第26話 自然を代弁する雄叫び
駆けつけた鏡花とマリアは、唖然としている俺と同じ方角を見た。
それは自然の猛威と称するには、あまりにもスケールが異なり、そしてこれまで見たことがないほどの災害だった。
まるで生き物の群れのようだった。
埼玉ダンジョンの上から大量の雪崩が群馬ダンジョンへ向けて瀑布する。
地響きは自然を代弁する雄叫びがごとく、揺れる大地が嘆きを訴えるがごとく、自然災害が人間のいない町を襲う。
「あれ………こっちに来たりしませんよね?」
「県境までまだかなりあるから、届くことはないでしょうけど………いったい、どれくらいの量の雪が落ちているのかしらね」
博識な鏡花でさえも唖然とする。
俺も息をするのを忘れた。なぜなら埼玉ダンジョン全域の雪が、群馬ダンジョンに注がれているからだ。高度にして四千メートル。それだけあれば推力も増す。県境には今や、どれだけの雪山を合わせても足りるかどうかわからないほどの質量の雪が落下し、轟音を鳴らしている。
「………ああ、そういうことか」
「どうしたんですか? 京一さん」
「軽井沢でもこれに似た音を最近聞くようになった。まるで滝の音みたいでな。けど近くの白糸の滝は数十年前に枯れたばかりだし、距離もある。いったいどこからって村の連中が話してて、気味悪くしてたんだよ。………その正体が、これだ。きっと過去何回もあったに違いないだろうよ。こうして雪崩が群馬に注がれるのは」
謎のひとつが解明する。マリアは配信を始めているので、開始から数分経っても終わらない雪崩をカメラに収めている。コメント覧も早朝に限らず、異常に対し一気に沸いた。これを見たら鉄条も、さぞかし驚くことだろう。
それからまた数分が経過する。やっと雪崩が終わった。途中で骨が凍てつくほどの冷気を帯びた強風が俺たちを襲う。マリアが吹き飛ばされそうになったので、俺が鏡花ごと抱えて遮蔽物の裏に隠れた。
幸い、あれだけの………いくつもの市に蓄積していたような量の雪が落ちたが、ここには届く気配はない。
「な、なんで雪崩が起きたんでしょうか。それ以前に、埼玉ダンジョンの上って雪が降ってたんですね。だから下の群馬ダンジョンはこんなに冷えたんだ………」
「………雪雲が発生する高度は、二千から七千メートルと言われてるわ。明らかに埼玉ダンジョンに届かない。でも、ここは地上の常識が一切通用しない場所。不思議なことが起きても、なにも不思議じゃない」
「それよか、理由としては………ほら、あれ見ろよ。埼玉の奥の、白い塔。はっ………ここからでも見えるんだな。東京が。あの白い塔って全部雲を乗せた乱気流なんだろ? 雪雲までああして集めて、埼玉に降り注いだ………ってのは無茶あるか?」
「いいえ。可能性としてはあり得なくもないかもしれないわね。そうなってもおかしくない。だから標高八千メートルであっても積雪した。あなたの目的地の上野原ゲートも雪で埋まってなければいいわね」
「不吉なこと言うんじゃねぇよ。ゾッとするだろ」
「寒かったかしら? ギャグのつもりはなかったんだけど」
「現実味を帯び過ぎてるからだろ」
冗談のつもりであっても、考えられない現象ではない。もし地表が劣化して、ダンジョン内部にあれだけの大量の雪が注がれでもすれば、複数の通路を埋め尽くし、あるいは貫通し、ゲートがある場所に到達して封鎖してしまうかもしれない。
もし早期に到着して、あの雪崩に埋められでもすれば命はなかっただろう。俺たちエリクシル粒子適合者は頑丈にできているが、万能ではないのだから。
「とにかく、確認するためにもダンジョンに戻らないとな。これからどうする?」
「しばらくここから歩くことになると思うわ。別の穴もあるはずだし。無ければ掘るしかないけどね」
「掘らないことを祈るしかねぇか。てか、随分と賭けに出るプランだな」
「人生なんて、そのものがギャンブルみたいなものでしょ。私たちみたいな冒険者なんて商売はね。嫌ならとっとと足を洗って、カタギの生活をすればいいのよ」
「それができれば楽なんだがな」
突如の大雪崩というアクシデントはあったものの、俺たちの旅路に支障はないと確認し、荷物をまとめて拠点を出る。
あの雪崩の影響で、早朝の気温は氷点下を記録。マリアはガクガクと震えながら歩き出す。防寒具の備えがそこまで優れていなかったのだろう。進捗に支障をきたすと余計な時間を消費することを危ぶみ、俺と鏡花で防寒具を出し合ってカバーした。
知らない街並みを国道に沿って歩く。
二百年前の地図データを持っていたため、スクリーンに出してルートを決める。
まだ富岡市として名があり、機能していた頃の名残もあったが、なかには完全に破壊された場所もある。こういうのをノスタルジックというのだろうか。
いや、違う。俺は富岡を訪れたことがない。初めて訪れた場所に懐古するのはありえない。敵の手で破壊された街並みを憐み、センチメンタルになっているだけだ。
「ここを出れば南か。どう思う?」
「ヒントにすべきは、荒れ方よ」
「どういうことだ?」
「地面の穴は、なにも人間が使うものじゃないわ。元はダンジョンモンスターが使う通路よ。だったら破壊の痕跡が、より色濃く残っているはず。初めて地上に出たモンスターどもからしてみれば、人間なんていう意味不明な異種族が作り出した文明だもの。知性の欠片もない獣は人間の考えなんておかまいなしに蹂躙の限りを尽くすでしょうね」
「なるほどな。そりゃ確かに言えてるぜ」
理屈としては正しい。獣の心理学を説かれているような心境。現状、それが最適解かつ最有力説であるため、俺は迷わずに周囲を観察する。
二百年前の地図と照会する。学園通りという道。当時は自動車の往来があった道も、今は走行不能なほど路面が割れ、隆起し、抉れている。歩道は辛うじて歩けたため、沿って南下する。
次第に見えてきたのは、空中を横断するコンクリートの塊だった。
「あ、あれって………高速道路じゃないですか!?」
「上信越自動車道だな」
当時の地図データを持っていて正解だった。歩き始めてすぐに高速道路を発見できた。土地勘がなければ勘で移動し、最悪北上していたかもしれない。
「本当なら、ここらでダンジョンに戻る穴を探すべきなんだけどね」
「下仁田に行くなら、この高速道路に沿って右に行く手があるな」
「どっちにする?」
試すように鏡花が尋ねる。
初心者を鍛える先輩の、得意げな笑み。なら受けて立つまで。
冨岡ICの近くに来る。そこで様々な情報を取り入れて分析。
「………右、だな」
「なんで?」
「高速道路は破壊されてる。左に行けば藤岡………だったっけ。けど、そっちはあまり破壊された痕跡が少ねえ。一方で右は、なんていうか………爪痕というか。ここが俺たちの縄張りだぞって示すマーキングが多い気がする。モンスターどもは、俺たちには幸いなことに右から来たんじゃねぇのか?」
「………正解。よくできました」
この女、一々マウント取らないと気が済まないのか。
俺も大概、社交的な性格をしているとは思わないが、鏡花もいい勝負をしている。
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