第27話 ネ゛コ゛チ゛ャ゛ン゛!!
上信越自動車道を俺たちから見て右へ進む。この高速道路が生きてさえいれば、本来なら碓氷軽井沢ICに直通するはずだった。
群馬の小腸とかいう、特に難解で複雑なルートを選んでしまったせいで大幅なタイムロスをしてしまった気がするが、済んでしまったことを嘆いても悔やんでも仕方がない。確実に前進しているのなら、それでいいじゃないかと強引に納得するしかなかった。
日本の文明開花のひとつである高速道路の残骸を見ながらしばらく歩くと、急に鏡花が足を止めた。
「鏡花さん?」
「トイレか?」
「京一さんっ」
俺がデリカシーに欠ける冗談を言うと、ベシッとマリアに肩を叩かれる。配信は続いているため、コンプライアンスに触れる発言は避けろと言いたいわけだ。
安閑な冗談に、鏡花なら呆れるかローキックを放つかと思ったが、彼女は進行方向をじっと凝視し、直立している。
敵襲の可能性を考えたが、気配がない。ではなにか。
「ね」
「ね?」
朧げな呟き声。
マリアが首を傾げると、鏡花は突然震え出す。
「ねこ………」
「猫?」
「ネ゛コ゛チ゛ャ゛ン゛!!」
「は?」
あの温和で、まだあどけなささえ残っている性格をしているマリアでさえ眉根を寄せて、トーンを下げて聞き返す。
鏡花は奇声を上げて、さらに震えた。その様は大好物を前に飛び付かんとする幼児そのもの。瞳なんて、多分幻覚なんだろうけどハートマークが浮かんで見えた。
「ネ゛コ゛チ゛ャ゛ン゛!!」
「おい。お前なにいきなり狂ってやがる」
「ネ゛コ゛チ゛ャ゛ン゛! いるの! あそこにッ!!」
「お、おぅ………?」
この細い女のどこに、これほどまでの力漲る咆哮が出せる体力があるのだろうと疑問に思う。
普段は抑揚を感じさせず、俺をからかう時くらいしか声が上ずらないくせに、大好物を目前にした時は少女らしい声が出せるのだなと驚いた。
「猫? ………いるか?」
「いるじゃないッ! あそこッ!」
「瓦礫、ですけど?」
「その上にッ!! いるじゃないッ!!」
前方の瓦礫の山を指で示し、埒があかないと判断してか、直接自分で捕獲しに行く鏡花。
まるで誘導弾のよう。
「ネ゛コ゛チ゛ャ゛ン゛!!」
瓦礫の山へひとっ飛びで到達し、ドカンと盛大な音を立てて飛びつく。
「………あれ、猫死んだんじゃね?」
「インモラルブロック機能、すぐ発動できるようにしておきますね」
衝撃で瓦礫が発泡スチロールのように宙を舞う。
あんな速度で迫られたら猫は即死確定。グロ動画になる前にカメラ機能の一部停止を検討する。
歩いて瓦礫の山に接近。
で、
「………おー、それがあの有名なネコチャンって奴か。初めて見たぜ」
「インモラルブロック機能を使わずに済んで良かったです」
「………うっさいッ!!」
瓦礫の山の頂点で呆然としている鏡花の姿に、俺は笑わずにいられなかった。
鏡花の見間違いだったからだ。猫だと思っていたのは本当に瓦礫で、距離があったのでそう見えてしまったらしく、猫だと思って抱きしめた瓦礫が、ボロボロと彼女の胸からこぼれ落ちた。ハグでコンクリートを砕きやがった。どんな腕力をしてやがる。
これ以上となく紅潮した鏡花は、なす術なく瓦礫を手放して、肩を怒らせて山から降り、ついでに俺の尻を蹴って進む。
《皆殺し姫ちゃんかわいい》
《照れ隠しかわいい》
《瓦礫をネコちゃんと見間違うとこかわいい》
《俺も抱きしめられたい。かわいい》
「うっさいわね! 好きなんだから仕方ないでしょ!? そんなかわいい連打しなくてもいいじゃない!」
照れ隠しの八つ当たりは、コメント覧にまで波及する。ファンに八つ当たりするのは配信者兼冒険者としてはどうかと思ったが、どうやら最近になって発生したコアなファン層にとっては《ご褒美》らしく、俺は指摘するのをやめた。
そして、冨岡を越えて下仁田に入り、しばらく歩き続け───日が暮れる前に早めに拠点を作ることにした。
上信越自動車道の下仁田ICの先には線路があった。今度はそれに沿って歩く。レールは錆びていたり断線したり、雑草で見えなくなっていたりと途切れていたが、辛うじて視界の先に駅を見つける。それを繰り返すと終点の下仁田駅に到着する。
