第30話 騒ぐのが好きだな
そういえばお試し期間初日で、俺たちはいきなり富岡製糸場跡地の目の前に出たのだった。
変貌したとはいえ世界遺産だ。半壊した無惨な姿になったが、それは誰も知らない二百年の歴史を紐解くヒントになった。見捨てられた日本人が、ろくな武器も能力もない状態で地上に進出したダンジョンモンスターとの交戦歴。新たな歴史を築いた場所として記録される。
「ニュースになったのは当然で、それとネットニュースとか、動画サイトとか。リトルトゥルーも取材のオファーがひっきりなしに来るって。まぁ………アレなんですけど、かなり稼いだらしいんです。だから私たちにご褒美を送ってくれるそうなんです」
「なるほどねぇ………」
歴史の改革。主に技術の進歩とは凄まじいものだ。
エリクシル粒子適合者の能力開花。それに伴うサポートシステム。どちらも冒険者にとっては必需的なものとなる。
特にこういう場合がそうだ。
俺はダンジョンに挑む前日、自室の数少ない私物と鉄条からの贈り物をすべて粒子に変換してスクリーンに送信した。
わかりやすく言えば、アイテムボックスに送信したことになる。アイテムボックスはATMのようなものだ。貯金から降ろすこともできれば、送金もできる。
俺はダンジョンで採取した素材やアイテムをアイテムボックスに預け、大半を鉄条に送った。サキガニの素材を送った時なんて、早速蟹鍋に舌鼓を打ったことだろう。
そして逆も然り。
例えば俺の場合、鉄条から送られてきたものを、受け取ることもできる。
さらに便利になったのは、このシステムを拡張した買い物だ。わかりやすく例えるならネットスーパー。食材から日用品、その他の消耗品を購入すれば、専門の業者が粒子変換して、俺のアイテムボックスに送信してくれる。俺なんかは食材で助かっている。
最近なんて、《DD》なる業者まで誕生したくらいだ。ダンジョン・デリバリーの略で、冒険者の副業になっている。
これは料理専門の業者が、注文を受けて調理し、完成品を副業をする冒険者に送り、その冒険者が注文をした誰かに届けるというシステムだ。
ダンジョンは広く、副業をする冒険者もかなりいるという。注文者に近い場所にいる配達員の冒険者が配達をする画期的な事業だ。だが俺はやらない。価格が倍以上はするからだ。
注文をした冒険者のアイテムボックスに直接送れば済む話なのだが、これは副業で生計を助ける業者が始めた事業ではない。政府の初心者冒険者を対象とした救済処置でもある。右も左もわからない冒険者の収益を補助し、直接届けさせることで道を覚えさせる経験もする。ダンジョンなのでモンスターに遭遇する確率も上がるが、遭遇や戦闘を回避し、時間どおりに届けるという一連の作業により、索敵などのレベリングシステムも向上。金も経験値も得られて一石二鳥というわけだ。
話が逸れたが、マリアのところのマネージャーが褒美を送るのも、同様のシステムが用いられる。
サイズに限界があるが、ベッドくらいなら難なく送れるはず、だよな?
