第233話 マジでガチなリアルのダンジョン
地獄が、やっと終わりを告げました。
六歳から七歳になり、そして八歳となった京一さん。
もう見ていられないほどの姿になっていましたが、八歳になると、やっと───辛うじて人間であるとわかる姿をしていたのです。
「………懐かしいな」
「ええ。本当に、ええ」
涙ぐむ奏さんを、よしよしと優しく頭を撫でる龍弐さん。
赤ちゃん時代から使っていた毛布を積み上げて作った簡易的な寝床には、京一さんが眠っています。
その状態からして治療を受けた頃なのでしょう。鉄条さんという京一さんの養父に回収をしてもらって、数日後の頃だと龍弐さんは言っていました。
新しく包帯を巻いて、薬を飲ませた京一さんの容態は安定しています。
もう泣き喚いたり、死を懇願したりする時代は終わったのです。
代わりに人間らしさを欠乏したような、虚無を湛える瞳はそのままでした。
でも、
「やることは変わらねえよな」
「ええ。そのとおりです」
今に京一さんの状態を完治にまで導いた人材が揃っています。
移動し、交戦を経てからの休憩を何度か挟むと、アルマさんの昼食作りが始まります。丁度その時、京一さんが目を覚ましました。
「じゃ、挨拶代わりに………へロー! グッモーニン、キョーちゃんダブゥッ!?」
「なにを考えているんですあなたは! 今と昔じゃ腕力も桁違いに決まってるのに、なにをとち狂ってハグなんかしようとしているんですか!?」
「ぐふ………さすが、初めてまともな反応をした際に、全力ハグで粉砕骨折させた前科のあるひとの発言は重みがちが………んぎゃぁぁああああああああああ!」
「お、お黙りなさい! そんな過去、すぐに忘れなさいこのお馬鹿!」
目を開いただけの京一さんに、いつもの調子より二割増しのテンションで突撃した龍弐さんのズボンの裾を踏んで、ビターンと痛々しく顔面から転倒させた奏さんは、いらないことを述べる龍弐さんの背中を爪先でグリグリと踏み躙って激痛を与えます。
そんなふたりの夫婦漫才にも似た痴話喧嘩を他所に、私たちは京一さんを囲って観察を始めます。
「まだ………傷痕があるわね」
「でも順調に治ってる。ほら、黒くなってた部分も薄くなってるよ」
「完全には壊死してなかったんだな。どこか切り取らないといけないって覚悟してたから安心したよ」
動かない京一さんは、去年の姿とは違ってだいぶ清潔感が戻っていました。包帯だらけの手を軽く握ってみたり、髪を撫でてみると、若干ですが視線が動きます。
「こりゃあ、俺たちんとこに来て半年後ってところかね」
「わかるの? 龍弐先輩」
「うん。傷の治り具合とか、目の動きとかでさ。最初は瞬きするだけで、目も動かなかった。俺がとにかく笑わせようと試行錯誤して、やっと目で追ってくれたんだよねぇ」
やっほー。と奏さんに踏まれたまま、手を振る龍弐さん。
京一さんは無表情でいましたが、確かに左右に振られる手を目で追っていました。猫ちゃんみたいで可愛くて、同じことを考えていたのか、猫ちゃんではないにしろ、鏡花さんが暴走を始めそうで怖かったです。
「よかった………これでまた、元気な京一さんに戻ってくれるんですね」
「んー………元気、ねぇ。どう思うかね、奏さんやグベェ!?」
「う、うるさいですよ龍弐。黙らないと背中を抉りますからね!」
ニヤニヤする龍弐さんが、またもや奏さんの刑に処されて苦悶するなかで。
奏さんの反応から推測するに、過去に粉砕骨折させる以外になにかやらかしているんだろうなぁと理解が及びました。
でも、それでも雰囲気がまた明るくなります。あのお通夜みたいな空気が去り、この先における希望がやっと見えたのです。
私は雨宮さんに連絡を入れて、やっと周囲に反応を示したとされる九歳頃の京一さんに戻った辺りから、配信を再開する予定であるとインカムで連絡を入れました。
