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第3話 死ぬんじゃねぇぞ

 その日が俺が便利屋の自室で過ごす最後の日となった。


 鉄条は羽がついたように散った所持金に嘆く。


 鍔紀は「キョーイチの記念日になるんだから、お祝いにケーキ買って来てよパパァ」と強請るも、かつて日本の上位だった観光地、軽井沢は変わり果ててしまい、物価高騰は当然のこと、娯楽施設の大半が撤退したこともあり、グルメなんてそうお目にかかれるものではないため、ケーキなんて買おうものなら日雇い労働で得る給料の一週間分が消滅する。却下された。


 俺は別にケーキなんて食べる必要性を感じていない。むしろ送別会は不要だ。


 自室に入ると、資料や私物を可能な限り粒子化させてスクリーンと同期させ、ボックスに収納する。


 鉄条から譲り受けたものはすべて男臭かったため、念のため───効果があるのかは知らないが、特に大きくて丈夫な鞄には芳香剤をこれでもかと詰め込んでボックスに叩き込んだ。多分、使う必要はないだろうが、もし入り用になった時に汗臭さだけでも消えてくれていれば万々歳だ。


 そして私物の半分を撤去した自室を、呆然と眺めていた。


 ここは幼少の頃から住んでいた場所だ。


 それがある日、突然去ることとなった。


 鉄条からパワハラ同然の教育を受けて、何度脱走してやろうか、復讐してやろうかと策を練った場所でもある。普段から感慨に耽るタイプではないと自覚しているものの、やはり思うところはあったようだ。


 そして翌朝。日の出とともに俺は数年を過ごした場所を出た。


「旅立ちの日に、っていう歌があってだなぁ」


「なんだそりゃ」


「学校の卒業生なんかを祝福する時とかに歌うやつだ。興味あるなら歌ってやろうか? 歌詞は二割くらいしか覚えてねぇけど」


「遠慮しとく。おっちゃんのデスボイスを聞いたら、熟睡してるここらの連中を知らずしてあの世に送っちまうだろうぜ」


「クソガキめぇ………」


 街の郊外に拠点を作った影響で、ここには集落のようなものができあがった。


 ダンジョンから直送された資源を加工するための工場があるのも理由のひとつだ。また、西京都に馴染めなかった貧困者の烏合の衆とも呼ばれている。


 俺がここで暮らすようになる前から存在する、ひとつの村だ。高速道路も近いからトラックの交通のため舗装道路もある。俺はそこを歩いた。


 見送り人は鉄条と、まだ眠い目を擦りながら、しかしなぜか俺の手を引いて先導しようとする鍔紀の親子。


「おっちゃん。昨日聞けなかったことがあるんだけど」


「ボーナスくれてやっただろ。死体蹴りして楽しいかぁ?」


「そっちじゃねぇ。俺が作ったマッピングを見たんだろ? ………行けると思うか?」


「あー、そっちな」


 鉄条は娘たん超絶ラブなボンクラ親父だが、冒険者としては一流だと知った。


 引退した身ではあるが、往年の冒険者からの意見は貴重だ。どうしても聞いておきたかった。昨日聞けなかったのは、未払金とボーナスをむしり取ってやった反動で自棄酒に逃げたからだ。こうなるともうまともな返答はできないと知っている。



「んだよ。自信がねぇか?」


「そういうわけじゃねぇけど」


「じゃ、聞くな」


「おい」


「真面目に言ってんだよ。………いいか。ダンジョンってのはな、生き物よ」


「生き物ぉ?」



 まさかこの親父、ダンジョンという名の超立体的構造物が、本当は超絶デカい生き物の消化器官だとでも言うんじゃないだろうな? と懐疑的な視線を向けざるを得なかった。


 ファンタジー的な思想は、ゴリラみたいな容姿をした鉄条には絶対に似合わない。化学反応を起こして爆発しそうだ。



「一回見た景色を二度と見れると思うんじゃねぇ。あのデカい迷宮はな、常に動いてらぁ。洞窟を出た先にあるスポットならともかく、洞窟自体が常に変化しやがる。あそこにゃ資源を搾取しようとする人間だけでなく、その人間を食い物にするモンスターもいやがる。幾多もの生態系が互いに食い荒らそうとすりゃ………洞窟なんていう通路は、数秒後にゃ様変わりしてらぁ。大抵の奴は来た道がわからなくなると混乱する。テメェに恐怖をねじ伏せられる精神力があるっていうなら………行けよ。逆境を楽しんでこい」



