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第2話 ライセンス

「あと、これだ」


「おっと………え、マジかよ」


 鉄条が投げ捨てたそれを指で挟む。


 一枚のカードだった。だがその重みは、町の連中に「馬鹿」だのと嘲笑を受けた───当然、その度に報復は完了している───俺でもよく知っていた。


 喉から手が出るほど欲していた資格だったからだ。


 だが、



「おい、おっちゃん………こんなのどこでパクってきやがった!? しかもプロフィールを俺に書き換えやがって! ふっざけんなよ!? 偽造なんかしたら俺が怪しまれるじゃねぇか! 置いてあった場所に戻すか、持ち主に返して来い! 今ならまだ間に合うかもしれねぇだろ!?」



「ふざけんなはテメェだクソガキィッ! 正真正銘の、本物に決まってんだろ馬鹿が!」



「はぁ!?」



 クソ上司が投げつけたのはライセンスと呼ばれるカードだった。


 もとい許可証、身分証明書とも呼ばれる。


 エリクシル適合者は行政に携わるか、復興に貢献するかのどちらかの義務を果たす必要があった。


 その際に発行されるのが資格書(ライセンス)。そしてこれが無ければ正式に関東圏に入ることはできない。もし不所持で侵入したと発覚すれば、厳しい処分が下される。


 毎年、エリクシル適合者でもない若い少年少女らが遊び気分で関東圏に足を踏み入れたところ、学生だったので退学処分はもちろん、親族にまで罰則が与えられたとか聞く。


「………なんでそんなもん、持ってんだよ。それも自分のじゃなくて、俺のだなんて………おい。話がうまくできてねぇか?」



「ハッ。舐めんなクソガキ。俺を誰だと思ってやがる? 現役時代は栃木から攻めて、埼玉の三芳(みよし)まで攻略した超優秀な冒険者様だぜ? ………横の繋がりがあるんだよ。西京都は反りが合わないってだけで、知り合いがいないわけじゃねぇ。当時のパーティのメンバーが、そういう部署に勤めてんだよ。インテリな野郎でな。今でも一緒に飲むくらいだ。で、依頼を受ける代わりにそういう融通効かせてんだよ。今回のは多少の無理があったが、まぁ間に合ったな」



 普段は鍔紀のことか、酒を浴びるくらい飲むことしか関心がない不精な男かと思いきや、俺は養親となってくれた鉄条の功績と、人望をやっと理解するまでに至った。


 もう言葉も出なかった。


 俺はそこまで頭が良い方ではない、とは思いたくもないが、それは置いておいて。そんな俺でも鉄条が通した無理難題がどれだけ困難なことだったのかくらいは知っている。


 だが鉄条は、こうして可能にしてしまった。


 現役だった頃の冒険者は今よりもずっと不便な生活を強いられるなかで、東京の手前まで攻略したという眉唾ものの噂も、本当だったのだと知る。


「………おっちゃん」


「あん?」


「なんで、ここまでしてくれるんだ?」


「なに言ってんだテメェ」


「答えろよ。俺はおっちゃんの子じゃねぇ。でも………こんな待遇は、鍔紀にもさせたことがねぇ。このライセンスだって、おっちゃんにもかなりのリスクがあったはずだ。それを承知で………なんで?」


「………ハッ。ガキが変な気ィ遣ってんじゃねぇよ」


 鉄条は手頃なコンテナにドカリと乱暴に腰を下ろすと、ジャケットのポケットを探って、潰れかけたパッケージのなかから折れている煙草を摘み出して咥える。


「別に、大したことじゃねぇ。………テメェがダンジョン探索に行きたがってたのは知ってたさ。スキルを使えるんだ。周囲とは違う。テメェはエリクシル適合者のなかでも特別だ。そんな人材をよ、俺の手のなかで転がしておくのもなかなか優越感に浸れるってもんだったが………」


