第29話 お風呂入りたいです
俺が騙された事実が周知のものとなると、同情などが入り混じった、なんともいえない重たく停滞した空気となる。
そこで、話題を振ったマリアが責任感を感じたのか、強引に話題を変えた。
「そ、そうだ京一さん。京一さんは、なんで東京を目指すんですか? 冒険者としての目標が、東京制覇ということでいいんでしょうか?」
「え………ああ」
以前なら───お試し期間で仮のパーティを組む前なら教えなかっただろう。
まだ数日ではあるが、共に行動するようになってか、少しだけ気を許すようになったからだろうか。俺は案外素直に東京を目指す理由を教えた。
「直感かな」
「直感?」
「呼ばれてる気がするんだよ」
「誰にですか?」
「………さぁ」
「さぁ、って。あんたねぇ」
あまりにも茫漠としていたか、メルヘンチックだったか。俺の返答に鏡花は呆れ、マリアは目を丸くしていた。
教えてしまったことを少しだけほぞを噛む思いをしたが、実は紛れもない事実だ。打ち明けた人数は少ないが、やはりというか、鏡花のような反応が大半を占めていた。マリアに似た反応はたったひとりだけ。俺が兄のように慕うあの男だけだ。
「発心的なひとなんですね。京一さんは」
「おバカで騙されやすい奴だと思ってたけど、案外冴えてる方だしね」
「馬鹿は余計だ。じゃあ、そういうお前はどうなんだよ。俺を馬鹿にしたんだ。東京に行くって言ってたが、さぞかし立派な理由があるんだろ?」
挑発的な質問ではあったが、興味がなかったわけではない。
俺が今までいた環境に、同年代の冒険者はいなかった。志を同じくする仲間はいたが、俺が先にダンジョンに入ってしまったことで共にこの道を歩けなくなってしまい、微かな望みを鍔紀に託してきた。
そんな俺が最初に会った冒険者の実力はトップクラスで、いったいなにを志しているのか知りたかった。
「そうね。………先祖が東京に住んでたのよ。今、東京はどうなっているのかわからない。でも私は、私の先祖が東京で、どんな町で生活していたのか見てみたい。それだけよ。ご期待に添えられなかったら謝るわ」
「………いや、別に謝らなくてもいいけどよ」
鏡花が抱く目標、抱負は東京を目指す者としては当然のものだ。
そして、とてもまっすぐな瞳で語るため、圧された俺はからかうことをやめた。
「じゃ、最後にあなたよマリア。といっても、配信者の性ってやつかしら? ああ、東京に行くって言ったこいつのせいか」
「こいつって言うな」
鏡花が面白げに尋ねる。最後に俺を指さして。
マリアは胸を張って首肯した。揺れた。どこがとは言わないが。
「実は私、学生なんです」
「え、そうなの? ダンジョンに潜ってたら単位足りないんじゃないの?」
「あ、それは夜間に通信教育で授業を受けているので大丈夫です。そういうエリクシル粒子適合者専用の高校をマネージャーさんが紹介してくれました。私は………別に、配信者のトップになりたいわけじゃないんです。私が知らないなにかを、知りたいんです。東京だってそう。京一さんに同行すれば、東京が見れるんじゃないかって思いました。そりゃ、最初はマネージャーさんに同行しろって命令されたせいでもあるんですけど、今はそれが悪いことじゃなかったって思います。毎日が新鮮で楽しいです。だから今の私の目標は、まだ誰も知らない東京を撮って、みんなに教えてあげることだと思ってます!」
ある意味、俺や鏡花よりも明確な目標と言える。
俺と鏡花は自分のためである一方、マリアは誰かのために。
思えばマリアはこれまで、自分のために行動したことがあっただろうか。
言い方を変えれば撮れ高優先のマネージャーの言いなりの、受動的なスタンスではあったものの、その根幹は生粋のエンターテイメント性溢れる行動ばかりで、画面の向こうの誰かを喜ばせていた。
一緒に行動するようになって知った。マリアは常にカメラを構え、ヒイヒイ言いながらも増え続ける視聴者を楽しませた。一部のコアな層もいたが、毎日必死で俺たちに食らいついてきた。
