れません。細かく噛み切って咀嚼します。ゴムみたいな食感がしました。味はしません。臭いが若干。
「御影さん」
「おや、荷物がなぜか喋ったような?」
「あなたはいつもこんなものを食べているんですか?」
そういえば、金剛獅子団のお試しのお試しが始まったその日から、夕飯は見たことがありませんでした。彼らはいつも一軍が配給するものを食べていました。だから私にもついに三軍と同じ食事が回ってきたのかもしれません。
「おい、誰だよ。荷物に発声機能つけたの」
「あー、もしかしてアレじゃね? ほら、最近噂になってる………」
「ああ、聞いたことあるぜ。外国人が言ってたな。ニンジャーッ! って」
「忍者? ハン、なんだそりゃ」
「さぁな。けど、かなり強いらしいぜ。んで、忍者が来る時はいつも変な音がするんだと」
「変な音ぁ? じゃあなにか? これからニンジャーッ様が来るってか?」
「ハハッ。いいねぇ、忍者。なんなら俺たちで殺しちまいましょうぜ。御影さん」
この声は一軍の方々です。
あんなことになる前は、御影さんと私と行動して、最初はすごく怖い顔をする方々だと偏見を持っていたのですが、一緒に笑ったり、励ましたりと、なんて感情豊かで気さくな方々なんだと思っていました。
でも本性は聞いてのとおりです。
嘘をつかれていました。
京一さんと鏡花さんにあれだけ言われたのに。私はまんまと騙されてしまったのです。
だから私は、正解を選びました。
これは私の責任です。御影さんの真意を見抜けなかった私の落とし前です。
せめてあのふたりは巻き込まないよう、京一さんには鏡花さんを追ってもらいました。
ひとりきりになった私は、これから拷問や強姦、輪姦に及ぶのだと覚悟していましたが、荷物扱いで済んでいる現状に安心を覚えています。呑気なものだとすぐに自責しましたが。
「御影さん。なぜあなたは………」
「全員、就寝だ。明日は早いぞ」
「ほーい」
「ああ、そこの荷物はケースのなかに入れておけ」
「うぃっす」
「きゃっ!?」
硬く無味なパンを半分くらい食べた私は、諦めずに御影さんに尋ねようとしますが、また誰かに担がれて、硬く冷たい鉄の感触のするもののなかに放り込まれました。
「丸い………ドラム缶?」
「ぅおぉぉおいッ! 荷物が喋ってんじゃねぇよぉぉおおおおお!!」
「うがっ………ぁぐッ!?」
少し声を出したところに、誰かに蹴られたのでしょう。転がるドラム缶のなかで何度も顔や体を打ち付け、痛みに悶絶しました。
少し離れたところで停止したドラム缶に、もう誰も構うことはありませんでした。
ただ、見張りはいるようで、視線を感じます。目隠しをしていてもわかります。当然です。私は人質のようなものですから。利用価値がいかほどのものかまでは知ることができませんでしたが。
流れる鼻血が口まで伝います。少し違いました。私は泣いていました。
怖くて怖くて、仕方ありません。
死にたくない。こんなところで死にたくない。覚悟なんてできてない。
『マリア。………マリアっ』
「え」
『声は出さないで。そっちの状況は知っているから』
その時です。マネージャーの雨宮さんの声が聞こえました。
なんて呑気なことでしょう。私はずっと耳にインカムをしていたことを、忘れていたのです。
『いい? マリア。諦めないで。社長はすでに決断したから。まだ公開されていないけど、すでに御影を、あなたへの拉致監禁、暴行に対する犯罪者として被害届を出して、受理されているの。ダンジョンには腕利きの冒険者がいるわ。私の方でも、すべてのつてを使って、金剛獅子団討伐依頼を出しているの。引き受けてくれたパーティは五。金剛獅子団よりもランクが高いし、対人戦も秀でているわ』
私はひとりではありません。
雨宮さんは普段、鬼のように厳しく、利益のためならなんでも追及するような、ハラスメント営業が当然のひとですが───優しく優秀なひとです。
きっと今回の件についても迅速に行動し、無茶をしてでも私を助けようとしてくれているのだと思います。
『………ごめんね、マリア。すべて私のせいだわ。私が金剛獅子団の実態を探らなかったばかりに………あなたをこんな目に遭わせてしまった。ごめんなさい』
では、ワーウルフなどの危険なモンスターと追いかけっこさせたのは、こんな目とどう違うのでしょう?
………とは、さすがに聞けませんでした。
『すでにあなたのご両親とも話しをしたわ。すぐに来てくれる。声を聞いて、少しでも安心して………そして、冷静に対処しなさい』
雨宮さんの調子が、いつもの語調に戻ります。
どちらかといえば、悲壮感のある声音よりも、こんな絶望的な状況ですが、落ち着いた口調の方が私は平常心を保てました。
『今は苦しいだろうけど、耐えて。これ以上御影を刺激するのはやめましょう。もう、なにも言わなくていいわ。ただ、その手に持っているものだけは継続させて。それが唯一の命綱だからね』
わかっています。
私は、なにがなんでもこの手に持つ、唯一にして最高の武器を手放すつもりも、やめることはしません。
『あなたはひとりじゃない。絶対に助けてみせるから。ああ、そうだ。これが終わったら、一度戻って来なさいな。鏡花さんも連れて西京都に戻って………そうだ。あなた中華料理食べたいって言ってたじゃない? いいとこ知ってるの。連れてってあげる。社長に金を出させるわ。こんな目に遭ったんだもの。特別手当くらい絞り出させてみせるわ。それから………そうね。イギリスのお洒落な街並みや、ドイツの古城も見てみたいって言ってたわね。どうせだから、その旅費もむしり取ってあげる。任せなさい。あなたの偉業に対する報酬は、こんなもんじゃないわ。なんだったら世界一周旅行だってさせてあげる。だから………私を信じて。また会おうね。マリア』
はい。絶対に、会いたいです。
元気が出ました。雨宮さんのお陰です。
でも、ひとつだけ謝らせてください。
ごめんなさい雨宮さん。私はこれから、無茶をします。
ひとつだけ、約束をしたんです。
助けに来てくれるのは雨宮さんが依頼したパーティではありません。
私の大切な仲間たちです。
雨宮さんのお陰で思い出せました。
きっと………きっと来てくれるはずです。
あ、でもその前に。嘘をついて裏切った御影さんに、仕返しをしなければなりません。
ふふ………どうしたんでしょうかね。私ったら。こんな好戦的になってしまって。
きっと、京一さんと鏡花さんに、影響されたからでしょうね。
ブクマありがとうございます!
まだだ…まだ書けます!
非力なヒロインだと思いきや。マリアは意外と根性があります。
その根性に期待、楽しみに思ってくだされば、ブクマ、評価、感想などで応援していただければ幸いです!
よっしゃまだまだ更新します!