山に囲まれた盆地のような景色。やはりここもモンスターが荒らした形跡がある。むしろ冨岡よりも色濃く、深く。
経年劣化と自然の一体化という、破壊と再生を体現した町と化したそこは、やはりひとがすぐ住めるような環境ではなかった。それでも鏡花プロデュースの宿探しが始まる。
「今日は旅館にしましょ」
と廃墟で嬉々とする彼女は、ある意味で変態なのかもしれない。
探し出した駅に近い宿の跡地でキャンプを張る。防寒具は昨日よりも多めに出した。今朝の雪崩で群馬県側に注がれた大量の雪がまだ残っているだろう。まさに山のように積まれた県境から届けられる風は、日が落ちれば氷点下を下回る。
「マリア、生きてるかー?」
「い、いぃ………生きて、ますぅ………」
テントのなかで何枚も毛布を被るマリアはガタガタと震えていた。エリクシル粒子適合者でなければ死んでいる気温だ。無理もない。
幸いだったのが、最近になって雪崩が連続したからか、廃墟には害虫がいなかった。
その昔、とある統計があったという。北海道民は、キッチンに出現する黒い悪魔という虫を見慣れていないというもので、実際に見せたら「なんの虫ですか?」なんて聞き返されたそうだ。
寒い場所にはGの名を冠するあの虫はいない。ついでに動物も生きていける環境ではない。寒さとモンスターにだけ警戒すれば、安心して夜をあかせる。
「お、おふ、おふたりは………寒く、ないんです、かぁ?」
じゅるりと洟をすするマリアは問う。
「寒いぞ?」
「けど、寒いからって動かないと死んじゃうじゃない。今日のご飯だって食べないと体力がもたないわ」
張ったテントにはすでに薄く氷が張っていて、カセットコンロの火力も少しずつではあるが衰え始めている。火事を警戒して、屋外で調理したのが失敗だった。カセットコンロに使用するガスボンベは低音では効果を発揮しないからだ。
よって俺たちは急いで旅館の玄関先に移動する。そこなら若干ではあるが風は防げる。再度セットしたカセットコンロで鍋を回し続けた。
今日の夕飯はカレーだ。不本意ではあるが甘口のルーを投下した。俺は辛口が好きなのだが、多数決という民主主義を象徴する数の暴力で決した。俺の分は皿に盛りつけたあとにスパイスを投下して辛味を足す予定。
「………そういえば、なんですけど」
「うん?」
「なに?」
それぞれの仕事をしながらマリアの言葉に耳を傾ける。
ちなみに今は配信をしていない。
長時間カメラを回していても疲れるだけだ。よって拠点とした旅館跡地の外に暗視カメラを設置した。それで視聴者には下仁田跡地の光景を見てもらっている。
俺たちは翌日の朝まで誰にも見られることもなく、聞かれることもなく、仮組みではあるがパーティだけの会話ができた。
「おふたりとも、防寒の耐久値高すぎません?」
「そうなのか?」
「ま、私は気にして鍛えてたけど」
「ああ、やっぱり。鏡花さん。もし差支えなければ、ステータスを見せてもらえませんか? 私、少しでも勉強したくて」
「いいわよ。マリアのも見せて。アドバイスしてあげる」
米の炊飯も良い感じになっている影響か、あとは待つだけだ。鏡花とマリアはスクリーンを展開し、ロビーの壁に投影した。
「え………そんなこともできるのか!?」
「常識でしょ………ま、いいわ。あんたも見てなさい」
壁一面に展開された鏡花とマリアのステータス値に驚愕するばかりだ。
というか俺、こんなの知らない。常識でしょと言われても、見たことがない。
やったことはないが、ゲームみたいなんだな。こういうのって。
ステータスオープン。スクリーン、あるいはウィンドウが開けるなら、パラメータが見れても当然。ゲームっぽくステータス値を展開してみようと思います。
この作品にはレベリングシステムを導入しています。それも次回に。
今日はまだまだ更新終わらない!
もしよろしければブクマ、☆を全力全開でぶち込んでくださると嬉しいです!
皆様のガソリンをお待ちしております!
今日はまだまだ更新しますよ!