ですが、その予定は残念ながら先送りとなりました。
半日後。もう定番となった京一さんの急成長を、まだかまだかと待ち侘びていると、光を帯びた京一さんがまた成長し、待望の九歳頃の姿になった時。
「え、ぇぇえええええええっ!?」
奇声を発した京一さん。まだ声変わりをする年代でもなく、年相応の高い少年の声をしていました。
そして、なによりその姿に、私たちは感涙しそうになりました。
あの、人間らしさを欠乏した黒いなにか状になっていた京一さんの全身には傷痕はまだあったものの、肌は白く、なにより表情が豊かでした。きっと、タイミング的にすべての治療を終えて、龍弐さんたちによるメンタルケアも完了した年代なのでしょう。
「な、なに………なにこれ、えっ。ど、どうなって………え、ちょっと待って………もしかして………か、奏さん?」
「私が、わかりますか?」
「なんとなくだけど………本当に、奏さんなの? それにそっちは、もしかして龍弐さん?」
「そだよぉ。よくわかったねぇ」
私たちが不安にさせまいと涙を堪えていると、すでに限界値を振り切って号泣していた奏さんが、我慢ならんといった表情で京一さんを抱き寄せます。
「な、なんでふたりとも大人になってるの? それに、このひとたちは誰?」
「奇跡みたいですよね。でも、現実です。私たちの後ろにいるのは、みんな京一くんの仲間ですよ」
「仲間………でも、軽井沢にこんなひとたちいない………え、ここ軽井沢じゃないよね?」
京一さんは奏さんの、自分の顔よりも巨大な、私でさえ嫉妬を通り越して凝視してしまうような胸に挟まれて照れたり恥じらったりしていましたが、奏さんは絶対に離そうとしません。
で、身動ぎすることでやっとクリアランスを確保して、巨大な双丘から顔半分を突き出し、周囲を見渡します。すごい絵面です。こんなの配信したら、インモラルブロック機能発動待った無しです。またインターネットのオモチャになることに違いありません。
「ここ、ダンジョンだよぉ」
龍弐さんがいつもの飄々とした笑顔で接して、グリグリと頭を撫で回します。すると京一さんは目を白黒させて、より激しく顔を左右に動かします。
「ダンジョンなの!? 本当に、ほんとっ!?」
「そうそう。マジでガチ。リアルのダンジョンそのもの。今どこにいると思う? なんとなんと、鉄条さんでも辿り着けなかった、埼玉ダンジョンの一番奥にいるんだなぁ」
「おっちゃんでも辿り着けなかった場所? 嘘だぁ」
龍弐さんは昔から、こんなフランクな性格で接していたのでしょう。だからすぐに疑われて、嘘だと笑われます。
でも今回ばかりは、奏さんは龍弐さんを注意しないどころか、同じ笑みを浮かべていることから、すぐに京一さんの表情も明るくなります。
「奏さん。マジでガチなリアルのダンジョンなの?」
「マジでガチですよぉ。前人未到の秩父市跡地です」
「………すっげぇ」
完全に奏さんの胸から顔を出した京一さん。小さな肩に胸の重みがかかっているので、そこまで長い時間は眺められませんでした。
「………信じていいのかな?」
「いいんですよ?」
「でも、なんでこんなことに………奏さんや龍弐さん、大人だし」
「色々あったんだよぉ。とりあえずさ、落ち着いて話そうぜ。てなわけで奏さんは、そろそろキョーちゃんを離してやりなぁ? トラウマが蘇るぜぇ?」
「うっ………わ、わかってますよ。もうっ」
奏さんはやっと京一さんを解放しました。
ですが、忘れてはいけません。
ここは危険なダンジョンです。
そしてなにより、子供の京一さんが可愛い。
最初に六衣さんが動きます。次いで利達ちゃん、鏡花さんが猛追。私は出遅れます。
なにをするか。決まっています。可愛い京一さんを、誰の膝に座らせるのか、争奪戦が始まったのです。
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