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第31話 でっか

「え、あんた本当にここにいたの!?」


「うわぁあぁああん! 京一さんは私たちを裏切ってなかったんですね!? じゃ、じゃあ浴室の裏にいたのって………ヒッ!?」


 鏡花とマリアは予想どおり、激昂と号泣を湛えて更衣室から飛び出そうとしていた。


 トラブルに巻き込まれながらも、微塵の冷静さが残っていてか、バスタオルは体に巻いているが、一瞬の動作だったためかズレている。


 一級品の芸術でも見ているのか。と錯覚を起こすほどのプロポーションが、巻き損ねたバスタオルの隙間からチラチラと見えていた。白い肌が湯で温められ、上気し淡い桃色へとなっている胸元から腹や下半身が。


 とにかくあらわになりかけている谷間や、くびれのある腰、細くしなやかな足など、男の煩悩を悩ませる種としてはこれ以上とないほどの評価が与えられる。


 滂沱の涙を流すマリアは入浴だったためインカムをしておらず、マネージャーの指示が聞こえていない。どうせ鏡花の強引な脱出に付き合わされ、恐怖で羞恥が上塗りされ、混乱した挙句に更衣室から廊下に飛び出そうとしたのだろうが、そうはいかない。


「待て………ちょっと待て」



「な、なんで毛布を広げてんのよ!? まさかあんた………やっぱりやましいことしてたんじゃないでしょうね!? 退きなさいっ。隠してるもん出しやがれッ!」



「そんな………じゃあ壁の向こうにいたのは、京一さんだったんですかぁ!?」



 こちとら善意で行動しているのに、酷い言われ様だ。


 だんだん苛ついてきた。なんなら、毛布を捨てて、望むままふたりを廊下に出してやろうか。


 待て。それはまずい。あのひとたちが見ていたらどうする。俺は間違いなく殺される。今だってグレーゾーンなのに。


「ふたりとも戻れ! あと、壁の向こうにいたとかいうのは俺じゃねぇよ!」


「ふっざけんじゃねぇわよ! どこにそんな証拠があんのよ!」


「じゃあ、これまで配信してたの確認しろよ。お前たちが風呂入っている間、俺はずっと玄関で待ってたんだ。その光景がカメラに収まってるだろ」


「え………」


「あとっ。ふたりとも、いい加減着替えろ! ああ、もういいからこれ被ってろ! ………俺だって男なんだからな」


 もう見ていられない。直視すればどうなるかわかったものではない。


 暴れる鏡花をマリアとともに抱き寄せて、頭から毛布を被せる。毛布越しにとんでもなく柔らかい感触が当たって、一瞬で脳が焼けるほどの衝撃を覚えるも、辛うじて踏みとどまり、歯噛みして更衣室を抜けて浴室に飛び込んだ。


「着替え………あ」


「ひ、ひぎっ………!?」


 突然のことであっても、ここは安全が確保されている町でも施設でもない。廃墟のど真ん中。入浴で気が緩みすぎだ。俺がいなければ、今頃カメラの前でとんでもない姿を晒していたところだったってのに。背後からまた悲鳴が聞こえたが、


「誰かいたって言ってたが………」


 あれだけ苦労してセットしたバスタブは慌てて飛び出したせいで倒れ、ブルーシートに熱湯がぶちまけられていた。乾いた空気が新鮮な湯気で湿潤している。そこを構わず歩く。


 浴場の壁で外に通じている場所は二ヶ所。そのどちらも道路に面している。間仕切りで仕切られているため、影を見たのか。


「さて………なにが出るやら」


 壁を這いながら穴に接近する。気配や影はない。モンスターであればなんらかの形で情報が入るものだ。例えば獣に近いモンスターであれば臭いがする。しかし異臭は感じられない。


