第40話 《スキル》
「京一さん………鏡花さん………」
消え入りそうな声で呟いたマリアは目を見張った。
別に、この程度のことはなんでもない。
ただなにもせず放置されようが?
俺らのボスが臨時採用のイケメンに付きっきりになろうが?
昨日の夜、イケメンの内面がどれだけ勤勉で家族思いで素晴らしいのか熱弁されようが?
で、やっと出てきた一軍が子熊程度を集団暴行して得意げになった挙句、母熊の襲来を予想せずドヤ顔を継続していようが?
別に、なんということもない。
「あ、あの………京一さん、鏡花さんも………なんか、怒って、ます?」
「………別に?」
「………なんで?」
「ヒィッ」
おかしいな。俺たちは怒っていないのに、なぜかマリアは親の説教の前触れを恐れる幼子みたいに縮こまる。
俺たちは、そう………やることがなくてフラストレーションが蓄積していたところに、丁度いいサンドバッグが手近に寄ってくれたから、思う存分殴っただけだ。
極限に苛ついていたからといって、誰かを理由もなく殴るのはよくない。それくらい俺も知ってる。だからホイホイとモンスターが奇襲してくれて助かった。
「おい、御影。もう見てられねぇぞ」
「適当な防衛するくらいなら、最初からこうしてればよかったってことね」
鏡花がマリアを抱き寄せる。自分のものだと顕示するように。
対する御影は、母熊の遺骸に興味を示し、それから俺たちに向き直る。
「………申し訳ありません。部下の不手際はリーダーの責任です。それにしても驚きました。やはり………あなたたちはスキル持ちだったんですね」
「そういうお前もな」
「………なぜ、そう思われるのです?」
「メタルベアーの傷だ。お前、引きちぎりやがったな。金属を手で分解しようにも、こいつの表皮はアルミ箔程度の薄さじゃねぇ。それこそ一センチの厚みがある。子熊だからそこまで硬くはねぇが、剣だって通さねぇ強度を易々とちぎれるんだ。スキル以外考えられねぇよ」
カメラの前で堂々と言ってしまった。
俺のなかではもうすでに忘れかけていたことではあるが、目立ってはいけない旅という縛りがあった。それは俺の許可証を最短で発行するため、養父の鉄条が政府にいるかつてのパーティメンバーに依頼したので、俺が目立つと様々な審査をすっ飛ばした異常性が露呈し、政府の信頼問題を左右し───ああ、もうどうでもいいや。
マリアチャンネルで、世界初となる偉業を達成してみせたじゃねぇか。
もう、それでいいだろうが。少しくらい寛容になってくれるはず。多分。
そこに新たな要素が加わると、鉄条や俺のライセンスを発行した人間の胃をキリキリと絞るような苦痛を与えかねないが、なにか言われたら、その時謝ればいい。
《スキル》とは、エリクシル粒子適合者のなかでも一握りしか有していない特別な能力だ。
そもそも日本人はどうやってエリクシル粒子と適合したかだが、それは大気に舞う粒子を吸引したから感染し、克服し、適合したという具合だろう。
多分、適合したあとは筋肉や骨や臓器などに定着し、強化に繋がる。
だが稀に、エリクシル粒子が脳にまで達した者がいるという。それが《覚醒》で、脳がまだ使っていないX領域だとかを刺激する───SF映画や漫画のような展開となり、能力を得る、だとか。
俺がそうだ。そして鏡花も有している。特に鏡花のスキルは未知数で、説明ができない。
スキルは大きく分類して二種類あるという。
物理と特殊。
物理的なスキルでいえば俺と御影。特殊でいえば鏡花だ。
この特殊というのが厄介で、一部では魔法と称されているとか。確かにそうだ。物理的現象では説明できない、または不可能なことを可能にしてしまう。
ゆえに冒険者は、覚醒を促すために日々探究している。
「スキル持ちの分際でこの体たらく。この落とし前、どう付けるつもりだ?」
