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第39話 遅ぇよお前

「この状況、どう思う?」


 鏡花が眉根を寄せ乍ながら小声で尋ねてきた。


 返答は決まってる。


「まぁ、お前のボスがそう決めたってことだし………あいつも馬鹿じゃないし、やらせておけばいいんじゃないか? 本音を言えば、あまり乗り気はしねぇけどな」


 急に接近した鏡花の顔と、漂う甘い香りに心臓が跳ねあがりながらも、必死に隠蔽しつつ述べた。


 金剛獅子団が、偉業を成し遂げたとはいえ弱小の配信者のチャンネルに研修同然で参加した翌日。お試しのお試しと称した第一次選考を無駄なく過ごすため、金剛獅子団は実態を変えずに、しかし柔軟な変化を見せつつあった。


 唯一、事務所の会議室ではなく、現場で実際に見て判断し票を入れるマリアに従順に従うようになった。そして鏡花の言うことも一応従う。俺は若干、反応が悪い。


 だが大きな変化といえば、カメラを構えるマリアに付きっ切りになった御影だろう。


 御影は部下を指揮しつつ、マリアの言葉をすべて拝聴した。それこそ神の啓示のように。


 実際、金剛獅子団のなかでも勤勉なのが御影だ。奴は指揮を執る立場ゆえ、カメラを構えないというが、水を吸うスポンジのようにマリアの教えを吸収する。なんならメモを取るくらいだ。



「いいですか、御影さん。金剛獅子団の特徴といえば、その練度の高さ。連携はお見事です。では、実際に撮影をするとして、どのようなアングルで撮るのが正解だと思いますか?」


「僕の部隊は常に集団で攻撃を仕掛けるので、正面からでは兵士が雑多に殺到しているとしか見えない。ならば………上から、でしょうか?」


「そのとおりです。ただ、上からといっても、精一杯上に手を伸ばしたまま撮るというのも飽きられてしまうかもしれません。そこで、もし余裕が出たらカメラとマイクを搭載したドローンを購入してください」


「なるほど。それは盲点でした。確かにドローンなら自由に飛ぶことができる。全体を見渡すような俯瞰図を撮るのも難しくはない。………すごいですね。脱帽しました」


「いえいえ。これはまだ初歩です。今度は金剛獅子団のひとりひとりにスポットを当てて、紹介するようなアングルを───」


 四日目が始まってから、ずっとこんな調子だ。


 マリアと御影は、昨日の夜の一件から師弟関係に似たなにかになっていた。


 あの会談でどんな話をしたのかは、すでに聞いている。御影という男が母親のみならずパーティを、パーティの家族までも救おうとしていることも。


 確かに大した奴だとは思う。マリアは感動し、応援したいと言っていた。配信者として成功するように祈るし、翌日からは自分なりの講義を行うんだと張り切っていた。


 御影は外見からして、マリアより一回りは歳が上だ。それでも構わずに技術を伝授しようとする姿を見ていると、嬉々とする彼女を止めるべきなのか逡巡してしまう。


「まるで、アウトオブ眼中だな。俺がここにいる理由が、わからなくなってきた。お前は?」


「私も似たようなものかしらね。でも、だからってマリアから離れるわけにはいかないわ」


「なんでだ?」


「ちょっと、事情があるのよ」


「ゆすられたか?」


「………あの子にそんなことができると思う?」


「………いや、まったく」


 午前から今まで、マリアと御影が立つ前線を、呆然と追行する俺たち。


 御影を探るために「常に前線に立てるよな?」なんて聞かなければよかったと後悔し始める。


 ただやることもなく、戦闘も後ろの方で見ているのも、それはそれで疲れてくる。暇が敵とはよく言ったものだ。やっとその意味がわかった。


 鏡花がなぜマリアから離れられないのかを聞くつもりだったが、理由を尋ねても「いつか教えてあげるわよ」と取り付く島もない。


 その日は夜まで、甘楽の中ほどまで進行し、キャンプを張って終了となった。それでもマリアは御影に付きっ切りで、なんと金剛獅子団の一軍から三軍の一部とも話すようになり、友好な関係を築いていた。


