第36話 処遇を決める権利
これ以上の勝手は許さない。とでも言いたいつもりか、金剛獅子団の規則とやらを説明し、三軍の介抱の中断を要求する御影。
こいつは初めからこうなるとわかってやっていた可能性がある。
俺と鏡花が三軍の出陣前に感じた違和感は、予想したとおり、三軍の連中が戦い慣れておらず、これから確実に訪れる痛みに怯え、そして規則で縛り付ける御影への恐怖が、すべて姿に出ていたからだ。
二軍と比べて構えがなっていない。
コメントは三軍の出陣前、どれだけ残るかで賭け事でも始める勢いだったのもある。
御影は三軍に経験値という餌を与えているだけで、戦い方を教えず、エンタメ性を重視した見世物にしようとしやがった。
それについてはマリアも承知しているだろう。ここまで見せられては、御影の異常性が理解できないはずがない。
「御影さん」
「はい?」
「回復はやめません」
「………はい?」
「あなた方がどのような事情があり、規則があろうと………関係ありません! 今、あなたはどのパーティに入り、審査を受けているのかお忘れなく。あなた方を預かっているのは私です。あなた方を採用する一票を持っているのも私です。怪我人の処遇は、私にも決める権利があります!」
御影というやり手の冒険者のリーダーに対し意見するのは、マリアにとっては恐怖でしかなかっただろう。
しかし、根性を見せた。
「やるじゃない」
「ああ。だな」
鏡花と俺は感心させられる一方だ。あの御影相手に、最後まで自分を通すとは思いもしなかった。
マリアはレベルも低く、戦闘に参加できない配信者ではあるが、誰かを率いる器を持っていた。鏡花がマリアに協力したのも、その器を見出したからかもしれない。俺もなりゆきでお試し期間で同行したが、今ではそれを後悔する念は一切持ち合わせていなかった。
一歩も引かない視線の鍔迫り合いがしばらく続く。
が、退いたのはやはり御影だった。
「仕方ありませんね。そういうことでしたら、どうぞ。もう止めません」
このままでは配信者に入門するどころではなくなる。票を持つのがマリアもとなると、活動内容についても厳しい規則で縛り付けたと報告されれば、自分たちの立場が危うくなるとやっと察知したか。
論争に勝利したマリアは、次々とアイテムを取り出しては怪我人に与え、奉仕する。俺たちも半分ほど預かって三軍連中に与えた。その間、一軍の連中と合流した御影は一度も俺たちのことを見なかった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
三日目の夜。
太田へ向かうため、俺たちは上野村から下仁田に戻っていた。ただ、地上に出るルートは使わず、地下のダンジョンを進むこととなる。
県境に沿って歩けるなら迷わずに済むのだが、それはダンジョン次第。群馬の小腸が終わったのなら複雑怪奇に入り組んだ迷宮こそないが、広い道であるとしても一本道とは限らない。やはり分岐は存在した。
そこらの判断はすべて御影が担当する。どうやらここらはすでに攻略済みのようで、御影の意見を俺の二百年前のマップと照会することで整合性を見出し、左右どちらかを決めている。
下仁田に戻れば甘楽へ。甘楽を過ぎれば藤岡へ。と新たなマッピングも完成していく。
だが、甘楽を過ぎて、藤岡に到着する前後にお試し期間が終了するだろう。同時に御影たちの命運も決する。
寂しい───のは確かなのだが、張ったテントのなかに集まった俺たちが共有する感情は、それではなかった。
「とんでもないものを引き込んでしまったみたいね」
「………ごめんなさい。私、御影さんがあんな危険思想をしているひとだとは知らなくて。軽率でしたよね」
「いいさ。結構冷静に動けてたぜ。あいつに伝えずに隠したこともある。それに、あの野郎にガツンとよく言えたじゃねえか。正直、見直した。お前はなにも間違ったことは言ってねぇよ」
「そうよ。謝ることなんてないわ。スカッとしたし」
