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第45話 誰だっけ?

「ところで、ここはどこなんだかなぁ………」


 ギャォォオオオン! と恐竜の咆哮に似てきた叫声に、たまらず話題を変えるべく周囲を───といっても左右に広がる道しかなく、人間やモンスターの気配がないだけの通路を見た。



「ちょっと真面目に聞いてるのォッ!? さっきのは間接キスとかじゃなくて、心肺再生のためのォッ、ちゃんとした措置だったんだからねぇぇぇぇえッ!!」



 真っ赤になって取り繕う鏡花。必死に弁明しようにも、最初の静けさはどこに行ったのやら、盛大に取り乱しながら俺のシャツの襟首を掴むとガックンガックンと前後に振り始める。


「聞いてる、ての………げふっ。おいやめろ………やめろお前!」


「………マリアは名前で呼ぶのに、私のことはお前呼ばわりなのね」


 秘薬のお陰で傷が塞がり痛みも引いてきたので、強烈なシェイクに酔い始めるだけで済むのだが、停止と鎮静を呼びかけると一瞬でピタリと止まったのだが、また新たな問題が浮上したのだと彼女の表情で察知。


「はぁ? お前、なに言ってんだ」


「ほら。またお前って。………さっきは呼んでたのに」


「なんか問題あるのかよ。それにお前だって、俺を呼ぶ時はあんた呼ばわりだろうが」


「………さっきの、聞かれてなかったのか」


 ツーンと唇を尖らせていたのが、すぐにほっと胸を撫で下ろす仕草に変わる。


 情緒面が心配になってしまうほどの感情の早変わり。なぜこうなった?


「まぁ、いつか機会があれば名前で呼んでやるよ」


「あるのかしらね」


「なんだよ。呼んで欲しいのか?」


「………他意はないけどね。マリアが名前呼びなのに私だけ違うってのが、気になるだけよ」


「そりゃ意外だな。お前、そういう馴れ馴れしいの嫌いそうだったから。男が相手なら特に」


「よくわかってるじゃない。でも、世のなかの男全員嫌いってわけじゃないわ。あんたの場合、こうして手ぇ組んでるわけだし。そろそろ余所余所しいのもいいかなって」


「………そうかよ」


 叫ぶほどの狂乱が嵐のように去ると、あとに残ったのは静けさだけ。一通り喚いたお陰か、鏡花は深呼吸して冷静になり、顔を見合わせても微笑が浮かぶ程度には戻っていた。


 謎は深まるばかりだ。博識で、姉で、先生もしてくれた奏さんも言っていた。世のなかなど知らないことばかりだと。人間の心理など特に理解し難く、男女の心の相性やもつれとなると、本当に複雑で厄介他ならない、とか。


 これがそうなのか。確かに謎で、不思議で、気が合うとなぜか嬉しくもあった。


 俺が立ち上がろうとすると支えながら傷の具合を見てくれた鏡花に感謝しつつ、俺たちはやっと進む。


「………さっきの話しだけど。今、どこにいると思う?」


「この通路の狭さは………小腸かもしれねぇ。壁を観察したんだが、目ぼしい暗号がない。ここらは青蛍群石(サファイア)が通過した道じゃねぇかもしれないな」


「ああ、あんたが好きな配信者だっけ? 確かダンジョンの通路に暗号を書いて、道しるべにしてるっていう」


「そうだ。でもどこにも見当たらない。ダンジョンはゆっくり造り替わるって、前に言ってたけど、あの暗号がいきなり消えるはずがない。だから青蛍群石(サファイア)が来たことがない場所だって推測した。………まずいな。水上の方とかだったら間に合わねえ」


 俺たちは群馬南部を旅して歩いたが、もし北部に強制移動をさせられたのであれば敗北が決定する。


 マリアを探す手段はある。マリアが連れ去れた場所を特定する方法だ。


 だが肝心な俺たちの位置がわからなければ、どうにもならない。


「今向いているのが東みたいね」


 スクリーンにはコンパスの機能が備わっている。鏡花は方位を検出し、そして───


「止まって」


「なんだ?」


「静かに」


 耳を澄ませる鏡花。俺はまだ感覚が鈍っているのか、近くにいる鏡花と俺自身の絞られた呼吸音しか聞こえていない。あと、密着しているからか俺の激しい動悸とか。


「足音がする」


「数は?」


 そういえば鏡花のステータス値を見た時に、索敵もかなり高かったのを覚えている。


 五感を駆使して探知するのだが、鏡花の場合は聴覚か。相当難しい訓練を積んで、経験値を得たのだろう。


「十………くらい」


「ははーん………御影め。追手を放ったか。けど丁度いい。ボコッて逆に道案内させようぜ」


「それがいいわね。飛んで火にいる夏の虫がどっちなのか、教えてあげなくちゃ」


 逆境に立たされてから、妙に鏡花と意気投合する。


 これまで俺はひとりで戦ってきたから、仲間がいる快感を知らなかった。


 もしこの状況で孤立無援であれば、無心に敵を倒すことしか考えられなかっただろう。けど今は鏡花がいる。こんな状況であっても、俺は笑うことができた。


「近いな」


「下がってなさい。先頭の馬鹿をシバいて怯ませるから」


「クソ………もう少し回復できればな」


「あの薬で止血と傷は塞がったけど、流れた血が補填されたわけじゃないし、無理に動けば傷が開くわ。………無理しないで。お願いだから」


「お、おう」


 鏡花のこの顔に弱くなった。マリアの言う「美少女の皮を被ったチンピラ」であるはずの彼女の、なんていうか………素のような、弱気な表情に。心配されるのも久しぶりで、悪い気はしなかった。


 洞窟の向こうから俺にも聞こえるバタバタという足音に、警戒と報復する衝動を携え、俺たちは逃げも隠れもせずに待ち構える。


 地面に影が見えた。素人丸出しだ。自分たちの背に光源があるってわかるだろうに。俺たちから見ると、進行方向と距離がすべて把握できてしまう。


 ところが、だ。


 俺たちから見れば逆光で、相手の輪郭しか見えていない状況だったが、すぐにでも戦闘が始められる距離に入ろうとした時。


 声が聞こえた。あろうことか、相手の声だった。



「ま、待ってくれ! 攻撃しないでくれ!」



「待てと言われて待てるほど、私は優しくねぇわよ」



「違う! 俺たちは敵じゃねぇ! ほら………両手上げていくからよ。顔だけでも確認してくれよ」



「は?」



 相手の言い分に鏡花は首を傾げる。俺も怪訝に思えたが、降伏アピールをしながら接近する連中を警戒し、やっとその正体を知るところまで距離が縮まると、



「あ、お前………」



「ひ、久しぶりぃ………だな。あ、いや。そうでもないか?」



 なんとその連中の中心にいたのは、俺が知っている───



「誰だっけ?」



「ぉおいっ!?」



 ───顔でもなかった。でもなぜか、覚えはあった。


 俺はこいつを覚えている。こいつは俺を知っている。でも、どこで知り合った?


三回目ですが、まだまだ更新していきますよ!

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