第25話 雪崩
荒れ果てた形跡から推察するに、人間よりも巨大ななにかが富岡製糸場を破壊した。劣化と破壊が混在するこの施設に遺る爪痕は、幸いなことに新しくはない。
そこは鏡花の言うとおり、かなり前にモンスターが徘徊したという証左だろう。
ダンジョンモンスターは侵入した人間を襲う。鉄条が現役時代のさらに前、少数の冒険者を命の危険に晒した敵勢力。おそらく、それよりも前からダンジョンモンスターは人間を餌程度にしか考えていないはずだ。
この富岡製糸場跡地を見ればわかる。エリクシルパンデミックによって日本人の約半数が死滅するのと同時にダンジョン化したダンジョンは見放され、富士山よりも高い標高となったこの広い大地には、人間の死体が多く転がったはずだ。
地上を徘徊するモンスターは人間の死骸を餌にした。いや、多分それだけではない。
生きている人間でさえも餌として認識したはずだ。
新政府から見捨てられ、パンデミックに見舞われ───されどもそれで確定死したわけではない。この持ち上がった大地で微かながらに生き永らえた人間もいるはず。ただ、富士山よりも高ければ空気も薄まり高山病を発症。ライフラインも整っていない環境で生活の基盤もズタズタになり、極寒の外気に常に晒される。外にはモンスターが徘徊している。
「モンスターどもが暴れた痕は、当時生存していた人間と戦いになって、できたものってことか」
「多分ね。でも、当時の生き残りに大した戦力はない。私たとだっててこずる相手もいるくらいだもの。………一方的な狩りになったでしょうね」
ろくな武器、対抗し得る能力さえなかった人間に、モンスターと戦えと言っても無茶でしかない。鏡花のいうように、モンスターの狩り場と化した。暴れたというより───建造物の奥に逃げた人間を。虫の巣穴を壊して手を伸ばす行為に近い。
「ここにいたひとたち………怖かったでしょうね。私だって………とても怖かったですもん。………ご先祖様。どうか、安らかに………」
マリアは一旦カメラを肩の金具に固定し、空いた両手を合わせて冥福を祈る。俺と鏡花も黙祷を捧げた。
しばらくすると鏡花が移動する。周辺の施設から、なにかを探していた。
「なにしてるんだ?」
「ここは風が強くて寒いでしょ。いつもみたく雨風しのげるわけじゃない。もしかしたら、まだ生きてる場所があるかもしれないわ。今日はそこに泊まりましょ」
いつまでも荒れた大地に佇んでいられるはずがない。モンスターの気配がしないというだけで、遠くの群れが匂いを嗅ぎつけて接近する可能性がある。見渡しのいいここに拠点をおくことが最適解かもしれないが、マリアが耐えられるとは思えない。鏡花はマリアの体調を気遣って移動を提案した。
マリアも承諾する。また鏡花の助けを借りて、高い建造物を三回跳躍して降りた。
「宿でも見えたか?」
「ホテルがあるんですか!?」
寒くなって震えていたマリアは、俺の質問だけは機敏に反応した。それにしたってホテルは無いだろうに。
「なにも、あったとしても、ホテルに泊まるってわけじゃないのよ?」
「なんでですか?」
「考えてもみなさいよ。二百年経ってるのよ? モンスターもいっぱい暴れた。富岡製糸場みたく崩壊してるに決まってるわ」
「え、えー………じゃあ、どうするっていうんですかぁ?」
「まぁ、やることはひとつよ。ついて来なさい」
まだ日があるうちに行動に出るべく、鏡花は俺たちを連れてその場から離れる。
廃墟はどこまでも続く。生物の気配がしない。ゴーストタウンと化した街は、日が落ちるごとに不気味さを増した。
「鏡花さん………ホテルは高望みだったってわかりますけど、なにも………ひっ………こんなところじゃなくてもぉ」
マリアは涙目になりながら切実に訴えたが、無情にも首を横に振ることで棄却された。
「荒れに荒れた町でどう過ごすのか。答えはただひとつ。こういうところが一番なのよ」
