第44話 置いていかないで
「見せて」
「いッ………!」
「ごめん。でも、こうしないと見えないから………っ」
おかしいな。鏡花の声が震えて聞こえる。
気遣いってものがないのか、容赦なく俺を起こすもんだから、傷の痛みが広がって意識が遠のきかけた。
「掠り傷だろぉ………?」
「そんなもんじゃないわよ。なによ、これ。左腕から左足にかけて、酷い裂傷。お腹なんてねじ曲がって………どうして………あ」
傷の具体でわかっちまうか。
こうなるから、見せたくなかった。数分後には歩けるようになる………はずだと思うから、誤魔化すはずだった。あ、服を着替えられないから、いずれにせよ詰んでたか。
「………ごめん」
「お前のせいじゃ、ないだろ」
「あのクソ野郎の狙いはマリアだって思ってた。私が狙われてたなんて、考えもしなかった。あんたは守ろうとしてくれたのに………ごめん。こんな怪我までして庇ってくれたのに………ごめん」
「あー、あの掌底のことなら、気にしてねぇよ」
「違うわよっ。あんたが私を庇ったせいで負った、この酷い怪我のことよっ!」
「………泣くなよ」
「泣いてねぇわよっ」
叫びながら涙を拭う鏡花。
なぜ俺がそんな重傷を負ったのかといえば。
御影のスキルで危険にさらされた鏡花を助けるべく、奴とのスキルの早打ちで勝負したのが原因だ。
手応えとしては、確かに俺のスキルが早く発動して、奴の手首をへし折ったのまでは覚えている。だが浅かった。あの程度では完全とは呼べない。
ほんのわずかだが、鏡花の顔に指先が触れていたのか、それとも条件が違うのか。俺は鏡花とともに別の場所に飛ばされた。ただ、俺が飛び込むのまでは想定していなかったらしい。空間の歪みに巻き込まれ、気付けば左半身がズタズタになっていた。
それでも成果はふたつある。
鏡花を守れた。そして御影のスキルの正体も判明した。これは大きい。
「とにかく、回復薬飲んで。いいのがあるから」
「この怪我も治るのか………?」
怪我のせいか、出血のせいか、いつもより声に力が入らなくなってくる。
………まずいな。本当なら、すぐにでもここがどこなのか確かめたいのに。
もう痛いんだか、寒いんだか、わからなくなってくる。
スクリーンに指を這わせる鏡花の、輪郭がぼやけて見える。
「治るわよ」
「すごい、な」
「でしょ。知り合いが作ったの。私がもっと酷い怪我した時に飲ませてくれてね。それをわけてもらったのよ」
「………へぇ」
「だからこれ飲んだらすぐに良くなるわ」
「………ん」
「待ってて」
「………」
「ねぇ。ちょっと。なんか言いなさいよ。伝説的なレジェンド」
「………」
「………ハァ。もう、やめてよね。そういう冗談はさ。嫌いなの」
「………」
「なんか、言いなさいよ………ねぇッ!!」
あー、もう半分くらいしか聞き取れねぇ。
「や、やだ………こっち見なさいよ。ねぇ。ねぇったら」
耳が遠くなったか? 目も悪くなったみたいだ。
「目ぇ開けなさいよ」
それに、なんだか妙に眠い。
「だめっ………起きて。起きてよぉ」
段々と呼吸をするのも億劫になってきた。
「いやっ、やだ………置いていかないで………逝っちゃだめぇぇええええええ!!」
揺らしてんのか? もう、なにもわからねぇ。
「死なせない………絶対、助ける………京一………これしか、ないか」
あ、息止まった。
唇に柔らかいのが押し当てられてる? 歯をなにかが撫でて、それで、なんか流れこんで来てる?
………苦しい。苦しいぞこれ!?
なんだこの味!? レモンとにがりとタバスコ混ぜたみてぇな!?
やべっ………死ぬ!? 溺れ死ぬ!!
