第35話 金剛獅子団の規則
金剛獅子団の斥候は、俺たちを包囲した時よりも、より酷い顔色へと変わった不気味な集団。対モンスター戦とあらば、各々が背や腰から提げている剣や槍などの装備を構えていく。
「………ねぇ、ちょっと。あれって………」
「………正気とは思えねぇな」
鏡花と俺はすぐ気付く。戦闘は専門外なマリアは別として。だが、それを許してしまっている御影という男が、より不審に思えてくる。
「行け」
「うわぁぁあああああああああああああああっ」
御影の冷徹な指示に、間髪入れず雄叫びを上げる十人。
《久々の金剛獅子団の戦闘だ!》
《今日は何人残るかなぁ〜?》
《半壊と俺は見た》
「残る………半壊?」
リアルタイムで送られてくるコメントを視界の隅で確認する。
金剛獅子団のファンたちは、これがいつものフォーメーションだと知っているのだろう。
そこからすぐ推測できるのは、御影が作り上げた金剛獅子団の実態。
猛烈な勢いで突進するワーウルフに、十人が襲いかかる。
が、次の瞬間。
「ぎゃぁぁあああああああああああああっ!?」
半数が轢かれ、半数が強烈なブローで壁に衝突する。
ワーウルフに挑んだ者としては、牙と爪を駆使されなかっただけ生き永らえるが、重傷者が続出する。たまらずマリアは「ひっ」と喉を鳴らした。
《あちゃー、全壊かよ》
《知ってた》
《この前よか弱くね?》
《三軍なんだから仕方ないだろ。大した期待はしてねぇし》
コメントでも金剛獅子団のファンが、そうなることが当然であるかのような、誰かが怪我をしても気にも留めない冷酷でいて腹立たしい発言を連発する。そうなるとマリアチャンネルのファンたちとの舌戦が始まった。
「おい」
こんな杜撰な指揮を執る御影を呼び止める。
「ああ………申し訳ありません。こんなみっともない姿を晒してしまって。しかしご心配なく。次で仕留めます」
「………そうかよ」
振り返った御影は真摯に反省する意を示した。
だが見逃さなかった。反省する面持ちをする寸前に、御影は愉悦に酔いしれるような残酷な笑みを浮かべていたことを。
「二軍、突撃。仕留めろ」
「………了解」
二軍と呼ばれる十人が前へ。
次は俺も鏡花も口を挟まなかった。
二軍が構え、三軍を蹴散らしたばかりのワーウルフを瞬時に包囲すると、一挙に殺到し、攻撃を掻い潜りながら圧殺する。剣と槍を次々と突き立て、四肢を確実に損傷させ、動けなくなったところで胴体に集中。数十秒を要したが、ワーウルフを撃沈することに成功した。
「いかがでしょうか? これが僕たちの戦力です───うん?」
揚々と腕を左右に広げ、勝利をアピールする御影。
ところがそんな御影の横を、青ざめたマリアは駆け抜けた。
「マリアさん? なにをなさっているのです? ああ、ワーウルフの素材ですか。構いませんよ。あなたに差し上げます。お召し物が汚れますし、解体はこちらで請け負いますが………」
「そんなことはどうでもいいです! なにをなさっているのですか、御影さん! あなたの仲間が酷い怪我をしているのですよ!?」
マリアは怒鳴って、倒れている三軍のところに駆けつける。
そのひとりひとりの状態を確認し、最初に太い両足で踏まれた青年の容態が悪いと判断すると、スクリーンからすぐにアイテムを取り出して───
「お待ちください」
「は、離してください! あなたの仲間なのに、なぜ回復をしないんですか!?」
「それが金剛獅子団の規則です」
御影はアイテムを持つマリアの腕を掴んで回復を阻んだ。
マリアは今にも死にそうな青年と御影を交互に見て、早期回復を訴える視線を飛ばすも、受け付ける様子はない。
仕方がないな。
「おい。そっちが放せ」
「立場ってもの、理解してんでしょうね?」
鏡花が御影の手を弾き、俺がマリアを背に庇うように間に割って入る。
「………困りますね。邪魔をされては」
「そっちがマリアの邪魔してんでしょうが。この暴挙に、私が納得できる理由を言えるんでしょうね?」