「おいコラ」


「ま、そうだな。こういうのは継承していくもんだってのが、俺の持論よ」


「持論?」


「俺もガキの頃、冒険者に憧れてたのさ。だが、西京都で退屈なお勉強をする日々なだけで、なんの準備もしなかった。そんな時に現れたのさ。近所のおっさんが短期で活躍した冒険者でな。俺はおっさんに弟子入りして一から学んだ。で、冒険者デビューしたってわけだ。………京一。テメェは馬鹿だが、馬鹿なりにしっかりと準備してた。ルートも悪かねぇ。だから俺は、かつてあのおっさんから譲り受けた魂を、お前に継承させたいのさ」


「おっちゃん………」


 鉄条はエリートだった。今ではこんな形をしているが、裡に秘めるものは、未だに冷める気配をしていない。


 その心で燃える火を俺に継承させたい。なぜだかは知らないが、俺の胸が熱くなる。



「行けよクソガキ。テメェはエリクシル適合者のなかでも特別なスキル持ちだ。俺の現役時代なんかよりも馬鹿でかい功績を作れるだろうよ。で、見て来い。未だかつて攻略されていない、封鎖された東京の全貌をな!」



「おっちゃん………!」



 受け取った。確かにこの胸に、鉄条とその師匠の魂を宿す。


 しかし、だ。


 俺はいくつか気になることがあり、尋ねてみた。


「なあ、おっちゃん。知り合いが西京都にいて、依頼を受けたって言ったな?」


「んあ? まぁ、そうだな」


「その報酬、どうした?」


「………あー」


 途端に鉄条の目が泳いだ。


 この会社の規則として、個人で受けた依頼だろうと、報酬は会社の利益として計上することになっている。鉄条は「税金関係だ」としか話さなかった。


 しかし、行政からの依頼だ。安価で発注するはずがない。政府お抱えの冒険者ではないにしろ、ハイリスクハイリターンのはず。鉄条は月に数回、会社を不在にしてどこかに出かけることがあった。知り合いから受けた依頼をこなしていたのだろう。


 なら報酬も必ず会社の利益として計上するはずが、見てのとおりこの掘建小屋のような建築物は一向に改築される気配もない。年々、雨漏りもするし、水道とガスと電気を止められたことだってある。



「………()()()?」



 俺たちの会話を聞いていた鍔紀も、黒い笑みを浮かべて鉄条パパに迫る。



「い、いや、あのだなっ。これは………そ、そうそう。たまにゃお前たちにボーナスを作ってやりたくてだなぁ!」


「未払いの給料があるくせに、なにがボーナスだって?」


「パパァ? たまにお酒に混じって香水の匂いがしたけど………まさかさぁ。ママを裏切ってたわけぇ?」



 ふたりで鉄条を詰める。あの天気爛漫な鍔紀も、さすがにパパの暴挙に激怒していた。


 ちなみに鍔紀の母親は西京都に住んでいる。離婚はしていない。別居している。しかしこの暴挙を耳にすれば、少なからず離婚を言い渡されるだろう。


「わ、わーった! わかったっての! そんな目で睨むなっての! クソゥ………」


「なにがクソゥだよ。未払い分の給料と、ボーナスを一括で入金しろっての」


「はぁ!? ボーナスは別だろ!?」


「あ、そういうこと言う? 鍔紀ぃ。ママに電話してみな」


「はーい」


「やめっ、やめろぉぉぉおおおおおお! わかった! わかったよ! ボーナスも払うから! 電話だけはやめろぉぉおおおおおおお!」


 鍔紀に愛想を尽かされたくないがために、鉄条は俺の要求にすべて従うしかない。


 これで臨時収入ゲット。


 ………いや待て。給料は労働者が得られる最大の権利だ。未払いだったのを今払ってもらった。ボーナスも付けて。


 これって当然のことだ。なにも喜ぶ必要なんてないよな。


評価ありがとうございます! 早速ぶち込まれたのでギアが上がりますねぇ!


まずはコミカルに。そろそろダンジョンに行きます。


面白そうと思ってくださるならば、ブクマと⭐︎をぶち込んでいただけると嬉しいです!


まだまだ更新します!

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鉄条が不必要につるし上げる人間ってフィルターがあるから良い人に見えない…
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