「ゲハァァアッ!? オェェエエエエエ!? ぃ、痛ぇええええええええ!?」
かくして俺は、劇的なまずさに悶絶する悲鳴と、むせ返る呼吸と、左半身に走った激痛を同時に受けて悶絶するのだった。
だが頭部だけは強烈なクラッチが仕掛けられているようで、胸から下だけがビクンビクンとのたうち回るだけで終わる。
それにしてもなんだ。さっきは寒いんだか痛いんだか理解できなかったのに、今は顔がすごく温かいし左半身が痛いし、なにより柔らかくて心地いい感触と、やけに甘い香りがするような………
「………なにしてんの? お前」
「ぅぇ………ひぐっ」
つい最近知った香りだと理解するのに数秒。それから抱きしめられていたと知るのに数秒を要し、尋常ではない恥ずかしさと照れくささと、なぜこうなったのかを知りたくて質問。
だがやっと抱きしめていた俺の顔から離れた鏡花は、見たことがない顔で泣いていた。
「………生きてる?」
「天国から突き落とされた気分だな」
「不謹慎なこと言うんじゃねぇわよぉ………」
また泣き出す。顔中に涙が落ちる。
目元に落ちた滴が下に伝って、唇の端から口腔に侵入。たった一滴であっても、あの劇薬みたいな味を洗い流すような、そんな味がした。
「………そうか。死にかけてたか。悪い。助かった。そんな秘薬があったんだな。すげえよ。でも呼吸が止まってさ。すっげぇ苦しくて………お前、どんな飲ませ方したんだよ。もしかして瓶ごと口のなかに突っ込んだか?」
寝起きにしては気分が爽快───とはいかず、鏡花の胸の感触が顔面に未だ残っていることが照れくさくて、笑い飛ばすように尋ねる。
すると、意味深なリアクションが返る。俺にとってのクロスカウンター。
「………秘密」
顔を真っ赤に染めて、唇辺りに指を添えて、俺から視線を反らす鏡花。
もう、ね。それだけで察してしまう。
おい伝説的なレジェンド。コメントでも散々馬鹿にされてきただろうが。持前の馬鹿さを活かせ。こんなところで神がかった洞察力を発揮するんじゃねぇっ!
「………助かった。ありがと、な」
「助けてくれたのは、あんたでしょ。………こっちこそ、よ」
「お、おう………」
なんだこの空気は。
俺と鏡花だぞ?
顔を合わせればいつだって言い争いになったり、挑発したり、とにかく嫌味な女だぞ?
着替えを覗いたとか、そんなレベルの羞恥どころで済む話じゃなくなってきた。
たった一撃。されど一撃。とんでもないクリティカルヒットで、急に動悸が激しくなる。
鏡花を見てみる。鏡花も俺を見た。
で、俺たちはほぼ同時に息を呑んだ。まるでそれが合図であるかのように。
「か、かかか、か、勘違い、すんじゃねぇわよ!? 別に、なんの特別な感情があって、口移ししたわけじゃないんだから! これは救命活動っ。人工呼吸と同じで、ふざけてやっちゃいけないものだったの! わ、私はこれが初めてだったなんて思っちゃいねぇわよ!」
おうおう。こっちが聞いてもいないのに、なんだか勝手にホイホイと言ってくれやがる。
要約すると人命優先活動のため故意ではない。とのことだが、表情と一致してねぇぞこいつ。
ああ、もうなんなんだよ、さっきから。いやこの前から。
マリアもそうだが、鏡花まで日を増すごとに好印象どころか、その………可愛く見えてきた。
俺はなにかの病気にでもかかっちまったのか?
評価、いいねありがとうございます!
気合いを確かに受け取りましたの!
なんか急にラブコメっぽいのが始まりました。美人の皮を被ったチンピラはいずこに。
やっとヒロインたちがヒロインっぽいことし出したので、興味を持ってくださったり、面白いと思ってくださったならブクマ、評価、感想などで応援よろしくお願いします!
今日はまだ更新します!




