第41話 クソが死ね
「っだぁあッ!! もう、ったく! ムカつくわ。あの野郎ッ!! 死ね!! クソ死ねッ!!」
なんて恐ろしい女だろう。俺だって奏さんに猛烈にブチ切れられて怒られたことがあったが、あれとは別ベクトルでの恐怖を感じる。ただでさえも狭いテントの隅に寄って、苛烈なほど燃える激情の炎に触れまいと、必死に気配を消すしかできなかった。
こういう時は黙って待つのが一番だ。と龍弐さんから教わった。静かにやり過ごす。
幸いなことに鏡花はクッションの上で胡坐をかいて、俺とマリアの目前でスクリーンから取り出したスナック菓子の袋を開封すると、暴力的な量を一気に掴み取り口に入れ、バリンバリンと豪快に咀嚼しながら毒を吐き続ける。
「きょ、きょう、か………あのっ、鏡花、さんっ」
「ぁによっ!?」
見かねたマリアが、毛ほどの勇気を振り絞り声をかけると、唾と食べかすを盛大に撒き散らしながら応えが返った。
しかし、菓子の暴食でストレス解消中の暴魔を、一瞬で沈静化させる一言が放たれる。
「………パンツ、見えてます」
「ッカァ!?」
変な声が出た。機動性を重視するという謎理論でスカートを履いているのに胡坐をかくからだ。バチーンと音をさせて膝が閉じ、そのまま揃えられて斜め横に倒される。怒りの矛先は自分で連れ込んだくせに、異端児とでも訴えるかのごとく俺に向く。
「………見た?」
「………なにも?」
「………何色だった?」
「………見えねえよ」
見たら死ぬ。セクハラは万死に値する。そう教わった俺だからこそ、テントの隅に縮こまり、ひたすら壁を凝視し続けることで絶対的な死を回避しようと試みた。
だがテントに入ってから始まる暴食の直後、座った鏡花のスカートから水色のなにかが見えたことは、口が裂けても言えない。
「………ハァ。まあ、いいわ。始めましょ」
「なにを、ですか?」
「あんたのことよ。マリア」
ズビシッ。と指をさす。指先が鼻に触れ、ビクッと体を震わせるマリアは猟銃を突き付けられた小動物のよう。
「いい加減にしなさいよね。確かにあの野郎は、あんたにとっちゃ感動できるエピソードを持った聖人みたいな男なんだろうけどさ。そうだとしても、信用しすぎ」
「………でも」
「でもももだってもヘチマもないの! いい? あの野郎、あんたをそこまで必要としてるわけじゃないわよ?」
「そう、でしょうか?」
「そうに決まってるわ。………配信者としての心構えがない。それは男だろうと女だろうと、決して違反しちゃいけない鉄則があるの。それなのにあの野郎………絶対に許せない。配信者を舐めてるとしか言えないわよ。クソが」
鏡花には配信者としての心構えとやらがあるのだろうか。いや、ここまで饒舌になるくらいだ。少なからず御影よりかは備わっているのだろう。マリアと一緒に行動するようになったからか。こいつも勤勉なタイプなんだな。
まだ怒りが収まらないようで、鏡花はスクリーンからまた新たなスナック菓子を取り出す。だが今度は三袋。俺とマリアにも投げ渡す。
「おい。まだ飯も食ってないのに、菓子なんか食ってるんじゃねぇよ」
「ご飯なんかいくらでも食ってやるわよ。なに? あんたは私のママか?」
「へぇ。お前、母親のことをママって呼んでるんだな」
「………ソレガナニカ? 悪い?」
「いや、別に。意外だなって思って」
「クソが死ねっ」
「俺にまで当たるなよ。おい、蹴るんじゃねえ!」
「鏡花さんダメです! またパンツ見えてます! あ、今日は可愛い水色のですね」
「マリアァァァアアアアア!!」
うるせぇなこいつ。
いったい、なにがしたいんだか。
「………で、ここに連れ込んだ理由はなんだよ」
俺は体勢を変えつつ、指先でテントの入り口を若干開き、周囲に御影や金剛獅子団の面々がいないか調べながら問う。
「まぁ、ちょっとした保険をかけておきたくてね」
「保険?」
「そ。マリア、手ぇ出しなさい」
「噛まないでくださいね? 私、おいしくないですよ?」
「誰が噛むかっ」
今日も元気いっぱいの鏡花は、濡れたティッシュで指先を拭ったあと、腰の後ろに手をやり、黒くて長細いものを取り出すとマリアに手渡した。
「これ、えっと………ダーツですか? うわぁ、初めて触りました」
受け取ったマリアは感激しながらダーツを様々な角度から観察する。
「私の装備よ」
「鏡花さん、ダーツで戦うんですか? え、でも一度も投げたことないじゃないですか」
「私のスキルは、そこのクソセクハラ犬の脳筋プレイと違って、できることが幅広くあるの。これはその応用みたいなもの。一応のためだから預けておくわ」
こいつ、まだ言うか。
確かに俺のスキルは馬鹿の一つ覚え的な面しかない。自覚はある。だが俺だって応用は利く。絶対あとで驚かせてやる。
「いいんですか? 鏡花さんの大切な武器なのに」
「別に。こんなのオンラインショップで買った、初心者用の、そこまで飛ばない安物だし。まだあるから壊れてもいいわ」
鏡花はまた腰に手をやると、黒と青のダーツがまだ出てきた。
「なんなら、あのクソ野郎がなんかしてきたら、それで目ぇ突き刺してやりなさい」
「そ、それはちょっと………」
「そう? なら私がやるとして」
「エキセントリックな動画はちょっと………」
「配信外でやるわよ」
今日に限って妙にハイだな。暴食したスナック菓子にヤバい成分でも入ってるんじゃないだろうか───いや、成分表にはなにも記載されていないし未開封。ブチ切れたあとは開き直る性格なだけかもしれない。
それからマリアはダーツを握りしめ、数秒黙したあとに顔を上げる。
「なら、私からもおふたりに渡すものがあります」
スクリーンから片手に収まるもの取り出し、俺たちに差し出す。
「これは………」
「私も保険をかけます。でも、信じたいのも確かなんです。だから………それを使わない時が来ることを祈っています」
神妙な面持ちで告げるマリア。
御影の優しさとやらに陶酔しているかと思いきや、どうやらそれだけではないようだ。
使わない時が来るように───とは言うが、俺は断言してもいい。
絶対にこれを使う時が来る、と。
「ちょ、ちょっと………マリア?」
「なんですか? 鏡花さん」
「あのね、前にも言ったと思うんだけど………」
「ああ、使い方ですね。安心してください。それ、自動で電源が入るんです。だから鏡花さんはなにもしなくてもいいんですよ」
「そ、そうなの?」
あれだけ毒づいていた鏡花は、それを持った途端に道に迷った子供みたいに狼狽し始める。
使い方がわからないのは意外だと思った。
せっかく空気が切り替わったのに、台無しにしてくれやがる。
これより終盤に移行します。
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