「理由ですか? それならたったひとつ。先程も申し上げたとおり、これが金剛獅子団の規則だからです」
「知るか。お前ら、全員マリアの預かりになったんだろうが。ならボスはマリアだ。命令には従えよ」
「勘違いをされては困ります。確かに僕たちはリトルトゥルー所属を希望しましたが、マリアチャンネルに帰属するとは申し上げておりません。リトルトゥルー所属の金剛獅子団として、体制は変えずに運営していきます。そのためには規則が必須」
「話をすり替えてんじゃねーわよ。それは将来的な目標であって、現状の言い訳にはならないでしょうが」
「………なるほど。確かに、そう言われてみればそうですね」
まだ粘りつつ屁理屈をこねるかと思いきや、あっさりと御影は退いた。そして「ご自由にどうぞ」と手で示す。
マリアは急いでアイテムを使って重傷者の怪我を治した。
俺たちエリクシル粒子適合者は怪我の治りが早い。体力もヒットポイントと呼ばれる数値化で示され、大手製薬会社が開発した回復薬や、ダンジョンで採取できる薬草を摂取することで回復し、治癒能力を高めることができる。
トラックに轢かれても無傷で立ち上がることができても、ダンジョンモンスターは別だ。怪我や骨折をしてしまう。冒険者にとって回復手段たるアイテムは必須なものと言える。
四肢の骨折が瞬時に治癒し始めた青年は、無言ではいたが会釈をしてマリアに感謝を示す。マリアは見ていなかったが、その瞳は恐怖で満たされていた。
「金剛獅子団の規則を忘れてはいませんね?」
「………はい。………マリアさん。ありがとうございます。あとは自分で治します」
御影に叱責された青年は、まだ骨が完全に癒えていないにも関わらず、強引に動かしてスクリーンからアイテムを取り出して摂取する。ただそのアイテムは自作したもののようで、効果は今一つ。
「あなたは………なぜ、こんな厳しいことをするんですか?」
別の重傷者の治療をするマリアが背中越しに尋ねる。
「それが規則だからです。金剛獅子団は、僕を含めた一軍、その下に二軍、さらに下に三軍と分けています。これは実力で区別していて、三軍はとりわけ、最近入団した者や、いつまで経っても実力が伸び悩む者たちで形成されています」
「そんなひとたちを使い捨ての駒同然に扱うんですか!?」
「とんでもない。これは人徳的配慮だと考えています」
「配慮? ………この惨状の、どこが!?」
「三軍は最初に戦闘に参加することで、生きていさえすればモンスターが討伐した際の経験値を得ることができるのです。その代りにいくつか条件を課します。二軍が有利に働くためにモンスターの足止めをすること。ワーウルフに轢かれた者は、両足に絡みつくことで推進力をわずかながら低下させました。そして、戦闘後の回復はどれだけ怪我を負ったとしても自分ですること。それさえできれば、三軍にいたとしても確実に強くなれる。これが僕の持論です」
「なにを………じゃあ、あのひとたちはどうなるんですか!?」
高説を述べる御影に、マリアが指さす方に座り込む少年がいた。ワーウルフのブローで突き飛ばされ、壁に衝突したグループのひとりだ。
周囲には自分のアイテムで回復をする少年がいたが、その少年だけはなにもしない。愕然としながら地面の一点を見ていた。
「彼は………ああ、自業自得です」
「なにがです?」
「あなたたちと合流する前に、三回ほど戦闘を行いました。彼はそれでアイテムを切らしてしまった。ダメージコントロールや、朝の出発時間前までに薬草を発見できなかったのですよ」
どこまでも冷酷な野郎だ。
確かに厳しい環境で叩き上げることで強くなることができるだろう。
だがこれは、明らかにやりすぎだ。
さて、これに俺たちのボスはどう出ることやら。
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