 ひとつめの穴は俺の頭が入る程度の大きさで、そっと壁から外を覗く。


 が、なにもいない。


 もうひとつ穴は俺でも通れる。気配を入念に調べ、今度は外に出た。


「………ん?」


 旅館の外は道路に面しているが、凹凸やひび割れが酷く、とても平行に歩ける状態ではない。念のため半壊した旅館の上も調べた。屋根の上にはなにもない。上から周囲を一望する。やはりモンスターの姿はない。


 見たとすればこの穴だ。陽光が上から注ぐ。ビニール製の間仕切りで影を見たと推測できる。


「だけど、見たにしても………なんの影だ?」


 この強風のなかをゴミが舞ったとしても、あの壁を通過するのだって一瞬。


 ふたりが視認できるほどの速度で動いた、なにか。


 このまま閲したところで好転はしないだろう。三階建ての旅館から飛び降りて、穴まで戻る。


「………」


 荒れた路面を数秒だけ観察し、穴から浴場に。そして更衣室に足を踏み入れる。


「おい。お前たち、なにを見たって………なにしてんだよ。着替えろって言っただろ?」


「う、うぅー………」


 鏡花とマリアは、俺が被せた毛布に収まったままだった。怯えるマリアを励ますように鏡花が抱きしめているのだろう。


「マリアがこんな状態じゃ仕方ないでしょ。で、外になにかいた?」


「なにも。多分お前ら、パーテーションの向こうに人影みたいなものを見たんじゃないか? でもそんなのはいなかった。モンスターもな。見間違いとかじゃないのか?」


「それはないわね。私が叫んだら、明らかに動揺してたもの」


「………モンスターじゃなかった、ってのは幸いなんだろうけどなぁ」


「人間よ。クソが。覗かれた………」


 実は、モンスターではなく人間というのは考えられなくもない線だった。


 富岡製糸場跡地を見たのが、つい二日前。


 動画を配信し終えた翌日から、群馬の小腸にいた冒険者や配信者は、鏡花が行った線香の煙の動きを頼りに吸気口を探す作業に出たはずだ。


 リトル・トゥルーという事務所所属の新米配信者が達成した偉業。二百年前に閉鎖的空間と化した関東地方ダンジョン。全貌は凶暴なモンスターの出現により、安定とされる空域から撮影するしかなかったのが、ついにその一部を鮮明な映像で紐解くことができた。


 翌日のニュースはこれで一面を飾り、事務所には金が舞い込むのは当然の流れ。だとすれば誰でもその報酬と名声が欲しくなる。世に名を馳せることを胸に抱く、同じ立場の冒険者や配信者ならなおのこと。二番煎じとはいえ、二百年の時を超えた最高級のネタなのだ。自分もその場所へと、地上へと殺到するだろう。


 そのなかでも無茶をした馬鹿が、この下仁田に追いついた。スキャンダルでも狙ったか、皆殺し姫なんて物騒な名を持つ鏡花の隠し撮りを敢行した。こんなところか。


「お前の気迫にビビッたんだろ。逃げたぜ。大したもんだ」


「それはどうも。あと、こっち見んな。………疑って、ごめん。来てくれて、その………ありがと」


「おう。じゃ、さっさと着替えろよ? こうして覗かれた以上、ここももう安全じゃなくなったってことだ」


 なにより俺の精神衛生のために。


 女の裸なんて見慣れてないのに、また見てしまった。


 更衣室を出た俺は、この悶々とする感情をどう宥めるか迷い、廊下を向いているカメラを忘れて、廊下に座って項垂れた。


「………でっか」


「なにがよォッ!?」


「………なんでもねぇよぉ」


 しかも、聞かれてるし。俺もまさか口に出ていたとは思わなかった。


 ちくしょう。更衣室に置かれた着替えとか、全部見てしまった。不用心に下着とかも出てて、そのタグやら………やめよう。もう考えるな。


 着替え終わったあいつらと、ちゃんと目を合わせられるか心配になってくるぞ。


お色気シーン!!

作者の描写力で、足りるかなっ!? 多分、足りてないと思います。

ごめんね京一。


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