第28話 呼吸するだけでレベルアップ
「マリアは西京都出身って言ってたわね」
「はい。そうです」
「私は福島なの。エリクシル粒子適合者になったのは、今から二年前だったかしらね」
壁に投射されたスクリーンには、鏡花のプロフィールがあった。歳は十六。二年前ということは十四歳ということか。
「あ、私もです」
マリアも偶然にも十六歳。
「なんだ。俺たち、タメかよ」
「チッ。年下なら後輩としてこき使ってやったのに」
「露骨に残念そうにしやがって。ざまぁみやがれ」
俺も十六歳で、今年で十七歳になる。
フンと鼻を鳴らした鏡花は解説に戻る。
「マリアはレベリングシステムは知ってるわね?」
「はい。エリクシル粒子適合者全員に適応する成長過程を数値にしたもの、ですよね」
「そう」
それは俺も聞いたことがある。師である楓先生はなにも言わなかったが、姉のように慕っていたひとから教えてもらった。
「このレベリングシステムが導入されてから、エリクシル粒子適合者の成長度合いはグンと上がったわ」
「戦いのなかのみならず、日々の生活のなかでも経験値を稼いで、ステータスアップに貢献する。確かにすごいシステムですよね」
「まぁ、それは便利っちゃ便利だけど、なにも不思議なことじゃないわ。人間の成長過程を、ただ数値化しただけだもの。エリクシル粒子適合者でなくても、誰しも持っていた能力なだけ。非適合者と違う点があるとすれば、私たちは特に成長過程が迅速ってだけね」
日々の生活のなかで成長する。それが元々人間が、いやほぼすべての生物が所有している特権と言える。
子供が大人になるように。それはある日いきなり訪れるものではない。着実に一日を生き抜いた者たちが、その日に得たすべてを経験値にして成長することだ。
レベリングシステムとは、その可視化。俺たちエリクシル粒子適合者だけが有する、プロセスを数値化し可視化したもの。
例えば人間の成長で分けるなら、勉強や身体能力がそうだろうか。脳と筋肉だ。
脳と筋肉の発達を可視化するには、試験などの結果を反映させる、あるいは他人からの評価、あるいは自覚することが有用とされる。しかしレベリングシステムはそのすべてを廃した。
数値化が該当する。走ることに特化する鍛え方をすれば、レベルが上がっていく。敏捷性のカテゴリに該当したそれは、望めば詳細や、次の経験値の最適な稼ぎ方を知ることができる。
日常生活のすべてがレベリングの経験値に直結するなら、ただ呼吸するだけでも経験値化することも可能なのだ。ただ、一定の経験値に振られた途端、条件が微細化し、深呼吸や特殊な呼吸法などに変化する。それまでの浅い呼吸は微小だったものがより微小となる。それによって心肺機能のレベルアップに直結する。
「私が防寒耐久値のレベルを上げた方法だけど………それは簡単よ。滝行をすればいいの」
「たぎ………ぎょう………」
「冬にやったら死ぬかと思ったわ。でもその甲斐あって、レベルは爆上りしたんだけど。だから今は、氷点下だろうがそれなりの厚着をしていれば動けるようになったわ。そうやってなりたい自分をイメージして、色々な項目をクリアしていくの。マリアはどう? そういうの、なかった?」
「あ、私は当時陸上部に入ってまして」
「あら………なるほどね。どおりで敏捷力と体力が高いわけだわ」
マリアに自分と同じ操作をするよう教えた鏡花。プロフィールから移動した画面が、それぞれのステータス値が割り振られたものに変わった。
「うわっ………鏡花さん、レベル………すごい」
「そう? 他のひとの見たことがないから、基準がわからなかったわ。高い方なのね」
マリアのレベルは10。対する鏡花は35。
三倍の差がある上に、敏捷力と体力はほぼ並んでいるものの、攻撃力と防御力は差がつけられていた。ほぼ四倍以上はある。
「びっくりしました。鏡花さん、全国のランカーのトップを狙えますよ!」
「そうなの?」
