第34話 お試しのお試し
それはコメントを沸かせる一大事となった。
金剛獅子団の具体は知らないが、マリアが興奮気味で活躍を語ったように、ファンは多いようで、そのファンたちが金剛獅子団がリトルトゥルー所属になるかもしれないと騒ぎ立てている。
「………なぜですか?」
マリアは冷静だった。いや、拳が震えている。
これは葛藤しているからか。俺と同じで、御影の心境が掴めずにいる不気味さと、リトルトゥルーに精鋭部隊が加わるかもしれない興奮。つまり不安と期待が混在し、鬩ぎ合っている。
自分ではどうすることもできないゆえ、マネージャーの判断を待つ時間を稼ぐ。もしくは御影から志望動機を聞き出すための質問。
「僕たちはこれまで、フリーランスの冒険者として活動してきました。しかし………不安なのです。これから先、どうなっていくのか」
「と、仰いますと?」
「フリーランスは素材の売却報酬が仲介する業者を通さない分、すべて自分たちの懐に入ります。僕たちは人数分に分配してきました。が、定期的な報酬というわけにはいきません。モンスターに出会わなければ、狩ることもできない。そこで会議した結果、つい二日前に偉業を成し遂げたマリアさんたちが近くにいることを知り、リトルトゥルーに入れてもらえないかと依頼することにしました」
「リトルトゥルーに所属したとして………報酬が上がるというわけではないのですが。むしろリトルトゥルーと契約するということは、素材の売却をこちらが指定した業者を通すことになります。あなたたちがこれまで得た報酬額よりも下回りますよ?」
「もちろん、承知しております。ですが、僕たちは冒険者業に不安を覚えているだけです。僕たちが新たな目標としたのは、あなたのような敏腕な配信者になること。それだけです。リトルトゥルーで、是非とも勉強をさせていただきたいのです」
冒険者業から配信者業に鞍替えして、二足の草鞋で報酬額を上げようという目論みだったか。
確かに、それは存在する手段ではある。
ダンジョンを攻略せんと進行する人間には三種類の生き方がある。
俺のような戦いを中心とした冒険者。マリアのような撮影を中心とした配信者。そして冒険者業と配信者業を兼業できる、戦って撮れるハイブリッド。
ただ無理にハイブリッドになる必要はない。俺と鏡花とマリアのように、戦う冒険者と撮る配信者を揃えればいい。
金剛獅子団は上野村ゲームを潰してくれるほど戦闘に特化したのなら、撮影技術さえ学べば、撮れ高も狙えるだろう。そうやって収入を安定させようとするパーティもいるのだから。
「………返答は、すぐにはできません。マネージャーを通して、上の者の判断に委ねられますので」
「もちろんです。いくらでも待ちましょう」
俺は鏡花を振り返った。
鏡花は俺の視線で質問の意図を理解してくれたらしい。わずかな首肯で返した。
マリアはあえて伏せたことがある。それを俺の口から言うことはできないが、うまい手だと思う。
「ああ、でもマリアさんたちは急ぎの用があるのでしたね。差し支えなければ、どこに向かわれるのかお教えくださいませんか?」
「上野村ゲートが使えない以上、別のゲートを使うしかありません」
「………太田ゲートですか」
「そうなります」
「では、僕たちも同行させてください」
「なぜです? お返事なら、そこまで待たずとも………」
「ここを封じてしまったお詫びがしたいのです。それに、伝説的なレジェンドさんのような前例もある。いかがでしょう? 僕たちを、お試しのお試しとして、同行させていただくというのは」
なるほどな。
こいつ、それが狙いか。
詫びと称せば断る人間はそういない。無償の奉仕。かつ、自分たちの抜きん出た優位性を示すことでリトルトゥルーにアピールするつもりだ。
なかなか抜け目ない野郎だ。鏡花の言うことはもっともで、信用はできない。
無償ほど恐ろしいものはないからだ。
が、それは俺たち冒険者の意見であり、事務所の見解はまた別となる。
「マネージャーさんとお話させてください」
「どうぞ」
マリアは下がって鏡花の後ろでスクリーンを開きながらマネージャーと通話を開始。
多分、一言二言で済む。それまでの時間を沈黙したまま過ごすのも無駄だ。ここはひとつ、積載過多なほどの爽やかスマイルを浮かべる御影へ探りを入れてみるかな。
「御影って言ったな。ひとつ聞かせてくれよ」
「ひとつと言わずに、なんなりと」
「詫びに同行するからには、お試しのお試しとやらが始まってからは、お前たちが戦闘を引き受けるってことか?」
「ええ。そうなります。あなたも存分にご覧ください。お試しの立場にあるとはいえ、あなたは僕たちの先輩だ。上の者に従事するのが、僕たちの流儀です」
「………へぇ」
お試しって部分を強調してきやがった。
龍弐先輩の分析術を使い、これで大凡の把握が完了する。御影は俺に対しても明らかな線行きをしていた。
それが異様に胸のなかでなにかが騒めくような不快感を与えてくれる。
あとひとつくらいは聞き出そうとするも、マリアが戻ってきたので主導権を譲る。
「お待たせしました。マネージャーさんより、お試しのお試しが認可されましたので、これより四日間を金剛獅子団の第一採用選考期間とさせていただきます」
「………なるほど。そうなりましたか」
御影の笑顔は崩れない。
マネージャーの雨宮という女も、頭が冴えている。
お試しのお試しとやらを終える期間を、俺のお試し期間が満期終了する日程と被せてきやがった。
うまいやり方だ。現時点での俺が考える御影の目論見が崩れたことになる。
御影が俺へ線引きしたのは、俺があと四日でお試し期間を終えるゆえ、この臨時パーティを抜ける可能性を示唆していたのだろう。抜ければ他人。マリアと鏡花へ接近できるという目的を、俺の介入無しで果たせる。
ただ───金剛獅子団のメンバーどもはともかく、御影はどうも、マリアと鏡花の体を目的とした下心があって接近したわけではない気がする。
なにかある。得体の知れない、なにかが。
この時俺は、どうにかして御影の目的を探れないかと、同行を許可されて喜んでいる男たちを躍起になって観察していた。そんな義務も必要もないというのに。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
金剛獅子団はマリアチャンネル預かりとなり、配信中の行動によって適正をリトルトゥルーで判別し、何段階かの選考を経て、リトルトゥルー所属の配信者となり、通信ではあるがノウハウを伝授されるとか。
実際、冒険者が配信者に鞍替えしたケースもあるという。その逆も然り。それで稼げたのかは知らないが。
あれから御影は、変わらぬ笑顔で部下たちの指示を出す。宣言どおり、戦闘はすべて引き受けるようだ。俺たちは金剛獅子団の後ろについている。
そして───
「敵襲! 前方五十メートル先、ワーウルフが接近!」
隊列の中心にいた、長身な男が叫ぶ。
ワーウルフを見るのは久しぶりだ。一週間も経っていないが、地上に出て過ごしたせいでなぜかそう思えた。
「よし。マリアさんたちに僕たちの実力を示すチャンスだ。第三軍、前へ!」
よく通る声で叫ぶ御影。
接近するワーウルフへ立ち向かうは、青白い顔色をした不気味な連中だった。
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