鉄条から譲り受けたテントは変な匂いがするのでマリアたちには酷だ。ということでマリアのテントに集まり、膝を突き合わせるような狭さのなかでブリーフィングをするしかない俺たち。
下仁田の手前の、地下水が溜まった広場で野営をすることになり、俺たち三人は金剛獅子団とは少し離れた場所にテントを作った。元より男だけで構成された集団だ。マリアと鏡花をそのなかにポイと入れるわけにはいかない。かと言って、俺も近寄りたくないので、お試しのお試しとかいうおかしな立場より上だと主張し、彼女たちのテントの前に自分のものを設置した。あの連中と隔てるように。
配信はすでに終了し、カメラも音声も消している。接近するものがあれば足音でわかる。小声で会議を続けた。
「私、どうするべきなんでしょうか」
「いらないと思ったら、打ち切っちゃえば?」
「そんな。私の一存では、とても」
「現場の意見って奴だ。お前、会社にとって不利益になるとか考えてるんだろうけどよ。よく考えてみな。あの得体の知れない連中が、なにか勝手を働いたとする。その時、すでにリトルトゥルーに所属していて………スキャンダル騒ぎにでもなれば、それこそ不利益になるだろうよ」
「あら、伝説的なおバカでもよく考えてるじゃない」
「おい」
「冗談よ。ともかく、私もこいつと同意見。明日、まだ規則だとかいう自分ルールを働くようであれば、マネージャーに相談すればいいの。あのひと、そこまで馬鹿じゃないと思うわ」
「う、うーん………」
配信者ってのも大変だ。
フリーランスならともかく、事務所に所属しているなら特に心労は計り知れない。
自分のせいで周囲に迷惑がかかるのではと心配し、気にかけなければならない。俺には無理だ。
「ま、とにかくだ。あの野郎が変なことするようなら、俺たちが対応すればいい。なんなら皆殺し姫様に頼んでみろよ。いつものガン垂れる顔面凶器をチラつかせれば、奴らだってなにも言えなくなる」
「あはは。面白い冗談ね。あんたから先に、なにも言えなくしてやろうかしら?」
「そうそう。この顔だ。この迫力さえあればモンスターだって裸足で逃げてくぜ?」
「困ったものね。先にバカ犬の躾けから取り掛からなければならないなんて」
大仰に冗談を繰り出すと、気落ちしていたマリアも次第に笑みが増える。
………待て。若干一名、冗談の通用しない奴がいるぞ。
なんだその手は。ただでさえも狭いってのに、身動きが取れない空間で殴りかかりに来るだなんて鬼畜かこいつは。
「極刑」
「ば、やめ───待て。静かにしろ!」
「ッッ………ぁッ!?」
殴りにくる鏡花の両腕を掴み、抱き寄せる。だが逆効果だったようで、声は抑えられたがジタバタと両手両足を使ってもがき始めた。
「動くな。今はまずい」
「ッ、ッッッ、ッ!?」
確かに、この図はヤバい。俺が鏡花を無理矢理抱きしめている。マリアだって呆然としている。鏡花はなんとか離れようと未だ手足バタつかせていた。
それにしてもこいつ、風呂に入って数時間経つのに、なぜかまだいい香りがする。それにやけに柔らかい。思考に雑念が混ざり始めてしまう。
だが、やっとふたりの耳にも接近する足音が聞こえたのだろう。鏡花が手足を硬直させて動くのをやめた。
「………ええと、お取り込み中だったかな。また改めて来ます」
「御影さん!? あ、ちょっと待ってください。なにかご用でしょうか?」
「マリアさんと、改めてお話が」
「わかりました。支度をしますので、少し待っていてください」
「では、離れたところでお待ちしています」
狙ったようなタイミングで現れやがって。
冷静になった鏡花を離すと、壁際まで退避して、荒れた息を整えつつ、俺を一切視界に入れないままマリアを見据えた。
「………大丈夫? 私か、この発情したバカ犬も行こうか?」
まぁ、あんなことをしてしまった手前な。それくらいの罵倒は許すけど。
ブクマありがとうございます!
毎度のことですが、もしよろしければ、ブクマ、評価、感想などで作者を励ましていただけると幸いです!
また寒くなりそうですが、喜んで裸踊りしながら筆を取ることでしょう!