「………で、風呂をもらうって? アーカイブにはドラム缶で五右衛門風呂ってのを作った動画があるけど、再現するのか? それとも簡易的なシャワールームでも作ろうってか?」
「いえ、バスタブを送ってもらおうと思います」
「バスタブ!?」
「はい。あと、お湯も送ってもらう予定です」
「マジかよ」
風呂を願望するキラキラと輝く瞳に、もうなにも言えなくなってきた。
スケールが違いすぎる。送ってもらうにしても、そんなものを指定しようとは思わないし、思ったとしてもダンジョンのなかで風呂に入ろうという発想にはならない。
「えと………どこで湯を張るって?」
「浴室があるじゃない」
「いや、二百年経ってるんだぞ? 汚いを通り越して壁も床も天井も壊れてるのに」
「ブルーシートと、間仕切りも送ってもらったわ。ほら、あんたも手伝いなさいよ。私たちが入ったあとに使っていいから」
スクリーンを操作するマリア。鏡花は活力に満ち溢れ、その宿の一階にある浴室まで俺を連行する。
「………これのどこに風呂を作るって?」
どこからどう見ても廃墟。お化け屋敷のなかに風呂を作るというイカれた発想に付き合わされる俺の身にもなってほしいもんだ。
「幸い、床は崩れてないわね。壁も穴があるけど残ってる。天井は………上の階が吹き抜け状態か。ちょっと整理すれば怪我はしないんじゃない?」
「ちょっと、ねぇ」
穴だらけの廃墟ゆえ、風の通りがよく換気され放題。埃などは昨日の強風で、全部宿の奥へと押し込まれたようだ。瓦礫は手で運んで撤去する。この手の仕事は日雇い労働で何度も経験した。「あんたも案外乗り気なのね。助かったわ」とブルーシートを広げる鏡花に勘違いされた。慣れているだけなのに。
三十分ほどの清掃と整理で、本当に簡易的なバスルームが完成した。
本来なら壁に穴があれば女子なら酷く気にするところだろうが「無人の廃墟で全裸になろうが、あんたさえ見なければ気にはならないわ」と豪毅に宣う鏡花を先頭に、今現在も防寒耐久値の経験値が爆上がり中のマリアが続く。風呂に入れると知ってから、喜んでテントを飛び出した。
俺はといえば、設置したバスタブに湯が注がれ、更衣室にブルーシートと、リトルトゥルーの社長からついでにと送られたバッテリーに繋がれたヒーターが起動するのを見届けると追い出された。
今はテントを張った玄関で、再び外に設置したカメラが自動で右回転するのをじーっと観察するだけだ。時折、浴室から鏡花とマリアの嬉しそうな歓声が聞こえる。マイクは俺側に設置。コメント覧には《風呂で嬉しそうにしてる女子たちの声が聞けるだけではかどる》だの、意味不明な発言を発見。
さすがに《風呂に突撃しろよ伝説的なレジェンド》とコメントされた時には「ねぇよ。死にたくない」とだけ返しておいた。
俺を教えてくれた師とその娘による徹底的な英才教育で「セクハラ=死刑」とわからされている。
しかしやることがない。
もし俺のレベリングシステムの閲覧禁止が外されでもしていれば、マリアのように耐寒を効率的に鍛えることができただろうか。
数値化しないとなると、なんとも不便だ。なにから手をつければいいのかすらわからない。
俺の現在の総合的なレベルでさえ不明。まさかとは思うが、レベル10のマリアよりも低い───なんてことになれば、完全に自信を喪失する。
俺がこの数年で築き上げたものすべてが無駄だったらと考えるだけで、不安で仕方ない。
ロック解除に必要となる六桁の数字。ヒントは不明。誕生日の組み合わせ? 誰の? 俺の?
気になって開いてみる。注意書きの項目に「三回間違えると二十四時間操作不能のペナルティがあります」とある。別に操作できずに困ることはないが、毎日三回のチャレンジに失敗して、操作不能以上のペナルティを与えられでもすれば───
「きゃああああああああああ!!」
「誰ッ!?」
浴室からマリアの悲鳴と、鏡花の誰何の声が炸裂する。
なにかが倒れる音、水が勢いよく流れる音も響き、コメント覧も変化が現れた。
「またかよ。騒ぐのが好きだなぁ、あいつら」
「ちょっと! 伝説的なバカ! そこにいるんでしょうね!?」
「は? ちょ、ちょっと待て! こっち来るんじゃねぇ!」
宿のロビーから浴室まで、そこまで距離があるわけではない。男女別に分かれているが、湯から出て数秒でロビーに出るのは最悪な結末が予想できた。俺は自分のテントから毛布を引っ張り出して浴室方面へと走る。
たくさんのブクマありがとうございます!
予想外の数に驚きつつも、宣言どおりの最後の更新を追加ぁっ!
皆さまのお陰で書くことができました!
また明日からも頑張って書きますので、ブクマ、評価、感想などの応援をいただけると幸いにございます!




