第33話 金剛獅子団
「───止まれ」
「え?」
悶々とする感情が渦巻いたとしても、感知だけは働いた。
サッと手を横に薙ぐ。マリアは驚いて立ち止まる。鏡花は同時に感知し、少ないステップでマリアの背後を警戒する。
「どうしたんですか?」
「見られてやがる」
「見られる?」
見られるだけなら、ここまでの警戒はしない。鏡花が先陣を切ってブチ切れに行くだけだろう。
それが殴りに行かないほど邪な視線を感じたゆえ、先手を打たずにこの場に留まり続けている。
「モンスターですか?」
三日目となれば、マリアも慣れるか。慌てることなく息を潜め、横を警戒する。喚かれると連携が取りづらい。わかってきているじゃないかと感心した。
だが、相手がただのモンスターなら、どれだけ良かっただろうと忌々しげに進行方向を睨んだ。
「人間だ」
「十、二十………へぇ。もっといる。ねぇ、あんた。どれだけ他人から恨み買ってるわけ?」
「馬鹿言え。俺ほど品行方正で礼儀正しい男はいないだろ」
「自己紹介が相変わらず上手ね」
《さすが伝説的なレジェンド!》
《自己紹介もレジェンド級だぜ!》
《このひとなに言ってるのかわからないです》
《は? マリアちゃんと皆殺し姫ちゃんと風呂入ったくせになにが品行方正だよ》
《伝説的なレジェンドさんは狼の皮を被った狼ですね》
《つまり狼》
《なに言ってんだ。狼に失礼だろ》
《マリアちゃんと皆殺し姫ちゃんのファンに絞められろ伝説的なレジェンド》
この状況で俺の味方をしてくれる奴がいないことに悲しくなってくる。
だがその程度で集中力を切らせるほど弱くはない。
鏡花の言うように気配は増え続けている。隠そうともしない。挑発してる───違うな。なにか別の目的があるのか。
「おい。いい加減出て来いよ。なんの用だ」
こう、周りをうろちょろされるだけでも鬱陶しい。なにが狙いかは知らないが、早々に問題を解決するために、適当に探りを入れる。
「あんたねぇ………もっとこう、うまくやるってできないの?」
《皆殺し姫ちゃん呆れてらっしゃる》
《雑すぎて笑えてきた》
《交渉しようとは考えないんですか?》
《さすがは伝説的なレジェンド。男らしいぜ》
外野はうるせぇし。俺が交渉できる話術を持っているとでも思っているのか?
しかし俺の探りは、案外効果があった。
散見できる程度には潜んでいた人間が出現し始める。
そして、俺の正面から一際輝いているような錯覚を起こすほどの空気を纏う男が、温和な笑みを浮かべて接近した。
胡散臭すぎる。この光り輝く野郎もそうだが、包囲するフォーメーションでの接近。つまりなにがあろうと俺たちを逃がさないという意思表示。
光り輝いて見えた男はこの群れのリーダーらしい。百八十センチほどの長身痩躯。長くウェーブがかかった茶髪。アーカイブに乗っていた菩薩などに似た雰囲気にして、人当たりのよさそうな笑み。要するに女性受けするイケメンというやつ。
「あ、あのっ………なにか、ご用でしょうか?」
俺が「誰だテメェ」と誰何する前に、グイと押しのけて前に出るマリア。
ただイケメンに靡いて媚を売るのかと疑ったが、そうではなかった。一瞬だけ目にした横顔は、イケメンを欲する表情ではない。
少し怯えてはいたものの、このパーティを預かる者として、リーダーとして、対する群れのボスと対峙するための責任感のある顔をしていた。
「ああ………どうか、そう警戒なさらないでください」
対するイケメンは、俺たちを疑わせるような陣形で接近したくせに、それを解除させようとしている。
「私はリトルトゥルー所属、マリアチャンネルを配信しているマリアと申します。あなたは?」
「僕は山代御影と申します。金剛獅子団のリーダーを務めさせてもらっています」
「金剛、獅子団………っ!?」
その名前に覚えがあると思えば、最近この群馬ダンジョンで武勇を轟かせた話題の冒険者だ。そして面識こそないが因縁のある男だった。
鏡花曰く、この上野村ゲートを封鎖した馬鹿どもだ。
途端に俺と鏡花が笑う。鴨がネギを背負ってやって来たと。だがマリアが制止された。
コメントを確認すると、金剛獅子団が配信した動画を見たことがある奴がいるようで《こいつは本物だ》と多くの声が上がった。
「金剛獅子団の御影さん、ですか。ご活躍はお伺いしています。腕利きの冒険者さんたちだそうですね」
「いえ。僕たちもまだ駆け出しの、一流とは呼べない烏合の衆でして」
「ご謙遜を。………それで、改めてお尋ねしますが、金剛獅子団さんが配信者である私たちに、なんのご用でしょう? お気を悪くされないで欲しいのですが、私たちは急ぎの予定がありまして。もし可能でしたら手短にお願いします」
俺と同い年とは思えない、大人びた対応だ。そして交渉術も持ち合わせていると見た。なんて勤勉な女なんだ。
「気を悪くだなんて………とんでもない。むしろ気分を害されたのは、そちらの方でしょう」
「この陣形で、私の仲間たちが警戒していることを仰っているのなら、大変恐縮なのですが、そのとおりです。せめて包囲を解除していただけませんか?」
「ああ、失礼。いや、実は………ご覧のとおり、僕の部下は厳つい顔をした者が多いでしょう? いきなり大勢で正面から押し掛ければ、問答無用で迎撃されてしまうのではないかと、恐れていたのです。………みんな、解除だ。僕の後ろへ」
御影の指示で俺たちを包囲していた不気味な顔色をした痩せ細った男たちが無言で移動する。同時に、より奥から屈強な肉体をして、やたらニヤニヤする男たちが登場。御影と不気味な顔色をした連中の間に並ぶ、
「お詫びしなければ包囲していたことではありません。あのゲートのことです。先日、マリアさんが配信されている動画を拝見しましたところ、そちらの───伝説的なレジェンドさんがここを通る予定だったと知りました。そして、そちらの皆殺し姫さんの仰った噂のとおり、あのゲートを崩落させてしまったのは僕たちなんです。ゆえに、そのお詫びに参りました。大変申し訳ありませんでした!」
御影は深く頭を下げた。倣って後ろの男たちも頭を下げる。
さて、この連中は、いったいどういう心算なのやら。
御影を入れて三十人ほどの男たちは、本当に俺たちに謝るためだけに、ここで待っていたのだろうか。
「茶番はそこまでにしなさい。本音を言いなさいよ」
「これはこれは………手厳しいですね。皆殺し姫さん」
「初対面の人間を信用するほど甘くはないのよ。特に、あんたみたいな男は油断ならない」
「おやおや、嫌われてしまいましたか………」
ハハハと寂しく笑う御影を、鏡花は宣言どおり厳しい目を一切緩めることなく睨み続けている。
その時だ。ピクリと、最後列の青白い顔色をした連中が微かに揺れた。同時に御影が右足で軽く地面を鳴らす。ほんの少しの動作。なんでもなさそうに。その効果があってか、最後列の連中の動きがピタリと止まった。
「………わかりました。お話します」
御影は手を挙げて降参するようなポーズをしながら被りを振る。
「実は、マリアチャンネルを介して、リトルトゥルーの事務所さんにお願いがあって参りました」
「お願い?」
「はい。なに、簡単なことです。なにも難しいことはない」
御影は再び頭を下げつつ、鷹揚に述べた。
「どうか、我々金剛獅子団を、リトルトゥルーに所属させていただければ………と」
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