その上でまだ学生をしていて、俺たちが寝ている間に努力もしている。
「………大したもんだ」
「え、なにか言いましたか?」
「いや、なんでもない」
マリアの抱負を聞いて心が揺さぶり動く。感心、あるいは嫉妬。あるいはその両方を湛え、マリアを再評価するまでに至った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
お試し期間三日目。
あと四日で、俺はマリアたちと行動するのを見極めなければならない。
居心地はいい。常に向上しようとするふたりだ。「どうでもいい」などとすべてを諦めきった奴と共に行動すると士気が低下する一方なので、そこはプラスに考えられる。
だがやはり極寒にはすぐ勝てないようで、起床時間になってもマリアはなかなかテントの外に出ることができなかった。「うーん」と反応があるので、一応生きてはいる。
鏡花がなかに入りマリアの具合を調べる。平熱で、他に目立つ異常は無し。外気が冷えすぎて、楽園を思わせる毛布群のなかから出たくないとのこと。
鏡花は諭すように説得を試みる。同年代だが、姉のように。
しかしテントのなかで変化が起きた。出入り口は閉ざされて見えなくなっているため、音声しか聞こえない。
マリアの啜り泣く声が聞こえた。外に設置したカメラを回収し終えた俺はギョッとして耳を立てる。
「お風呂………入りだいでず………」
「あー………」
切実な願いに共感する鏡花。
旅館跡地に宿泊したのがよろしくなかったのかもしれない。
宿泊施設には風呂がある。今は使えないが、欲望は毎秒蓄積されていくも同然で、なにより数日間は体を洗えていない。ダンジョンに潜る者として宿命とも言える衛生問題だ。
地上に出てからあまりの寒さに汗を感じなかったが、歩いている間にも発汗し、テントのなかで夜を明かせば体臭も気になるだろう。これまではテントのなかで汗と汚れを濡らしたタオルで拭う程度で誤魔化していたが、それだけでは満たされない思いもあるもので。
鏡花はにゅっとテントから顔を出す。俺を睨みつつ「ちょっと離れて」と告知し、そして本題を切り出した。
「ねぇ。お風呂………入りたくない?」
「正気かお前」
この状況で問える内容ではない。
問題があるとすれば、ふたつ。
ひとつ。どうやって風呂を設立するか。
ひとつ。この極寒の外気では湯冷めする時間が驚くくらい早いこと。最悪風邪を引く。
それを理解していない鏡花ではないだろうが、鏡花もまた女であることだし、マリアと同じ悩みを持っていてもおかしくない。
風呂のために数時間を費やすことになるが、不衛生は大病を招くとも言われている。内臓の強さも一般人に負けない俺たちエリクシル粒子適合者ではあるが、限界を超えれば風邪くらいにはなる。治るのは早いが。
「入るっつっても………どうやって この旅館の風呂を直すってか? 一日じゃ足りないぞ」
「ああ、それなら心配ないみたい。でしょ? マリア」
「はい………昨日、雨宮さんから連絡がありました。事務所始まって以来の快挙を成し遂げたご褒美に、特別なプレゼントを社長さんが送ってくださるそうです」
「快挙?」
「地上に出られる冒険者はいたらしいのですが、鮮明な映像を残せる機材を持っていなかったので、アーカイブにはボヤけた写真しか載りませんでした。でも私は専用のカメラとマイクを持っていたので、ばっちり映像とか撮れたんです。昨日は朝から大盛り上がりだったって」
ブクマありがとうございます!
昨日と比較して、また跳ね上がったので舞い上がっております。作者のテンションはおかしくなっております!
さて、出し尽くしました。
いっぱい更新したなぁという充実感で満たされております。お陰様で過去最高のPVになりそうです。でもまだまだ限界じゃないはず。
引き続き、皆様からのブクマ、評価、感想をお待ちしております。
まだ余力がありましたら、もう一回更新できるかもしれません。今から書きます。
作者の指がイカれるかどうかは、皆様の応援次第です!