「そうですよ! いいですか? 現在の冒険者で公開されているレベルは、最高が40なんです! これは埼玉ダンジョンに挑戦中の冒険者なので、鏡花さんは埼玉ダンジョンでも活躍できると思います!」
寒さを忘れて、毛布で芋虫状だった姿から羽化するように這い出たマリアは、興奮しながら叫ぶ。
「あ。マリアの防寒耐久値のレベルが上がった」
自覚はしていないだろうが、極寒のなかをジャケットのみで動けば、それも経験値になるのか。
確かにレベリングシステムは大したものだ。
で、絶賛された鏡花は、また照れながら顔を反らす。
だが反らした視線の先に俺がいたのがよろしくなかった。ターゲットにされる。
「ちょっと、あんた。なにボーッとしてんのよ。私たちが公開したんだから、あんたのも見せなさいよ」
「えー………いや、ちょっとそれはなぁ」
「なによ! 減るもんじゃないでしょ!」
「誤解を招く言い方してんじゃねぇよ。ったく………見せてやるけど、多分期待には応えられないと思うぜ?」
「は? なに言ってんのあんた」
ステータス値を示す画面の開き方ならわかる。
だが、理解しているだけで、すべてが思い通りになるとは限らない。
鋭く尖らせた視線を向ける鏡花を宥めるには、もう見せるしかないだろう。
俺は渋々スクリーンを出す。鏡花に教えてもらって拡大化し、ふたりの隣に投影した。
まずはプロフィール画面。「あ、そういえばフレンドコード交換してませんでしたね」と忘れていたようにマリアが手続きする。送られてきたメッセージを許可してマリアと交換。鏡花も渋々と行い、ふたりの情報を得る。といっても閲覧できるのは、このプロフィール画面の限られた情報のみだが。
次いでステータス値へ移る。
俺が気が進まなかった原因が映し出された。
「………は?」
「え、なんですか? これ」
愕然となるふたり。
理由は、俺のレベルが50に届いていた───とかなら、まだ優越感を見出せる。
遺憾ながら違う。なぜか恥ずかしくなってきた。
「ロック………されてる!?」
「え、この画面って閲覧禁止にできるものなんですか?」
各々の反応が返る。
「できるみたいだな」
「みたいって………ちょっと、待ちなさいよ! え、じゃああんた………これ自分でやったんじゃないってこと!?」
「そうなるな」
「なんで!?」
「騙されたも同然だったんだよ。俺がエリクシル粒子適合者だって判明して、少し経った頃だ。俺を教えてくれたひと………ああ、楓先生じゃないんだけどな。その娘なんだけど、俺のスクリーンを操作させて、ロックをかけたみたいなんだよ。閲覧禁止にできるのは自分だけだし。これで強くなれますよぉ。なんて言ってさ。まだ小さかったし、よくわかんなかったのもあってな」
「え、じゃあなに? あんたこれまで自分の成長の度合いすらわからないで、ここまで来たってこと!?」
「………そう、なる」
「………信じられない」
鏡花が絶句するのもわかる。
意気揚々と滝行でレベリングしたって自慢したくらいだ。目に見えた成長で、より効率的な進化を遂げられるのがエリクシル粒子適合者の特権。俺は騙されてそれを封じてしまった。
「これ、パスワードを打ち込めばロック解除できるみたいですよ?」
自分のステータスで閲覧禁止項目を調べたマリアが言う。
「ダメだ。パスワードはそのひとが知ってる。俺の目を片手で覆って、もう片方の手で俺の指で六桁の数字を押させやがったんだよ」
「それって………ええと、こう言っちゃなんですけど」
「いいよ。わかってる。一般人と変わらないってんだろ?」
俺はひとりだけ、そういう縛りプレイを強要された。
そして今に至る。
お蔭で俺の現在のレベルもわからないし、なにが特化しているのかも知らない。
面白がってというわけではないだろうが、すでに心が折れかけていた。
ブクマ、評価、いいねありがとうございます!
まだまだ皆様からの、作者へ注がれるありがたいご支援をお待ちしております!
そんでぶち込まれた気合いのご支援を糧に、今日はまだまだ更新しますよぉ!
………呼吸するだけでもレベルアップするって、もはやチートですよね。




