第234話 ぶっ壊れそうななにか
「はふ、んふ、あぐ………」
「急いで食べなくてもいいぞ。まだあるからな」
「うん。ありがと。アルマのおっちゃん」
「いっぱい食べていいからな。オレンジジュースも置いておくぞ」
「うん!」
まだ食事が済んでいなかったらしく、京一さんはアルマさんにオムライスを作ってもらい、頬を染めながらスプーンを加速させていました。ゆっくり食べろと言われても、その勢いは衰えることはありません。
頬にたくさんのチキンライスを詰め込みながら咀嚼する姿を見た六衣さんが「ハムスターみたいで可愛いねぇ」なんて笑って言うものだから、照れて少しだけ落ち着いたようです。
「確かに、アルマさんの飯はうまいよねぇ。気持ちはわかるよキョーちゃん。なんたってここは、俺たちが子供の頃………いや、今のキョーちゃんにとっては、たった今憧れているダンジョンのなかなんだ。どう? ダンジョンのなかで食う飯の味は? うまい?」
「うん。んまい! こんなオムライスがあったんだね」
「あー………そりゃぁ………まぁ、そうだよねぇ。鉄条さんが作る飯って、大抵味が濃すぎるし焦げるしで、まともな味しないから、ちゃんとした料理人が作ってくれたら、そりゃがっつくかぁ」
チキンライスのケチャップで口元を赤く染めた京一さんの唇を丁寧に拭ってやる龍弐さんは苦笑を浮かべます。
「アルマのおっちゃんって、料理人なの?」
「元、な。って言っても小さなラーメン屋の店長だったってだけだよ」
「ラーメン屋………すげぇ」
「だよねぇ。軽井沢のラーメン屋どころか定食屋も無いし。いつも袋麺だけだったもんねぇ。鉄条さんはカップ麺でもダメにしちゃったけど」
「………逆に、どうすればカップ麺をダメにするのか教えてほしいんだけど? 湯を注いで三分待つだけだろ?」
「ありゃすごかったね。鉄条さん、水とお酢間違えちゃったんだよぉ。しかも沸かしたのは屋外でさ。その時鉄条さんは珍しく風邪ひいて、思考も曖昧だし、なにより鼻が詰まってたんだ。沸騰させたお酢を注いで三分後に持って行って、キョーちゃんたちはリバース。いやぁ、家が離れてても異臭騒ぎになってさぁ。楓先生もブチギレてたよぉ」
「うげ………考えたくねぇな」
沸騰させたお酢で作るカップ麺───なんて殺人的発想なのでしょう。
だからでしょう。そんな環境にいた京一さんが、まともな食生活ができるはずもなく、飲食店に並ならぬ憧憬を懐くのも無理もありません。
「んまい! オムライス、おかわり!」
「はいはい。待っててな。卵焼くだけだから」
「うん!」
笑顔でおかわりを要求する京一さんに、嬉しそうに応えるアルマさん。
あんな暗黒たる幼少期を見てしまえば、克服した京一さんに喜びを覚えないはずがありません。
「さて、京一くん」
「うっ………うん?」
「な、なんですか? そんなにびっくりしましたか?」
おかわりを待つ間、隣に移動した奏さんが、優しく声をかけるものの、京一さんはなぜかビクッと肩を震わせて振り返ります。
「だひゃっひゃ! キョーちゃんは奏さんがおっかないんだよベェエエエエエエエ!?」
「お黙りなさい龍弐!」
龍弐さんが手をひらひらと振ってからかうも、奏さんはその手を掴むと五指に対して五指を絡め、万力のように付け根を絞り上げながら手首を返し、捻り上げます。なんていう早業。
「こ、怖く………ないよ」
「………この際、はっきり言ってもいいですよ。確かに、私は京一くんに怪我を負わせました。トラウマになっていても仕方ありません」
「現在進行形で俺の右手が粉砕骨折してキョーちゃんのトラウマを再発させンォォォオオオオオオオッ!?」
京一さんは強がりなのか、負けん気が強いのか、負い目をかかえる奏さんに、握り拳をブンブンと振ってアピールします。
確かに、この三人が旧知の仲であるとわかります。
なぜなら、初見ならまず龍弐さんへの私刑を執行する奏さんに絶句するはずが、京一さんは慣れているのか、悲鳴を上げる龍弐さんを無視していたのです。