 それはそれで、面白くはない。






   ▼ ▼ ▼ ▼ ▼






 五日目。またマリアは御影を教える。


 よくも飽きもせず、自分の経験や失敗談を交えて、次々と話せるもんだ。


 いや、配信者を志すなら必要なスキルなのかもしれない。配信中、沈黙してしまうと、場合によってはつまらない印象に結びつく。とにかく喋って場を盛り上げる職業が配信者だ。マリアにとっては、本当に天職なのだなと思った。


 しかしその日、事態が動くことになる。




「前方二百メートル先にモンスターの姿を視認しました」


 索敵を担当する長身な男が警告する。


 いつもならそれで三軍を斥候にするのだが、男は焦った様子で続けた。


「御影さん。あれは………メタルベアーです!」


「メタルベアー………それは、まずいね」


 初めて御影の表情が緊張で満ちる。


 名のとおり金属並みに硬い表皮で覆われた熊のことだ。体長は通常種と然程差はないが、物理攻撃が通らないことで有名で、防御はもちろん攻撃力も高い。


 いくらエリクシル粒子適合者とはいえ、ただの剣と槍程度では表皮に傷を付けられるはずもない。


「………三軍、二軍は下がって。マリアさんをなんとしても守るんだ。………一軍、前へ」


 ついに御影たちが戦闘に出る時が来た。


 どんな攻撃をするのかは不明だが、並ばせた一軍よりも前に立つからには、自らが斥候となるつもりだ。余程の自信の現れからくる好戦的なフォーメーションでメタルベアーを迎え撃つ。



「要撃開始!」



「っしゃぁあああああッ!!」



 こちらに気付き、呼気を荒げて猛然と走るメタルベアーに向けて、御影が仕掛ける。


 一軍と呼ばれる男たちは、初心者の三軍、中級車の二軍と比較しても、かなり動作が違っていた。


 戦闘に慣れているのはもちろん、構えから独自のスタイルを貫いている。


 剣のみならず様々な武器を装備し、御影に続いて疾走した。



「ゼァァアッ!!」



「ガファッ!?」



 咆哮を上げた御影とメタルベアーが交差する。


 メタルベアーが繰り出したブローには血痕がないが、その胸から盛大な血飛沫が飛ぶ。


「殺せぇっ」


「よっしゃぁあああああああ!!」


 一軍がその身を弾丸と化したように、メタルベアーに攻撃しながら通過する。


 あの硬い表皮を貫通するだけのストレングス。確かに他とは異なる。一軍と呼べるメンバーだけはある。


「いかがですか? これが僕たち一軍の実力です」


 その手に持つ、メタルベアーの表皮がついた肉を捨てる御影は、爽やかに言う。


「す、ごいです。武器も持たず、メタルベアーの肉を抉るなんて………」


「この程度、造作もありませ───」


 御影の言葉が詰まる。


 なぜか。


 二軍、三軍に包囲されつつも壁際に退避したマリアたち。


 その背後の壁に亀裂が走った。



「キシャァァアアアアアッ!!」



「な、にぃっ!?」



「こいつデカイぞ!」



「まさか母熊か!?」



 突然の奇襲に三軍は当然、二軍は焦燥を隠せず、マリアを忘れたように壁から現れたメタルベアーから逃げ去る。


「ば、馬鹿野郎!! その女から離れてんじゃねぇよ! 逃げるな!」


 たまらず一軍の男が叫んだ。


 御影は走って乱入したメタルベアーを駆逐しようと試みる。



 が、



「遅ぇよ、お前。この程度の敵に梃子摺ってんじゃねぇ」



「あんたまさか、この程度の奇襲も読まずに指揮してたんじゃないでしょうね?」



 メタルベアーの岩をも砕く強靭な双腕は、手首、肘、肩にかけて逆方向に折り畳まれ、頭部から胸にかけて、先程駆逐されたばかりのメタルベアーの遺骸が肉と表皮を割って生えた。



 金剛獅子団は一軍と御影さえも唖然となり、コメント覧は祭同然に沸く。


ブクマありがとうございます!


久々の京一と鏡花の戦闘にフラストレーション解消してくださったら、ブクマ、評価、感想などで応援していただければ幸いでございます。よろしくお願いします!

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