 鉄条の言いたいことはわかる。


 俺もそれくらい覚悟していた。


 実際に目の当たりにするのと、そうでないのかは大きな差が生じるが、事前に覚悟ができているなら、パニックになりそうな心を統御できる。


「………わーったよ。おっちゃんの最後のアドバイスだ。ありがたくもらっておくぜ」


「生意気なクソガキちゃんめ。素直にありがとうくらい言えや」


「なに言ってやがる。それを言うのはおっちゃんだろ」


「なんで俺がテメェに礼を言わなきゃならねぇんだ?」


「気付いてないとでも思ったか? 俺のアイテムの送信先、おっちゃんのところになってるよな? つまり仕送りしろってことだ」


「………目敏いガキめぇ」


 アイテムを粒子化させてスクリーンに送ると、ストックが増えていく。そして機能のなかには所定のアドレスへと送信できるものがあった。


 冒険者の収入源を作るためのルートと呼ばれるもので、主に政府直属の買取業者へと直送し、買取金を入金するシステムとなっている。


 俺は鉄条に送ることになっているから、俺が送信したアイテムの買取はすべて鉄条が行う。買取業者を経由すると仲介費やら、年間で契約する制度とか、様々な制約とサポートとサービスがあるのだが、それらすべてを鉄条が一挙に引き受けるわけだ。事前に説明をしてこなかったから、これだけは自力で暴いた。


「阿漕な真似すんなよ? 仲介費とかほざいて七割くらいをポケットにナイナイしてみな? 次の日から別の業者を探すことになるぜ」


「可愛くねぇなぁ………チッ」


「なんだその舌打ちは。おいおっちゃん。まさか本当に七割をナイナイするつもりだったのかよ」


「あー、なんのことだかねー………おっ」


 その時だ。鉄条は阿漕な商売をどうにか誤魔化そうと視線を泳がせると、あることに気付く。


 出任せで「あ、あれはなんだ!?」とかやろうものなら、また鍔紀に母親に電話を仕掛けるべく仕向けるつもりだったが、ザワッと気配が動いたため冗談ではなかったと理解する。


「………おっちゃん」


「出発日と時間は教えただけだ。だが、まさか全員やるたぁ思わなかったぜ」


 昨日の件を有耶無耶にするためには時効を狙うしかない。兼ねる形ではあったが俺はダンジョンに身を隠す。それを示し合わせるため鉄条は昨日奔走し、目撃者や被害者と話していた。


 ゆえに誰もなにも発さない。ただただ無言で、開いた窓からサムズアップだけを俺に向ける。まるで「行ってこい」と言うように。


「ま、嫌われてないようで良かったじゃねぇの?」


「………本当におっちゃんの計画じゃねぇんだろうな?」


「たりめぇよ」


 ここら一帯の住人とは俺がまだ幼い頃から全員知り合いだ。全員俺を見守ってくれる。


 役所の連中が来ても口裏を合わせるだろう。


 貧乏でむさ苦しくて、旧時代的な暮らしだったが、人間だけは腐っちゃいなかった。俺はそんななかで暮らしていた。そして今日からしばらく帰れなくなる。


 寂しくもあり、嬉しくもある。目頭まで熱くなりやがる。


「………おっちゃん」


「あん?」


「俺とおっちゃんは血が繋がってない。でもまだ幼い俺を拾って育ててくれた恩は一生忘れない。おっちゃんなんて呼んでるけど、俺はおっちゃんのこと、父親みたいに思ってる。今まで面倒見てくれてありがとな。恩返しに孝行させてもらう。行ってくるぜ」


「………死ぬんじゃねぇぞ」


「死なねえよ」


 俺とおっちゃんの交わす言葉なんて、こんなものだ。


 俺もおっちゃんも、たまに不器用なところがある。だから最後に「死ぬんじゃねぇぞ」の一言があれば、それで十分だ。


「そうだ、鍔紀。伝言を頼むわ」


「なーに?」


 おっちゃんが親父なら、鍔紀は妹だ。


 そんな我が妹は、今生の別れではないと知っているゆえか、昨日は時間の経過とともに寂しくなって消沈していたが、今となってはすっかり元気になっていた。


 満面の笑みを前に、「野生児」だとか馬鹿にしていた俺が寂しくなってくる。



龍司(りゅうじ)さんと(かなで)さんに、先に行く。一緒じゃなくてごめん。ってさ」



「わかったよ。伝えておくね」



 このふたりはここらでも歳が近く、懇意にしてもらっていた。俺にとっちゃ兄と姉のようなひとだ。


 ふたりは西京都に用事があるとかで、不在にしているから挨拶ができないままで、それが唯一の心残りだった。


 だがふたりの帰りを待っている暇はない。



 日の出とともに、俺はついに念願の関東ダンジョンに向けて歩き出した。



いつもありがとうございます!


サクサクいくはずが足踏み気味で………


でもこれで準備完了。やっとダンジョンに行けます。


恐縮ですがブクマと⭐︎をぶち込んでくださると毎度のごとく飛び上がって喜んで更新させていただくことでしょうぐへへぁ!

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