「少し………少しだけ、怖かったけど………でも」
「うん?」
「うぎぎぎごごごごっ」
「でもっ、俺どうすればいいのか、わからなくて」
「わからない?」
「んにょぉおおおお手首がぁ、指がちぎれるぅぅうううう!」
「奏さんも、龍弐さんも、大人になってて………だから、どうやって話しかけたらいいのか、わからなくて………奏さんに抱っこされて嬉しかったんだけど………なんか、変なんだ。体がね、いつもと違うんだ」
「ッ………ふっ」
「そりゃキョーちゃん、照れて当然だぜ? 奏のでかい胸に抱かれでもすりゃ性癖も歪みゅぅううううう!?」
龍弐さんはうるさいです。
そして、京一さんは可愛かったです。
なんだか、キュンキュンしちゃいます。
赤ちゃんの時とは異なるときめきに、私たちは今すぐにでも京一さんを可愛がりたくなりました。
また、京一さんの様子の変化も、よくよく考えれば道理のいくものです。
元々、京一さんと奏さんの歳の差は三歳くらいで、現在京一さんが九歳なら、奏さんは十二歳ということです。しかし目の前にいる奏さんは明らかに大人。体つきの違いも顕著でしょう。龍弐さんが言っていた性癖が壊れるほどの凶器を持っているのです。あんなのに挟まれたら、私だってどうにかなってしまうでしょう。
奏さんの色香に当てられた京一さんは、次第に潤んだ瞳で私たちを見上げました。
「奏さん………俺、どうすればいいの? もしかして病気なのかな?」
「ぐぅ………そ、それは………」
「襲っちゃう? キョーちゃん襲って、どっちも楽になングォォオオオオオ!?」
「お、お黙りなさいと言っているでしょう龍弐っ! きょ、京一くん。いいですか? あなたのその反応は正しいのです。それを否定してはいけません。ですが、その感情を発散させるというわけにもいかないのです」
「なんでぇ?」
「そ、それはっ………くっ! どう教えるのが正解なのか、わからない!」
まさか実際に触らせて発散させるわけにもいきませんもんね。もし求められれば、私だって逡巡しますし、京一さんの悶々としているだろう感情の正体をはっきりと教えるわけにもいきません。
私たちが考えあぐねていると、見かねたアルマさんがおかわりを持って戻ってきます。
「龍弐に任せたら確実に京一がおかしくなるな。よし、ここは俺に任せろ」
「なにをするつもりなんですか? ………まさか、京一に変な映像を見せないですよね? そんなことしたら、私も六衣みたく軽蔑しますよ?」
あのアルマさんが中学生向けの講義をするとは思えません。それに龍弐さんのように率直な回答をするはずもない………と信じたいところなのですが、京一さんを今すぐにでも抱きしめたい葛藤に苛まれた鏡花さんは、八つ当たり同然に剣呑な視線をぶつけます。
「しないって。ちゃんと理解してもらうさ。男には男にしかできないこともあるんだよ。だから鏡花もそんな目をしないでくれ。………ふたりに罵倒されたら、今度こそ心が折れそう」
アルマさんのような正しい大人………というべきかは定かではないとして、ちゃんとした倫理観を持っている男性なら、京一さんの悩みを少しくらいは緩和させられる………と信じるしかありません。
なにしろ、今回ばかりは鏡花さんに私も賛成しているからです。もしいかがわしいなにかを吹き込んでいたとしたら、今後の扱いは酷くなるでしょう。
ブクマ、評価ありがとうございます!
なんと、総合評価が800を目前となりました。本当に感謝しております。
ここまできたら、なんとしてでも1000を超えることを目標としたいですね。
もしそんなペースとなりましたら、更新頻度も上げなければなりません。頑張ります。
作者からのお願いです。
皆様の温かい応援が頼りです。ブクマ、評価、感想、いいねなど思いつく限りの応援を、ガソリンのごとく注入していただければ、作者は尻尾があれば全力でぶん回しつつ筆を加速させることでしょう。何卒よろしくお願いします!




