表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

240/242

第231話 諸悪の根源説

「ひけんしゃばんごう、にぃいち、です………おねがいします。できるだけ、いたくしないでください」


「ッ………」


 あの奏さんでさえメンタルに支障をきたした京一さんの惨憺たる過去に、鏡花さんが代わって京一さんの世話をしていた時でした。


 半日が過ぎて、そろそろ来るころだと覚悟した矢先、京一さんがまた成長しました。


 四歳と少しの年代だった京一さんは、痛みに抗おうと必死に凄惨な実験を拒んでいた様子でしたが、五歳を過ぎると………諦めが意識のなかに浮き彫りになっていました。


 痩せ細った腕は枯れ木のようで、紫色の変色を通り越して黒くなっていました。


 全身に及ぶ実験痕。いったい、この子になんの罪があって、こんな目に遭わなければならないのでしょう。


「いたいのしかなければ………もう、おわらせて………」


「京一………!」


「わ………え?」


 成長過程においての記憶のセーブデータをロードしているという、龍弐さんの仮説はおそらく正しいでしょう。私たちのことを忘れるくらいです。


 五歳過ぎの京一さんも、私たちとは初見で、多分非人道的な実験をする職員として認識していたのでしょうが、私たちはそんなことはしません。


 おわらせて───終わり、つまり殺してほしいという願望に変わってしまった京一に、鏡花さんはついに耐えられず、抱き寄せていました。


「実験なんて………しないわよ。させない。させるはずがない。痛いこともしない」


「なんで、ないてるんです、か?」


「あんたも泣いていいのよ。辛かったでしょ。実験はもう終わりだから。私たちが守るから」


「………ほんと?」


「本当よ。なにが来たって………皆殺しよ」


 鏡花さんなら、絶対にやります。


 京一さんは鏡花さんに抱かれながら、周囲を観察しました。脅威を退けられるのが鏡花さんだけで、それ以外が敵だと不安がっているのでしょう。


 なので、私たちは順番に京一さんと接します。「守る」と誓いながら。


 それでも不安そうにしていた理由───龍弐さんの意外な特技、プロファイリングを発揮して推測しました。


「多分………これまでも何度か、同じシチュエーションがあったのかもしれないね」


「同じシチュエーションって?」


 利達ちゃんが「聞きたくない」と顔に書きながらも、知らずにはいられなくなり、尋ねてしまいます。


「例えば、そう………さっきの鏡花ちゃんみたいにさ。クソみたいな実験をやらかす組織の一員が、キョーちゃんの状態を見かねて、救いの手を差し出すんだ。痛いものから庇ってやるってね。キョーちゃんは唯一の味方ができて大喜び。でも実はそれも実験のひとつ。希望を見出した状況で、絶望のどん底にまた叩き落とすとバイタルはどうなるか、とか。目の前で嘘でーす、なんて言われて、クソみたいな実験の被験者になるなんて最悪だろ」


「本当にもう………どうしようもない………」


「もっと最悪なのは、また協力者が現れるんだけど、目の前で撃ち殺されたりね。キョーちゃんに歪んだ教育を施して、より凶悪ななにかを作り出そうとした………あるいは………」


「龍弐。もういいです。いいですから………」


「………ん。ごめんな、奏。聞きたくないのをペラペラと喋っちまったな」


「いえ。でも多分、龍弐の言ったことがすべてなのでしょう。私はこれ以上のケースを考えられません」


 理由無き拷問で、ついに死を選ぶほどの京一さんの辛さは、想像を絶するものなのでしょう。


 でも、まだ生きている。もしかしたら実験のために生かされているだけなのかもしれません。


「京一。もう少しだけ頑張って。今すぐじゃないけど、きっと………会えるから。あんたはそんなところで終わる奴じゃない。十七歳になったら、また会えるから。………また会えたら、少しだけ優しくして、甘やかしてあげるから、楽しみにしておきなさいよね」


 例え覚えておらずとも、せめて今だけは安らかでいられるように。鏡花さんはいつまでも京一さんを励まし続けました。






 それから、また半日が経過して───もう、誰もなにも言えなくなりました。



「あは。あははは。はは………はははは」



 なにが面白いのか………いえ、自分でも面白いと感じていないでしょう。


 六歳と少しの年齢に急成長した京一さんの姿に、無言でいるしかありません。


 全身が真っ黒でした。もう、どこにどうやって傷があるのかすらわかりません。


 壊れた人形のようにケタケタと笑う京一さんを、六衣さんがそっと抱き上げます。


「辛かったよね………」


「あはは。あははは」


「壊れちゃうのも、仕方ないよねぇ」


「はははははは」


 精神崩壊した京一さんを泣きながら抱きしめる六衣さん。私も、もう見ていられなくなり、六衣さんと挟み込む形で背中を抱きしめます。


 どう表現するのが正解なのか、わからない感触でした。


 人間がなるべくしてなる姿とは思えませんでした。


 常温の水をゆっくりと飲ませて、体を拭き、傷の治療を───どこから手をつけるべきか迷っていると、辛うじて泣き喚きそうだった精神を強引にねじ伏せた奏さんが動き、率先して治療を開始します。


「許せないよなぁ………なんで、人間ってやつはこんなことを平気でやれちゃうんだろうなぁ」


 お湯を作るアルマさんも、珍しく憤りながら呟きます。


「龍弐。辛いだろうけど、京一の傷について調べられるか 長年同じ実験を受けたとは思えない。追加されたり強化されたり………でも、なにか共通するものがあるはずだ。そこから目的を探ろう」


「………わかった。………手足に注射痕。手首と足首に拘束具痕。頭はなにかわからなかったけど、五歳の頃にやっとわかったよ。ヘッドギアタイプのなにかだ。昔は切り傷とかあったけど、今は少なめだね。つまり………この歳になっても、常になにかを注射され、脳味噌を電波的ななにかでいじられてた、ってところかな」


「最悪っすね」


「だな。反吐が出る」


 二歳頃までは天使のようだった京一さんの変わりように、男性陣も殺意を抱きながら舌打ちします。


「京一を作り替えている? 投薬とパルス? でも、いったいなにに………いや、まさか?」


「なにかわかったの? アルマさん」


「この時代、新しい人類を人工的に作ろうとしている組織がいたとして」


「うん?」


「けど、もうすでにエリクシル粒子適合者っていう、二百年前じゃアニメや漫画の世界でしか登場しなかった超進化を遂げた日本人が登場した。ただ、それでも不足している人材がいた。エリクシル粒子適合者のなかでも、たった数十人くらいしかいない。………覚醒者」


「スキル持ち? ………は? じゃあなに。そいつら、スキル持ちを量産しようとか考えてたわけ?」


「あくまで仮説だ。聞いたことないか? 我が子をエリクシル粒子適合者にするために、非合法の研究施設に多額の寄付金をぶちこんだ貧困者や富豪の話」


「あるよ。そういう詐欺にひっかかる連中も多いって言うし。実際、大学でできた友達も、数人は借金作ってでもそういう組織に貢いだけどダメになって、破産したって聞くし」


「そう。今でも有名な詐欺だ。もしかしたら………京一に色々してくれた組織が、始まりだったのかもしれないなってさ」


 アルマさんの諸悪の根源説は、多すぎる前例から類推するには若干確信は持てませんでしたが、私もそうだとしか思えてなりませんでした。


ブクマありがとうございます。


作者からのお願いです。

皆様の温かい応援が頼りです。ブクマ、評価、感想、いいねなど思いつく限りの応援を、ガソリンのごとく注入していただければ、作者は尻尾があれば全力でぶん回しつつ筆を加速させることでしょう。何卒よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