「………より一層の努力を。防衛に注力し、我々の誘い手であるマリアさんを───」
「そういう良い子ちゃんのお返事はいいんだよ。そろそろ本音を聞かせやがれ」
「………本音、ですか?」
「ああ。なにが狙いだ?」
「おかしなことを。僕たちの目的は、すでに告げています」
御影は慙愧に耐えぬ面持ちをしているが、それがどうも俺にとっては不自然でならない。
ふと、コメント覧を見てみた。
金剛獅子団の過激なファンが俺への誹謗中傷を始める。まぁ、そんなものは知ったことではないが、一応は利用させてもらおうか。この流れは欲しかったものでもある。
「お前は───」
「そこまで」
「いって!? おい、なにすんだ?」
「あんたじゃ無理よ。代わりなさい」
鏡花に頭を引っ叩かれ、なんとも理不尽な交代を迫られる。
とはいえ、鏡花にも注意された前科があるように、俺はどうもストレート過ぎるところがあり、尋問に向いてないと判断されたのだろう。奏さんにも指摘されたこともあるし、ここは情報を引き出す話術が俺よりも長けていると考えている彼女に譲った方が良さそうだ。
渋りながら前を譲ると、胸を張りながら御影と対面する鏡花。
「配信者になるため、だったわね」
「ええ、そのとおりです」
「どうも腑に落ちないのよね」
「なにがです?」
「そうね。まぁあんたは詐欺師みたいな表情をすることが多いのだけど、理解し難いのがそこ。なぜマリアなの? 彼女でなくてもいいはずよ。リトルトゥルーは偉業を達成したけど、最近のこと。もちろんこれから巨大な組織になるかもしれないけど、急にではないし。あんたならもっと大きな事務所も狙えたはずよ。自分で動画を配信したこともあるようだし、配信者にもなるって表明すれば、どこか大きなところからオファーが来るかもしれない。そこがずっと疑問だった。ねぇ、なんで?」
「それは難しい質問ですね。そうだな………僕がマリアさんに恋をした。一目惚れをしたという理由じゃ、ダメですか?」
「………ふざけてんの?」
「いいえ。決してそのようなことはありません」
飄々とする御影に、鏡花の眉間の皺が深くなる。
コメント覧は騒然どころではなかった。一部、阿鼻叫喚と化す。
だが、そういう時にこそ───
「おっ」
「なによ?」
「いや、なんでもない」
「なら黙ってなさい」
収穫があったので、つい口に出してしまった。鏡花の怒りの八つ当たりをもらう。
なるほど。確かにこれじゃ俺には尋問官の職は向いてないわけだ。聞くこちらの感情の揺れ幅が大きいのでは役に立たない。
「どうか、お許しいただけないでしょうか?」
「無理ね。近づくな。死ね」
鏡花は容赦がない。むしろ先程より厳しくなっている。
「悔い改めなさい。それができたら、半径十メートルまで接近することを許してあげる」
「それでは、マリアさんのノウハウを教わることができないじゃないですか」
「知るか。死ねっ」
鏡花はマリアの腕を引いて離れていく。
俺と御影は顔を見合わせる。苦笑を浮かべられたが、その瞳には───
「なにしてんのレジェバカ!! 行くわよっ」
「あー、へいへい。わかってますよ。女王様」
どうやら俺も仲間にカウントされていたようで、同行を許してもらえた。
背後を警戒しつつ、流れるコメントにも目を通す。
結局、鏡花はその日、一度もマリアを御影に会わせることなく、夜になるとさっさとテントを展開。自分のそこに人攫いのごとくマリアを強引に連れ込んだ。
数秒後に魔窟だか巣穴だか知らない出入り口が開き、猛禽類を思わせる強烈な殺意を放つ右目が現れ「入れ」と命じられた。渋ると腕が伸びて、俺も人攫いに遭った。
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