第37話 挫折を味わった者たち
「………いえ。大丈夫です。私ひとりで行きます」
これは私と御影さんの問題でもあります。京一さんも鏡花さんも強いですが、今は対話を求められているのであれば。私はそれに応じるまでです。
「なにか勘違いしてるみたいだから教えてやる」
「はい?」
京一さんはまっすぐに私を見て言いました。
そんな視線を向けられると、なぜか動悸が早まります。
「お前の立場って、マネージャーから言われたものなんだろうけどよ。明らかに………限度を超えてると思うぜ?」
「限度、ですか?」
「ああ。そりゃ長年その仕事やってる大ベテランならわかるけどよ。お前も俺と同じで、まだ駆け出しだろ。そんなお前が、他の配信者志望の新人を査定する一票を持つのは酷ってもんだ」
「そうね。このクソセクハラ犬の言うとおり、歴史的快挙を成し遂げたとはいえ、誰かの人生を左右する決断をするなんて、荷が重すぎるわ。本当に、上からは思ったことを言っていいって言われてるだけかもしれないけど、マリアの負担が多すぎる。無茶はしちゃダメよ? なにかされたら大声で呼びなさい」
「………はい。わかりました。その時はお願いします」
本当に、鏡花さんと京一さんは、優しいひとでした。戦いになると怖いですけど、それ以外ではとても頼りになります。
こんな予期せぬ事態になり、やることが増えてとても大変ですが、もしそれがなくて残りの四日間をじっくりと考えてもらえたら、京一さんはもしかしたら、私たちの仲間になってくれたかもしれません。
多分ですが、本来私がやらなくてもいい仕事を抱え込んだせいで、京一さんは呆れているのかもしれません。そうだとしたら、見限られても仕方ありません。
残念でした。悔しかった。京一さんとも一緒に旅をしたかった。
せめてそれを顔に出さぬよう、気丈にふるまえているでしょうか?
「では行ってきます」
テントを開けて、数歩離れたところにいる御影さんと合流すると、背後から身を乗り出した鏡花さんが釘を刺しに来ます。
「あんた。マリアに変なことをしたらぶち殺すわよ?」
「ご心配なく。僕のパーティも参加はさせない話し合いです。マリアさんはちゃんとそちらにお返しします」
「………ふん」
言質を取った鏡花さんは、いつまでも私の背を見ていてくれました。京一さんも陰から見守ってくれています。
少しだけ勇気が持てました。今なら、なにを言われても反論できる気がします。
御影さんに連れられて来たのは、お互いのパーティが見え、あちらからも私たちの姿が見える場所でした。しかし声は届かないでしょう。
「応じてくださり、ありがとうございます。マリアさん。あなたは素晴らしいひとだ」
「ありがとうございます。それで、お話とは?」
「あなたも気になっているであろう、金剛獅子団の規則についてです」
私は悟られぬよう、低く息を呑みました。
気にならないのかと問われ、肯定すれば嘘になる。私は少なくとも、御影さんの定めた異常なほどまでの厳しい規則を疑問視していました。
「その顔は………気になっていたようですね」
「それは………」
「いいんですよ。隠さなくても。これでも一時協調した他のパーティからも指摘されます。他人とは違う厳しさがある。それは自覚しているんです」
見上げた御影さんの顔は、柔和な笑みを消し去り、引き締まっていました。
「僕のパーティはその厳しさがあってこそ、保たれている部分もあるんです。例えば、一軍から三軍まであるランク制。下克上を可能にしているのでモチベーションにも繋がります。三軍は常に二軍を、二軍は一軍の席を狙える。一軍は優遇されています。二軍と三軍を使える。といっても、僕が指揮をしていますので戦闘面では滅多に使えないのですが」
「………なぜ、そんなランク制を取り入れたんですか?」
静かな湖畔を思わせる水場で。
ここは光源となる鉱石や虫が少ないからか、淡く緑色に光る水面に反射して、より厳かな空気を作り出します。
御影さんにはもう、不実な優しさがありませんでした。真摯な表情で私だけに教えてくれました。
「今でこそ武名を馳せるほどまで成長しましたが、結成当時は酷いものでした。金剛獅子団なんて、名ばかりが立派なだけの烏合の衆でした」
「そう、だったんですか?」
「ええ。まともに戦えたのは僕たち一軍でした。二軍、三軍はどうやって集まったか………ご存じですか?」
「い、いえ」
「彼らは夢半ばで挫折を味わった者たちです」
「夢を諦めた?」
「はい。例えば、回復薬を持てずに怪我をしたままだった彼を覚えていますか? 彼は………西京都出身でして。本来なら高校に通っているはずの学生だったんですよ」
学生が冒険者になる。
現代において、それは特に珍しいことではありません。
私のように通信制の学校で単位を取れば、高卒認定がもらえます。もちろん試験も受けますが。大学だって専用の通信制のものがあり、独自の研究をしながら単位を取ることだってできます。
ただ、御影さんの言動からは、彼が今は通信制の高校に通っているのだとは聞こえませんでした。
「彼は学校で酷いいじめを受けまして。退学し………親に見捨てられたのです。エリクシル粒子適合者だったこともあり、ダンジョンに行って自分を鍛え直して来いと。しかし彼の両親は無知極まりない。ダンジョンは常に危険と隣り合わせ。死ぬかもしれない。ゆえに僕が引き取りました。彼は今、三軍のメンバーとして、二軍を目指して奮闘しています」
そんな事情があったなんて。
ダンジョンに挑む冒険者の事情はひとそれぞれです。私だって配信者として、自ら望んでダンジョンに入りました。
しかし彼は違います。親に放り込まれた。見捨てられた。そんな酷い話があって、いいのでしょうか?
たまらず私は、彼の両親について怒りを覚えます。
「三軍にいるメンバーは、新米冒険者をスカウトして入団させたのが三人。しかし残り七名は事情が違います。見捨てられた彼と然程違いがない。あなたが骨折を治した彼は山梨県でとある零細企業の新卒社員をしていましたが、リストラされてダンジョンに自殺をしに来たところを助けました。その隣の彼はニートという出自、公正企業を謳った詐欺のような業者が両親に依頼され連れ出し、施設に入れたと嘯いてダンジョンに投げ捨てました。他にも親の借金を返すべく反社会的組織に強制的に投げ入れられた者や………と、まぁ数えればきりがないくらい、酷い事情のある子たちなんですよ。彼は不本意にも、社会不適合者の烙印を、他者に強要されて押されてしまった被害者だ」
「そんな………」
「僕が発見できて本当によかった。でなければ彼らは、すでにモンスターの腹のなかにいます。二軍にいる半数は、三軍から上がってきた者です。努力したんです。そして高待遇を受けることができる。それって、社会の縮図ですよね。いや、それよりも遥かに良いはずだ。ゲームと違って、社会は努力したところで必ず報われるとは限らないのだから。しかしここでは努力は必ず形になります。ゆえに金剛獅子団は、高いモチベーションによって維持されているのです。厳しい規則はそのための足場となり、彼らを高みへと押し上げる」
御影さんは優しい目をしていました。純粋で、子を見守る親のような。
金剛獅子団を勘違いしていたのかもしれません。いや、していました。
私も社会の厳しさを知っています。ダンジョンで華やかにデビューした先人たちとは違い、厳しい指導を受けていました。
努力は必ず形となる。不可能だったそれを、御影さんは実行していたのです。
現在、終盤へと向かっているところです。
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