第38話 僕の聖母たる存在だ
「見捨てられた彼らは、エリクシル粒子適合者だったからいい。しかしそうでない者もいました」
「まさか………エリクシル粒子適合者ではないにも関わらず、一般人が投げ入れられたんですか!? そんな、まさか!? だって各地のゲートはライセンスが無ければ………」
「ご存じないのですか? ライセンスが無くとも、通れるゲートは存在しますよ。まぁ、非合法ではありますが。例えば………掘削機などを用いて、近隣から掘り進むとか。大抵は岩盤にぶつかって失敗するのですが、稀に成功し、非認可のゲートが完成します。それらは宿など、人間の往来がある場所に繋がっていて、営業者は見返りをもらうことでゲートの管理と維持をしているとか。………おっと。話が逸れてしまいましたね」
御影さんは「今のは内密に」と人差し指を唇の前に立ててアピールします。私が配信していないから、つい油断したのでしょう。
「非適合者にできることは限られています。戦闘には出せない分、雑用をするしかない。でも、雑用係として過ごしている内に、エリクシル粒子が蓄積していくんです。実際、非適合者だった者が覚醒し、今では二軍にいます。ここはダンジョン。エリクシル粒子がもっとも濃密な場所。ダンジョンの外よりもより効率的に覚醒できる。もっとも、僕のような稀有で物好きな人間に出会わなければ、そうなるより先に死にますが」
エリクシル粒子に適合しなかった人間がダンジョンにいるだなんて知りませんでした。
そんな情報はどこにも………いえ、非合法だとするならば、政府の認可を得ずに、誰かが勝手に開いてしまった場所があるのでしょう。
雨宮さんから少しだけ聞いたことがあります。今、それを思い出しました。
日本が閉鎖的な国に戻る、あるいは他国の手によって戻らされてから二百年。
昔の日本は日本人のもので、なら今はどうなのかといえば、少し変わってしまったと。
そうなる契機を作ったのが関東ダンジョンでした。
世界でたったひとつのダンジョン。そのなかには危険が伴うものの、得られる資源は世界中が羨むものばかり。
日本は首都を犠牲にした代わりに、再び先進国になります。ただ、ダンジョンは日本人だけのものにはなりませんでした。
当然といえば当然ですが、やはり各国がダンジョンから得られる旨味の所有権を譲渡するように、揺さぶりをかけてきたそうです。二百年前に援助をしたのは誰なのか。お前たちは誰によって生かされていたのかと。
日本は外国と戦いました。当時の諸外国のニーズは最悪なものだったそうです。《新人類》もしくは《化け物》となった日本人を奴隷化し、資源を発掘させ、すべて自分の国に献上せよと。日本という国を支配しにかかったのです。もちろん日本はその理不尽な容貌を却下しました。
それから数十年後の現代。日本は諸外国人のダンジョン進出を認可しました。様々な条件をつけて。
ですがそんな条件を正直に守らない国もあります。援助をしてもらった手前、日本は強く言えません。そんなとある国のエージェントたちが、非認可のゲートを作ってしまったのだ───と言われています。
と、知識をデータ化して閲覧しているような記憶の再現にふけっていると、御影さんは心痛な面持ちで私に訴えかけました。
「マリアさん。僕は卑怯者です。そう罵倒される覚悟はすでに完了しています。どうぞ、好きなだけ貶してください」
「な、なにを………」
「僕はそうやってチームを強くしました。強くしなければ、生き残れなかった。でも、僕の仲間たちだけは、どうか誉めてやってください。彼らはそこまで利口ではありませんし、人望だってありません。ですが………ほら、親に見放された彼。あの子は報酬の六割を、親に仕送りしているんですよ。それができるようになったのは、つい最近のことですが」
御影さんは悲しそうに頭を下げたあと、また頭を上げると急に嬉しそうにしながら仲間の紹介を始めました。
今度の紹介はこれまでと違って、とても明るい話題でした。
「ここにいる者、ほとんどがそうです。家族に迷惑をかけたことを反省している。だからこそ、感謝を示したいのです。それがダンジョンで立派に生きている証拠にもなる。家族から感謝の言葉をもらったことだってあります。その時、僕がどれだけ嬉しかったか………」
「………そうですか。それは、よかったですね」
「はい!」
感涙する御影さんは、両手で顔を覆い、洟をすすりました。
このひとは他人のために働けて、他人の成長と感謝を理解し、分かち合うことができる。
私は心が温まっていました。冷え切った冬空に差し込むと広がっていく、温かな陽光のように。
しかし、そんな御影さんの表情が少しずつ曇り始めたのです。
「………御影さん?」
「………実は、僕も同じなんです」
「同じ?」
「未成年の頃、両親に迷惑をかけました。父は他界し、母は大病を発症し………かなり困り果てています」
「そ、そんな」
困ったような苦笑から、少しずつ涙が滲みます。
あの部下思いの御影さんに、そんな悩みがあるなどと思いもしませんでした。
「母は唯一、生きている肉親です。兄弟はいませんので。そんな母は入院し、闘病しています。手術は三ヶ月後。しかし、お恥ずかしいのですが………手術費を用意できていないのです」
「こんな有名になった金剛獅子団のリーダーなのに、そこまで低収入だとは思えないのですが………!?」
「部下のなかにも同じような境遇の者もいます。僕は………見捨てられません。部下と、その家族を。もちろん母のことを忘れたことなど一度もありませんが………つい、僕の分まで渡してしまうのです。家族の大切さは失いかけている現状だからこそ、よく知っています。だから僕は配信者になることを決めたんです。このままではジリ貧続きで、現状打破にもならない。やっていることは変えず、配信という業務を追加するだけ。なにがなんでも、成功させなければならない。僕は………母を絶対に助けてみせます。部下の家族たちも。あなたに誓ってもいい」
「御影さん………」
御影さんの印象が、この時変化しました。
流し続けた涙は嘘ではなく、大成と救済を私に宣誓しました。この会話はカメラやマイクのない場所で行われていると知りながら、なんの得点にもならないのに誓いを立てた彼の姿を、私はただ無言で見上げていました。
ただただ、善人なんだと私は信じます。
多分───確信はないのですが、彼なら成功するのではないかと。
「お母様の手術が成功して、元気なられるといいですね。私も微力ながらお手伝いさせていただきます。どうか、新しい道を進んだとしても挫けず、負けず、今のあなたでいることを一貫してください。私は京一さんや鏡花さんの力を借りて成功した身なので、私自身に大した力はないのですが………もし御影さんが後輩になったら、私の技術すべてを、あなたに伝授することをお約束します」
「ありがとうございます。マリアさん。あなたはその名のとおり、僕の聖母たる存在だ。本当に、ありがとう………っ」
傅きながら私の両手を握り、頭を下げて礼を述べる御影さん。
聖母というのは過剰な表現で、とても恥ずかしかったのですが、誰かから感謝される機会は少なかったためか、照れてしまって修正する余裕などありません。
私はこの先、なにがあろうと家族や部下を想う御影さんを応援したいのだと、しっかりと理解しました。
毎度のことで大変恐縮なのですが、ブクマ、評価、感想で作者を鼓舞していただければ幸いです!
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作者は裸踊りのしすぎで風邪気味ですが、応援をいただければまだ踊れます!