見なさいよ。と鏡花は「フフン」と鼻を鳴らし、上体を捻ってハイテンション気味に物件を紹介する。───大きいのが揺れたように見えた。
「いい感じに残ってるじゃない。こういうところが。風呂、トイレ、台所。全部揃ってるわ!」
「どれもカビや埃塗れだけどな」
「うっさいわねぇ。でも雨風は防げるじゃない」
「窓が割れて風は入り放題だけどな」
「どうせ室内でテント張るんだから、気にしないの。それよりも追加で毛布を用意しときなさいよ。風邪を引かないようにね」
ゴーストタウンに存在するゴーストハウス。そんな外見の建造物をチョイスした鏡花。
選んだのはホテルでも旅館でもない。民泊だ。広くも無ければ狭くも無い。
候補のなかにある絶対条件としては、雨風防げる場所と、あとひとつあるとするなら、ダンジョン化した地上で生存していた人間と、地下から出現したモンスターが戦闘をしなかった場所だろう。
人間は滅ぼされはしたが愚かではなかったはずだ。必ずどこかを拠点にして、バリケードを張った。逃げ場もあり、そして助けが来ると信じて籠城する───となれば、このような民宿を選ばない。包囲されれば終わりだ。ゆえにここには小型のモンスターが侵入した影響で壊れた古い形跡はあれど、暴れた痕跡はなかった。
割れた窓から風が吹く。十畳ほどの大部屋に個人のテントを張って三人で夜を明かすことになった。
「ガス、水道、電気もない………お化け屋敷だぁ」
まだ泣き止まないマリアは絶望の淵に立たされたような表情をしているが、鏡花の指示に従ってテントのなかに毛布を三枚ほど敷いていた。
「ダンジョンだってその三つがあったわけじゃないでしょ。やってることは同じよ。ちょっと寒いだけ」
「エリクシル粒子適合者じゃなければ凍死してたな」
「富士山より寒いんだもの。冒険者なら、その辺は覚悟できて当然でしょ」
「わ、私は配信者ですぅっ!」
この際、泣き喚くマリアは放置することにした。理由としてはコメントが沸き始めたこと。変態たちが《オアシス降臨ッ!》と謎の暗号を打ち込み、マリアの声を堪能していた。古参の変態だった。
それからかび臭いキッチンで調理───することはなく、せっかくなので屋外でコンロを出して料理を作る。
ただ、その時思った。
見たことがないくらい広い空の下。いつもより高い場所から見た星空が、とても綺麗だったと。
この日だけは特別だと、鏡花が自ら腕を振るった。食材は俺たちも出す。
三つのコンロで米を焚き、味噌汁を作り、干物魚を焼いた。
これを確か、バーベキューというのだったか。いや、バーベキューで和食というのは少し違うか。
初めて食べた鏡花の作る和食は心も温まる味がした。ただ味噌汁だけはしょっぱかった。味噌を入れすぎた。が、食べ始めたマリアが笑顔になることで、俺たちも笑うことができた。
───ズドンッ!!
早朝のこと。アラームの代わりに派手な倒壊音と振動で、俺たちは叩き起こされた。
「な、なんですかぁっ!?」
「お前たちはここにいろ。見てくる」
女の寝起きはなにかと時間が要る。姉のように慕ったひとが言っていた。俺がデリカシーがなかったから頭を殴られた苦い思い出。
予習が功を奏すとは考えていないが、起きてすぐ身辺を気にせず動けるのが男の特徴だ。もちろん気にしない女もいるだろうが。俺はテントを開けて外を見た。
「なんっだ、ありゃ………」
「ちょっと。なにがあったの!?」
「え、えっ………!?」
ふたりは慌てて支度して、しかし数秒で俺に続く。
「雪崩だ」
「雪崩ぇ!?」
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まず一回目!
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